幼稚園の入園式が終わると、予てから約束していた通りにその足で遊園地へと向かう。

 そこでこれでもかというくらい連続で、回るヤツや落ちるヤツに付き合わされた俺はといえば、日が暮れる頃にはすっかりと虫の息になっていた。


「遊園地、ママが言い出したんだからさ。だったらママと菜美なみで乗ればいいのに」

 子供のような言い草かもしれないがこれが俺の本音であった。

「ごめんねパパ。でも菜美ちゃんがパパと乗りたいって」

 それを言われてしまうともう、俺は何も言い返すことが出来なかった。


 帰り際にファミレスでちゃちゃっと食事を済ませ、残り僅かになった体力を振り絞って車を運転すること一時間。

 ようやく自宅マンションに辿り着いた頃には、すっかりと夜の帳が降りきっていた。

 月明かりの駐車場で電池の切れた我が子をチャイルドシートから拾い上げ、本日最後のアトラクションとなるエレベーターに親子三人で乗り込む。


「ね、イツキ」

「なに? どうしたの、舞」

 二人きりの時には独身時代のように名前で呼び合おうと決めていた俺たちだったが、最近ではすっかりパパとママが板についてしまったせいか、恋人同士のようなそれがなんだか少しだけ照れくさい。

「さっきのあれね。ごめん、ウソ」

「さっきのって?」

「菜美ちゃんがパパと乗りたいって言った、あれ」

 それがもし本当だとすれば、舞が回るヤツや落ちるヤツに乗らなかった理由がわからない。

「舞は好きだったはずだよね。回るヤツとか落ちるヤツ」

「うん。でも、お腹の子には悪いだろうから」

「……いらっしゃる? お子さんが? お腹に?」

「男の子だって」

 なぜそんな大事なことを黙っていたのかと思ったが、そう言えば長女なみの時もそうだったことを思い出す。

「嬉しいけど……なんかちょっと複雑かも」


 娘を布団の上に寝かせてからリビングのソファーに並んで座る。

「ごめんねイツキ。怒ってるよね?」

「怒ってはないけど……うーん」

 むしろ怒ったほうがいいシーンなのは何となくわかるが、舞のことなのだからきっと何か理由があるのだろう。

 ……舞のことだから、これといった理由はないのかもしれないけど。

「あのね。私、やっぱりまだ恐いの」

「恐いって、何が?」

「……命が」

 それは――俺も同じかもしれない。

 以前であれば舞の身体のことが。

 娘が生まれてからは二人の、二つの命のことを過剰なまでに気にかけてしまっていることに自分自身でも気がついていた。

 それがたとえ負の感情に由来するものだったとしても、いずれにせよ俺たちは戦い続けなければいけない。

 それはあの日に失われてしまった友たちのためではなく、俺たち二人の未来のために。

「舞、それはさ。それはきっと、俺たちに与えられた試練みたいなものなんじゃないかな」

「……うん。私もそう思う」

「お義母かあさんたちには?」

「ううん。まだ話してない」

「明日、報告をしに行こうよ。翠さんのとこのおチビにも遊園地のお土産を渡さないとだし」

「……うん!」



 高校二年の、十七歳の俺たちが経験した壮絶な出来事は、これからも人生の中で幾度となく暗い影を落とし続けるだろう。

 でもきっと、俺と舞は真っ直ぐに同じ方角を向いて歩んで行くことが出来る。

 それは決意や覚悟などといったものではなく、言ってみれば揺らぐことのない自信だった。

 なぜなら俺は彼女を一生愛し続け、彼女もまた俺のことを一生愛し続けてくれるのは、証明の必要などないくらいに明らかなことなのだから。


 俺たちはもう、迷わない。

 俺たちはもう、立ち止まらない。

 十年前のあの日、泥と瓦礫の下で『死んでも君を死なせない』と誓ったあの時の気持ちを、永遠に色褪せることのない愛のカタチへと変換して。

「ありがとう、舞。俺と出会ってくれて。大好きだよ、舞。永遠に愛してる」

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死んでも君を死なせない 青空野光 @aozorano

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