第45話:恐るべき『拷問』

『スパイさんの晩ごはん。』

第四章:戦争と晩餐。

第三話:恐るべき『拷問』


あらすじ:老将軍の行方なんて知らない。

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どの道、老将軍が戦場に行っていたとしても、どの戦場へ向かったか判らない。国境沿いの小競り合いはひとつではないから。


尋問は一日では終わらない。何かを必死になって隠している人物が、一日やそこらで話す訳も無い。例え私が彼らが望む答えを吐いたとしても、裏付けが取れるまで何日も拘束されるだろう。つまり、老将軍の居場所が判らなければ私は出れない。


しかし、まだ数日だと言うのに、私の尋問の様相は変わっていた。


「悪くない話だと思うんですが、先輩?」


暗い室内でで彼の顔は見えないが、聞き覚えのある声。この街に来てから知り合った後輩。この街に来てから短い私を先輩と呼ぶ人物は一人しかいない。なにせ私がこの街に来たばかりの新人なのだから。


ターキィ。


裏路地の裏の裏の裏。『千鳥足の雄雄牛亭で紹介された私の後輩。私が物流局に入れなかったため、後釜として派遣された諜報部の人間。そんな彼が尋問室で私を誘う。


「どうせボケナース子爵の紹介ということで、オレと同じだと思われるんですよ。」


そう、彼は同郷でボケナース子爵の紹介という触れ込みで王宮で働き始めた。そのボケナース子爵は紹介状を書かない人物として知られている。と言う事は、私が彼と同じだと思われる可能性が高い。だからと言って簡単にターキィの誘いに乗るわけにはいかないが。


情報を得るために最も効率がいい方法が、諜報に来た人間を裏切らせることだ。わざわざ国外まで行く必要がなくなる。


二重スパイ。


敵の情報を探るために潜り込んだにも関わらず、逆に敵へと情報を売るようになった存在。裏切りに裏切りを繰り返した裏切り者以外の何者でもない。


何も自分の国の情報をわざわざ探って流す必要はない。自分がどのような命令を受けて、仲間がどういう活動をしているのか教えるだけでも貴重な情報になるし、欺瞞工作のための偽の情報も流しやすくなる。


ターキィは私を二重スパイに誘っているのだ。


危険と隣り合わせの敵国に潜入している身としては、これほど安全に、しかも儲けられる方法は無い。いつ自分のことが発覚するかとビクビクする必要も無くなるし、裏切りの代償としてそれなりの金を手に入れることができるだろう。しかも、元の国からの支援も受けられる。


過去の自分を捨てる事ができるのなら、実に魅力的だ。


しかし、私がターキィの誘いに乗るにためには慎重にならなければならない。バスケット王国に潜入するために相手を騙し、そして味方を裏切っているのだ。欺瞞だらけの彼は私が自白した途端に裏切るかもしれない。


他にも彼自身が踊らされている可能性もある。騙そうと潜入してきた人間を使い捨てたって誰の心も痛まない。失敗した場合は両方の国から狙われる。


部屋の隅には不自然に隠された管の先がある。そして、窓の側にちらりと光る何かが。たぶん、管は伝声管で室内の声を外部に伝える物。そして、光は勇者がもたらした『水レンズ』。どういう理屈かは知らないが、この部屋で起こったことを別の部屋で見る事ができる魔法だ。


監視されている以上、私が自白する事はない。少なくとも私の安全が確保できるまで。


「先輩が悪いんですよ。」


私が悪いとターキィは言うが、一向にどこが悪かったか言おうとはしない。考えられるのは、私がターキィの手柄になりそうな情報まで手に入れてしまったからだろうか。


諜報員と言えば大事のようだが、文官なら似たような事を普通の仕事として熟している。どこの仕事場でもそうだが人が三人集まれば派閥ができる。派閥が敵対すれば相手の情報を集める必要が出てくる。その情報を元に相手を倒す。暴力は介さなくても戦争と似たような状況になるのだ。


違いは暴力の有無だけ。


いや、暗殺という手段を用いる場合もあるので、死ぬ人間の数だろうか。


なので、バスケット王国まで来た時の旅路はともかく、王宮に入り込んだ私としては諜報活動と言っても文官だったころの仕事の延長のようなものだった。ターキィがどれほど優秀かは判らないが、同じ王宮ので働いているので彼が探っていた情報を先に得てしまった可能性はある。


あるいは、老将軍が出奔したせいで私は王宮に軟禁されるようになったのだが、傍目からするとそうは見えなかったのかもしれない。私が軟禁されている理由を知ろうとして尻尾を捕まれたか。いや、それにしては私が捕まってから寝返るまでの時間が短い。もっと前から裏切っていたと考えた方が自然か。


