ラストライブ

10月3日までの時間はあっという間だった。

やる事が多すぎたという事もあるのだが、今まであきちゃんと過ごしてきたかけがえのない時間を振り返るのには時間が短すぎたのだ。


ちえさん、なっちゃん、No Nameのメンバーやまどかちゃん。

Anotherや空彩を始め関わりの深かったバンドの人達や吉沢さん、まこっちゃんなど活動を支援してくれた人達とあきちゃんの事をいっぱい話して思い出を振り返った。

みんなに大きな影響を残し多くの人の人生を明るくしてきたあきちゃん。


あきちゃんの仏壇の前で多くの話をしながら盛り上がった49日間だった。



前代未聞のボーカルがいないライブが開催される。

49日法要がライブハウスなのも前代未聞だ。

ボーカルがいないライブなんて経験がない。

宗教的な事には興味ないので49日なんて僕達にはどうでもいい。

だが、あきちゃんを見送るためと言う事でもあり一般的には仏教の多い日本なのでこの日に開催する事に意味があるのだ。


10月3日12時についに開場時間を迎える。

開演までは1時間。13時の開演までに次々とお客さんがライブハウスに流れ込んだ。


開演時間になる頃には来場者数は1000人を超えている。

急遽開催されたこのライブのために多くの人が集まってくれたのだ。

準備する時間などもなく、前売りチケットなどもない。

吉沢さんの計らいでお金は全て吉沢さんが持ってくれたのでお客さんは無料で入場出来るライブとなったが集客する暇なんてなかった。


それなのに開演前に1000人も集まる。

それはまるで奇跡とすら言える。

天から愛された少女、あきちゃんが起こした奇跡なのだ。

来場者はみんなこのライブの知らせを受けて集まってくれた支援者やファンの人達。

あきちゃんとの最後のお別れに来てくれたのだ。



このライブをすると決めたのは8月16日。あきちゃんの命日だ。

10月3日の49日法要。

口コミでの広まりが非常に激しく、瞬く間に広まり多くの来場者へと繋がった。


開演時間と同時に僕が挨拶をする。

『今日はお忙しい中、突然の呼びかけに応じてお集まり頂き本当にありがとうございます。

あまり告知を満足に出来なかったにも関わらず、こんなにも多くの人にお集まり頂けた事を光栄に思い感謝でいっぱいです。』


『ボーカルのいないライブなんて聞いた事もなく、僕自身も開催して良いものなのかどうか悩みましたが、今はお集まり頂いた皆様を見てやって良かったと思っています。』

『突然の出来事により、最後までまともな精神状態を保てるかどうかわかりませんが本日は最後までお付き合いください。』

『僕達のバンドが築いてきた全てをここに置いて、解散とさせて頂きます。』

涙が溢れてきたが我慢せず涙を流しながら続ける。

『今まで皆さんに応援してきて頂いた事は死んでも忘れません。

今日は皆さんがボーカルとなり、合唱でこのバンドの築いてきた全てを彼女に届けたいと思っていますので皆さんどうかご協力ください。』


メンバーの全員が涙を流しながら演奏を始める。

会場に来ている多くの来場者もまた、涙を流しながら合唱で歌い始める。


そこにいる全ての人が心を込めて、ワンフレーズごとに精一杯の気持ちを込めながら会場を埋め尽くすほどの来場者は一丸となって全力で歌った。


仏教の世界では一般的に49日を過ぎると魂はあの世に行くとされている。

宗教的な意味合いは僕達には関係なく興味もないが、多くの日本人が信仰する仏教で話を合わせてあきちゃんの魂を供養する。

極楽浄土へ渡ったとされるあきちゃんの魂に、僕達が一丸となり作り上げてきた楽曲を来場者のみんなの歌声と変えてあきちゃんに届くように。


会場内にいる人もみんな同じ気持ちで歌う。

あきちゃんから与えられた夢や希望は大きく元気を貰い続けてきた。

感謝の気持ちを込めてみんな涙を流しながら全力で歌っている。



ステージにはあきちゃんの遺影、位牌、遺骨までも設置している。

世間の常識というやつでこのシーンを見ると非難されるのだろうか?

