ナキゴエ

@harunatsuakiumi

第1話

 ボクは物心ついた頃、海と山と空の中で暮らしていた。


 獣道のような細い山の中の一本道を駆け降りて学校から帰宅するとボクはすぐに近くの牛屋さんに行っていた。目的は子牛に手を吸わせることだった。


 ボクには癖があった。それは「指しゃぶり」

である。親が左手の親指に唐辛子を塗りつけても治らなかった。

三十過ぎに子どもが産まれるまで治らなかった。


 春先になると、蛙の卵を見つけたり、ペシャンコになった蛙が怖くて通学路を歩くのが嫌だったことなどを思い出した。


 真夏の暑い夜、肌掛けの薄い布団をかけて寝ていた。窓の外からは蛙の大合唱が眠れないくらい聞こえた。


 叶ったか叶わなかったのかさえ分からない恋をボクは何度しただろう。


 ボクの心の中の埋まらないピースは子どもだったとやっと気付いた。


 親はたいてい子どもを精一杯育てたつもりでいる。ボクは無償の愛が打算の執着に変わらないように、一人でも生きていけるように強くならないといけない。


 愛していたパートナーの愛を信じられなくなってどれくらいたつだろう。

 

 次の恋愛はボクのことを好きな人としようと決めている。


 子どもの泣き声と蛙の鳴き声、そしてボクの心の中のナキゴエが胸を締め付けた。

 

 本当に好きな人と一緒に暮らしていいんだよ。ボクはもう一人でも大丈夫だよ。


 ボクはまた、心の中でナイテいる。



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