「オレもずっと先輩に付き合っていられるほど暇じゃないんです。もう少し喋ってくれないですか?先輩の道は2つしか無いんですよ。」


ターキィのいうところの道は、オックスを裏切って彼らの仲間になるか、死かだろう。だが、私が自発的に逃げ出したり、オックスたちに助けてもらったりともう少し選択肢はある気はする。


それよりもオックスたちの方が心配だ。


私がアパートに戻らない事で、異変に気が付いてくれれば良いのだが、最近はクエイルの家に泊まったり老将軍の家に泊まったりと、アパートを空ける事がしばしばあった。オックスたちはすぐに異変に気付かないかもしれない。


まだ時間はあるはずだ。


私をも二重スパイに誘うなら、寝返ったターキィを利用するつもりなのだろう。だからしばらくは嘘の情報を流すためにオックスたちは泳がされる。それも、ターキィがオックスの持つ本国との連絡役との信頼関係を築くまでだが。


逆にオックスに連絡を入れることができれば私の勝ちだ。ターキィはオックスに処分される。裏切り者として。


「ああ、もう。こうなったら最後の手段です。」


ターキィの説得を聞き流して思考に耽っていると、彼は痺れを切らした。鈴を鳴らして人を呼ぶと、男が入ってきてカゴをひとつ置いていった。


「先輩はコレが食べたいんでしょ?」


カゴに入っていたのは一本の胡瓜。周りに付いている棘も痛そうな、瑞々しい胡瓜がまるごと一本。それにはさほど興味が持てなかったが、次にターキィが取り出したものを見て私は凍り付いた。


私が熱く切望し恋しくても結局食べられなかった味噌。どういう伝手を使ったのか、ターキィの手には味噌の入った壺があった。


「おいしそうでしょう?」


私の見ている目の前で、ターキィは新鮮な胡瓜をぽきりと半分に折って、汁も溢れそうなその先端にと味噌をたっぷりと絡めた。


「ふん。そんな茶色の腐ったような色の物が美味しいわけが無いだろう。」


正直に美味しそうだと言ってしまえば、どこで味噌を見たことがあるのかと問われるに違いない。だから、老将軍に聞かれた時は旅の行商人が運んできた珍しい食べ物だと返事をした。しかし、設定とは言えターキィは同郷のよしみである。


彼が口裏を合わせているから、私達の故郷の村に行商人が味噌を運んできていたのだ。


「残念だなぁ。先輩がこの美味しさを知らないなんて。」


そう言うと、ターキィは胡瓜にかぶりつき、ぱりんと一思いに食いちぎった。胡瓜の断面から汁がはじける。暑い日差しの中歩き疲れて、井戸の水で冷えた胡瓜に味噌を付けてかぶりついた少年の頃を思い出す。そう、あの食べ方こそ胡瓜の瑞々しさが最大限に発揮できるのだ。


「くぅ!美味い!」


ターキィの感想を聞くまでも無く美味いに決まっている。ターキィのポリポリと胡瓜を咀嚼して飲み込む音を聞いているだけで、ヨダレが出てきてしまう自分が憎い。ターキィに初めて会った時に味噌を持っていないかと聞いた自分を呪いたい。


「どうです?味噌があれば肉味噌も食べられるんですよ。」


田楽に、風呂吹き大根、ネギ味噌。野菜はどれでも美味しくなるし、肉も魚も美味くなり、柚子味噌や蕗味噌と言った合わせ技をもってすれば無限の可能性を秘めていると言っても過言ではない。


「もちろん、味噌汁もです。」


初めて『千鳥足の雄牛亭』に訪れた時のターキィは味噌を持っていなかった。だから、彼が味噌を手に入れる伝手を持ったのは明らかだ。私がオックスたちを裏切れば、少なくとも今彼が持っている味噌を食べることができる。そう考えると私の心は激しく揺れ動いた。


「そんな変な臭いのする食べ物が美味いわけが無い。」


発酵と言う工程を経る味噌は独特の香りがする。発酵とは長い時間寝かせて変化をさせることで、その変化は腐敗と紙一重なのだ。だから、いかに味噌が良い香りを漂わせても、人によっては苦手な匂いになる。


私は心の中で血の涙を流した。


例え知識で味噌の匂いが苦手な人がいると知っていても、せっかくの香を否定しまった。いくら演技だとは言え、心にもないことを。先日の『カツ丼』と言い、今日の『味噌』と言い、この国の人間は鬼か悪魔かに違いない。


いつか、殺してでも奪ってやると、私は心の底で誓ったのだ。



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次回:青空を飛ぶ『菓子』




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