そんな事はどうでもよかった。

僕達が考えた、あきちゃんが1番喜ぶであろう法要を実行しているだけなのだ。

故人が喜びそうな事をするのが最良ではないだろうか?

派手好きで破天荒な、元気一杯のあきちゃんらしい法要にしたい。


僕達No Nameのバンド活動はあきちゃん無しでは考えられないのだ。

惜しむ声は沢山頂いているが解散する意志は揺るがない。

僕は今後、バンド活動をする事はないだろう。

No Nameが最初で最後の僕のバンド活動なのだ。

1時間、来場者の合唱がボーカルのライブが進行した後は読経の時間。

お坊さんをライブハウスに呼んでいるのだ。

ステージに特設したあきちゃんの仏壇。

来場者から多くのお供物を入場時に頂いていたのでお坊さんが準備する前にステージ上のあきちゃんの仏壇の周りにお供えしていく。

ステージ上に大量のお供物が配置され、VIPルームで待機してもらっていたお坊さんがステージに上がる。

この頃には来場者は1300人を超えていたそうだ。

そんな人数の前でするのも、ライブハウスで読経するのもどちらも初めての経験だそうだ。


こんな大規模な法要は他にあるのだろうか?

派手好きなあきちゃんは喜んでくれているだろうか?


お経とは不思議なもので、聞いているとあきちゃんとの思い出が次々溢れ出てくる。

自然と涙を誘い、涙声や鼻をすする音があちこちから聞こえる。

お経の時間はそれほど長くもなくすぐに終わる。


『私はこのような読経は初めてでここに来るまでは正直戸惑っていました。

ライブハウスで法要をするとはどういう事なのか。信じられませんでした。

ですがお経を読みながら確信しました。

故人様が望む最高の法要を考えて頂いた結果なのだと。』

『本日お集まり頂いた皆様の気持ちはとても一途で一丸となっていました。

皆さん本当に故人様を敬い、大切に想いお集まり頂いてるのだと感じられました。

故人様は本当に幸せな人生だったと感じている事でしょう。』


お坊さんは深々と頭を下げて退場していった。


頂いたお供物が多過ぎるのでバーエリアに大きめのテーブルを出してそこに食べ物を広げて来場者の皆さんが自由に食べられるようにした。

大量のフルーツをバーのスタッフさんが切って出してくれた。

手間を増やして申し訳なかった。


この日は閉演時間などは特に決めていない。

ひとまずもう少し演奏をしたいと思っていたので僕達はステージに上がる。

いつものライブとは違い、何も企画していないのだ。

適当に思い出のオリジナル楽曲を片っぱしから演奏する。

ボーカルは何も言わなくても来場者がみんなで合唱してくれる。


演奏しながら今までの事を思い返したり、これからの事を想像したりした。

あきちゃんの死というあまりにも衝撃的な事が頭を支配していたので今まで考える余裕がなかった事が次々と押し寄せてくるのだ。

気持ちの整理がついたわけではない。

ただ、様々な事を考えなければいけない時が来たんだなって感じた。

音楽活動についても様々なバンドとの繋がりがあるので今後もお誘いがあったりもするだろうし出来る事も沢山あるだろうと思う。

だけど僕はもうバンドをする事はないと思う。

音楽は大好きだ。なくては生きていけない自信もある。

だけど活動する気持ちになれないのだ。


あきちゃんと過ごした日々はほとんどがバンド活動だった。

CDの万引きを目撃した所が出会いだった。

最悪の第一印象だったのにあっという間にあきちゃんに魅了された。

沢山音楽の話をしてわかり合い、かけがえのない存在になった。

付き合う事になり立場が彼氏に変わっても音楽に対する情熱は変わらなかった。


最高のバンドメンバーと巡り合い、一緒に沢山のライブを積み重ねてきた。

大きなフェスにも挑戦して多くの人達から支援してもらえるようになっていった。

僕達のバンドの将来を期待してくれる人達が増え、大きな経済効果も生み出した。


