第54話:最後の『晩餐(甘味)』

『スパイさんの晩ごはん。』

第四章:戦争と晩餐。

第十ニ話:最後の『晩餐(甘味)』


あらすじ:黒幕は先王。

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現王ラタンは弱った国を落とすのにそう時間もかから無いと思っていたそうだ。だが、フォージ王国はなかなか簡単に落とせなった。手負いの獣ほど怖いものは無い。食料の無いフォージ王国は勝つ以外に生きる道は無いし、相手の食料を奪えば食えるという目先の目標があった。


手の空いた物から戦列に加わった。


そして、バスケット王国は先王や老将軍など、ピートスワンプ王国との戦争で活躍した人物を排除してしていた。なので有能な人物がおらず、攻撃はただ単調に突撃を繰り返すのみ。それでも、状況の優位で何とか抑える事には成功していたのだが。


その間に先王ウオールナッツは抜け出して、ボケナース子爵としてフォージ王国と渡りをつけた。息子が約束を違えた謝罪と、戦争の早期解決をするために。


だが、引退した見とはいえ先王も国を背負う身。バスケット王国を裏切ることはできなかった。なので、フォージ王国にあらゆる方面で優遇する条件に、負けを認めるように頼み込んだ。


すでに背水の陣だったフォージ王国は渋々ながらも同意せざる得なかった。これ以上、戦争が長引けば例え勝ったとしても国としての力を維持できなかった。


「まあ、オマエのおかげで苦労したよ。」


最初は人の通らない山道を使ってフォージ王国の王を拉致をもくろんだそうだ。王との取引があったので、たった三十名の派遣。あの山での一軍だ。先述の通り私が火の手を上げたので明るみになり、計画は失敗に終わった。


その後も、私があちこちから集めた情報により作戦は阻まれる。心当たりがあるが、それが私の仕事だったし軍部とは別の組織の裏の話までは探り様が無かったので、仕方がない。


困った老将軍は私に戦場の地図を見せてどの程度の情報を得ているか見極め、あらかじめ立てていた作戦から裏をかくものを選んだ。その後、私を意図的に門から帰すことで王宮へと軟禁させた。私に邪魔されないように。


つまり、私が老将軍が行くと考えた先には絶対に彼はいなかったのだ。まあ、軟禁された時点で予想していたし、だからこそ老将軍を追っても無駄だと思っていたのだが。


老将軍はすでに歯止めの効かなくなった暴徒の一部を見せしめに華々しく軍に復帰し、”たまたま”前線の鼓舞に来ていたフォージ王国の国王の捕縛に成功する。


老将軍は瞬く間に戦争を終わらせ英雄に戻り咲いたのだ。


あらかじめ仕組まれた筋書きの通りに。


フォージ王国は約束通り国王の捕縛を理由に白旗を上げた。こうして老将軍は戦況を一変させた英雄となり、バスケット王国軍を掌握する。


掌握した軍を率い、凱旋を装ってラタン王を脅すために


新王は凱旋する老将軍を恐怖したに違いない。なにせ、閉じ込めておいたはずの老将軍がいつの間にか消え、大勢の軍を引き連れて王都に向かっているのだ。


返す刀で首を取られるかもしれない。


だから、ターキィを二重スパイに仕立て私に接触してきたのだろう。彼らにとって老将軍の行方を知ることは最も重要だっただろうから。


老将軍が王都へと到着するまでに先王の勧告で新王は折れ、決定を呑むことを条件にそのまま王位に就く事を許された。新王がそれでも粘ったら、クーデターを起こして彼の弟を新しい王位につけるつもりだったとか。


まあ、先代が苦労して取り付けた約束を実行できなかった新王が全面的に悪いのだ。同情はできない。


そこまで話を聞き終えると、若いメイドが食後のデザートを持ってきた。『杏仁豆腐』という名の白い寒天は香りに少し癖があるが、仄かな甘さがカレーでしつこくなった口腔に優しい。


「さあ、ひとつ付き合ってくれ。そのために今日はカレーにしたんだからな。」


カレーは飲み物だから食事の時間が短く済み、ゲームを楽しむ時間ができるのだとか。だが、どう考えても米を炊いたものが飲み物とは思えない。明らかに固形物で咀嚼せねばならないし、高級な米を味わいもしないのは勿体ない。


目を三角にした老メイドに殴られながら老将軍はゲームの盤を取り出した。将棋の盤に似ているがそれは緑色で、『リバーシ』という表裏で白と黒に分かれている駒をつかい、ひっくり返して陣地を取り合う遊びだと、『ツーク・ツワンク』の老人たちに教わっている。


「いや、まだ解らないことがある。」


私が話しかけているのに、老将軍はいそいそと『リバーシ』の用意をする。私は仕方なく盤に黒い駒を置いて白い駒をひとつひっくり返した。


「ウォルがオマエをこの街に呼んだ理由だろう?」


そう、彼らの謀略に私は関係がない。それどころか私を呼ぶことで何度も邪魔になったのだ。ただの文官だった私をフォージ王国から出さなければ積極的に関与できなかったに違いないのに。


「いったいなぜ?」


「お前は今回の報酬なのさ。」


先王、ウオールナッツは戦前から何度もボケナース子爵としてフォージ王国を訪れていた。だからこそ、ピートスワンプ王国との戦いの時にも軽いフットワークでフォージ王国に訪れる事ができた。だが、それは何故か。