とても子供達の集まりとは思えないと、多くの大人からも絶賛された。

全ては天才あきちゃんの思うがままの成果だと思う。

あきちゃんがNo Nameをここまで導いたからこそ大きな結果が残ったのだ。

その結果がこの法要ライブに来てくれている人達だ。



妊娠したあきちゃん。子供が産まれるのが楽しみだった。

僕が18歳になるとすぐに結婚する約束だった。

ちえさん、なっちゃんと一緒に住んで子供の事は協力してくれると言ってくれていた。

音楽活動を続けられるように、家族一丸となり支援してくれると言ってくれた。


あきちゃんと一緒にいられる時間をより多く確保するために僕は高校に行かずに働く選択肢を選んだはずなのに、研修も終わらないまま永遠の別れとなってしまう。


将来に希望が詰まっていた僕達。

本当はもうプロデビューしてしまってもいいほどの実力がありながらも若すぎたせいで足踏みしていたNo Nameのバンド生活

多くの人に支えられ、力を借りて成長していった日々。



演奏は2時間近く続いた。

これほど連続して演奏するのは初めてだが手を止めたくないのだ。

悲しみに潰されないように身体が防衛反応として演奏をやめたくないのだろう。

疲れ果てて限界を感じるまで続いた。

ゆいちゃんが最初に限界となりドラムが止まるまでひたすら様々な楽曲を演奏した。




ステージにちえさんが上がった。

中央でマイクをとり挨拶をする。


『本日は娘の法要にお集まり頂きありがとうございます。

娘はこんなに多くの人に支持され、大好きな音楽を全力でやり続ける事が出来て幸せを感じていると私は確信しています。

皆様の支援があったからこそ、娘は充実した音楽活動を行うことが出来ていたので心より感謝しています。』

『片隅でもいいので娘の事を覚えていて頂くと幸いです。

たまにでいいので思い出してあげてください。

娘に幸せを与えてくれて本当にありがとうございました。』


ちえさんの言葉は会場に大きな涙を与えた。

僕も涙が止まらない。そんな僕にちえさんはマイクを渡す。



『本日はお集まり頂きありがとうございます。

No Nameは本日解散してしまいますが、皆さんから頂いた温かい言葉や応援いただいた気持ちは胸に刻んで一生宝物として大切にします。

正直まだ現実を受け入れられません。今日の法要ライブをしっかり開催するために張り詰めてやってきたのでこの後壊れてしまうかも知れません。』

『あきちゃんから僕は多くの物を与えてもらいました。

あきちゃんがいなければバンド活動すら出来なかった事でしょう。

天才でなんでも完璧にこなしてしまうあきちゃんとの思い出は多すぎて僕の人生のほとんどを占めています。

想いがまるで走馬灯のように駆け巡ります。

この走馬灯の続きを描くために一緒に歩んで行きたかった。

叶わぬ夢となってしまったので、せめて思い出は一生大切にしていくつもりです。』

『ちえさんが言った通り、皆さんも少しでもいいので、あきちゃんの思い出を心に残してあげて時折思い出してあげてくれたら嬉しいです。

本日でNo Nameは解散です。

今まで支援してくれてありがとうございました。』


泣きながら最後の挨拶をして法要ライブは終了した。

全てを終わらせる為に開いたラストライブ。

二度と消えることがないだろう、あきちゃんと会わなかった最後の週末の後悔。


さまざまな想いを胸に抱きながら演奏した最後のライブ。

あきちゃんにこのライブハウスにいる人達の想いは届いただろうか?

あきちゃんを想う多くの人と過ごしたラストライブは閉演を迎えた。


そして僕は…音楽を辞めた。

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キミと見たライブの景色 No name @Locany

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