先王の趣味はゲーム。


それは私の祖父と同じ。


「オマエの爺さんとウォルはゲーム仲間でな、今回の件もオマエの爺さんに頼まれた部分が大きいんだ。なんとか戦争を終わらせてフォージ王国を存続させる方法は無いかってな。」


私の祖父はフォージ王国でもそれなりの地位にいる貴族だ。


だが、私は祖父の孫とはいえ祖母は街の娘。妾の生んだ娘が普通の商家の男と結婚してできた子なので、祖母の時点で貴族でも無く、保護も受けられない。つまり、継承権も無いただの一般人だ。


一般人ではあるが、祖父は祖母に入れ込んでいた。


『真実の愛』と言って祖母を溺愛し、義理の息子になった父の家にも多大なる支援をしてくれた。そして、祖父が引退してた後に産まれた私は興味をそそった。


商売は繁盛し両親は忙しくしていたので、時間のある祖父は自から私を預かった。だが、祖父は愛人の作り方は知っていても、孫の可愛がり方は知らなかった。


祖父は幼い私を貴族の集まるゲームサロンに連れて行った。


たぶん、祖父としては自分が楽しいものは孫も楽しいとでも思っていたのだろうが、幼い私がルールを知るわけがない。かといって祖父が手ほどきをしてくれるわけでも無い。


祖父は幼い私に興味を持っていたのだが、積極的に近づけなかったのだ。祖父は愛人を作るまでは仕事一辺倒だったらしく、本筋の子供も妾の祖母の子供も世話をすることは無かった。たぶん、私の扱い方が判らなかったのだろう。


代わりに私は祖父の友人たちから色々な事を教わり、その伝手で文官の仕事に就いた。そのまま流されて今ここにいる。


「事あるごとに孫の自慢をされていたから、ウォルも興味を持っていた。」


祖父は…いや、面倒だ。クソジジイは私の打った棋譜を大事に抱え、先王がボケナースっ子爵としてフォージ王国に来るたびに自慢していたそうだ。ろくに自分では私と打たないくせに。


それで先王も興味を持ったが、子爵と偽っているとはいえ王の身分の者がそう簡単に他国の一般人と会う事ができない。


「今回の件は公にできない取引だ。国を代表してではないので金銭や利権を報酬にしたら足が付くし禍根が残る。しかし、何の報酬も無く動けないのが貴族でな。」


商人が無料で商品を配れば、次からはいくら安い値をつけても売れなくなる。商人が無料で商品を配ることを覚えてしまったから。同じように貴族も、報酬もなしに何かをすることはできない。民が覚えてしまうから。


「そこでお前に白羽の矢が立った。」


「つまり、私はクソジジイに売られたという訳だな?」


「それだけじゃないことは察しているだろう?」


私は無言で老将軍を睨む。クソジジイの家で揉め事が起きているのを聞いていたのだ。妾の孫と遠くても血は繋がっている。継承権は無いが完全に無関係とはいえないし、クソジジイが私を手元に置きたがっているのは周知の事実だ。


「オマエがこちらに来ている間に戦争は終わっているはずだったし、オマエは知らない間にウォルとゲームをして気が付かない間に帰っている予定だった。まあ、そのオマエ自身に計画を邪魔されてしまったのだけどな。」


「それでは、私は戦争を長引かせ死者を作っていたという事か?」


最初から仕組まれていたことなら、その間に死んだ兵士は無駄死にになる。いや、国を挙げての戦争なので、どうしても連絡の不行き届きは出てしまい無駄死にもでるのだが。だが、それでも自分が原因となっていると思うと心に残る物がある。


一言先に言ってくれていれば。


私は苦労して貴族訛りを隠す必要も無く、もっとこの街を楽しんでいた。


「不貞腐れるな。オレ達がオマエの能力を見誤ったってだけさ。」


まあ、クソジジイ達の事だから、先に言えば私が反抗するとでも思っていたのだろう。実際にそうなっていれば私は策を講じて無理にでもフォージ王国から離れなかったはずだ。


「なぜ、今更その話を私に?」


老将軍たちがやっていた事は判ったが、それを白状する必要はない。放っておいても私はフォージ王国に帰るし、その後は老将軍に会うことも無いのだ。


「オレには後継ぎがいない。」


「ああ、調べている。」


老将軍にの屋敷には老メイドと若いメイドしかおらず、調べた限り家族はいない。


「どうだ、オレの跡を継がないか?」


老メイドや若いメイドが私を丁寧にもてなしたのも、門番のラデッキオが私に取り入ろうとしたのも、老将軍が英雄に返り咲き、私を取り込もうとしているのを感じていたのだろう。


私は最後のマスに駒を置く。これで盤は全て黒くなるはずだ。


「断る!」


ゲームは終わった。戦争は終わった。私の仕事も終わった。そして知りたかったことも知りえた。全てが終わったのなら、故郷に戻って元通りの馴染みの味を楽しみながら元通りの仕事と元通りの生活に戻ればいい。


私は最後の駒を置いたまま立ち上がると、そのまま老将軍の屋敷を後にした。



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次回最終話:『馬車』の上で。




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