第44話:あの夜の『月』

『スパイさんの晩ごはん。』

第四章:戦争と晩餐。

第二話:あの夜の『月』


あらすじ:王宮で尋問された。

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暗い部屋に押し込まれ、私は床でじっと空を見上げていた。この部屋は王宮の一室で軟禁のために使われる。私は老将軍の行方を知っている重要な参考人として、部屋の外に見張りがいて自由に出歩く事は許されていない。


暗い部屋にはベッドと机と椅子。必要なもの以外は何もない。小さな窓には鉄格子が嵌っていて、床に落ちる四角い明かりが月の高さを物語っている。


勇者たちがもたらした伝承によると、あの月は故郷よりも遠くにあるらしい。だから、この部屋からも故郷からも同じ月が見えるそうだ。そう話していた若い頃のクソジジイ達の顔が思い浮かぶ。あの私の幼かった頃から白髪だったクソジジイ共。


ここで、並の男なら女性の顔でも思い出すのだろうが、誰も選べなかった私にその資格は無い。


クソジジイ達の言う通り早く所帯を持っていれば、こんなことにならなかったのかも知れない。所帯を持っていれば、他所の国へ出されることも無かったのかもしれない。


任務に失敗した私には相応しい。


尋問では知らないと言い張ったが、老将軍の行方に全く心当たりがないわけでもない。ただ、私自身が信じられないし、尋問官たちを納得させられる自信も無い。ひとつだけ心当たりがあるそれは、ゲームで彼が負けた時の約束、『戦争を止める』話である。


信じられないだろう?


私だって信じられない。老将軍は私とのゲームで勝ったのだから、負けた時の約束を果たす必要はない。監視され幽閉の身では何の義務も利益も無いのに、命がけの戦場へと向かったとは思えない。出奔しても褒章はもらえないのだ。


だが、戦場に向かったと思える理由もあるのだ。


老将軍とのゲームが終わった後、私は彼に食事に誘われた。食事では私の好きな生ハムを交えて色々な料理が並んだ。


「美味いか?」


「ああ。」


私は出されたコンソメを口に運び舌鼓を打つ。コンソメは『ツーク・ツワンク』でも出されていたが、更に素材が厳選されていて、下処理も丁寧にされているのか雑味が全くしない。その味は温かく、老将軍を想って作ったとありありと解る。


「だが、オレには少し物足りない。」


重たい冷蔵の魔道具が無い戦場では新鮮な食料は貴重品だ。なので食べられるのは塩漬けや燻製などの保存食ばかりで、それらに慣れた老将軍にもこの街の味付けは物足りないらしい。


「味を変えさせるくらい簡単だろう?」


老将軍の屋敷ではケールという老メイドが料理を作っている。『ツーク・ツワンク』の総料理長も兼任している彼女の味付けは薄いが、自分が雇っているメイドなのだから、命令して味付けの濃い料理を作らせるくらいはできるだろう。


「好きなものばかりを食いたいが、ケールが許してくれん。」


汗をたくさんかく戦場ではともかく、普段の王都での生活、それも幽閉の身の老将軍には過剰な塩分だと老メイドは判断したのだそうだ。


「ああ、塩味の濃い料理は命を短くするというアレか。」


「好き嫌いをするなと説教されてな。まぁ、ケールがいなければお前と会うことも無かっただろう。」


見張りのついた幽閉生活を窮屈に感じている老将軍は、老メイドが居なければどこか気ままな旅に出るつもりだったらしい。塩味は抑え目なのに、老将軍にそう言わせるほど老メイドの料理は美味いのだ。


美味い料理があれば酒が進む。


いつしか食事は終わり、先ほど戦った中庭の中央に席を用意して、私と彼は月の下で将棋を始めた。今度は何も賭けることも無く、勝ち負けも気にせずに。


英雄と呼ばれた腕前なら命の危険は無いと頭では解っていても、老将軍の気迫には心胆を冷やしていた。いや、それ以前に、敵国将軍、の私のターゲットとしてずっと警戒していた。


それが酔いと共に緊張がゆっくりと解けていく。


周囲を館に囲まれた中庭で月明かりだけを頼りに黄楊の駒を動かした。私はその風情をぶち破るように定石を壊し、老将軍に嫌がらせをするために駒を動かした。彼は苦笑いをして言った。


「まったく。こんなへそ曲がりな打ち筋をよく考えつくな。」


「祖父を困らせるために考えた。」


クソジジイ。もとい祖父。両親ともに働きに出ていたので、私はよく祖父の家に預けられていた。仕事も引退して暇だった祖父だけが時間に余裕があったのだ。


しかし、祖父は私との時間を持て余し、祖父の友人たちが集まる寄合へと連れていった。そこが、ゲームを楽しむ老人たちが集まる『ツーク・ツワンク』のような場所だった。


「良い祖父だ。」


「良い祖父と思っていたなら、こんな打ち筋を考えないだろう。」


寄り合いでのクソジジイは私の相手を放棄してゲームに夢中だった。なので、私は手が空いているクソジジイの友人から少しずつ手ほどきを受けて色々なゲームを覚えていった。


「『人棋』もそこで教わったのか?」


「ああ、勝てば駄賃が貰えた。」


覚えたての頃は勝っても負けても菓子が貰えたし、寄り合いには同世代の友人もいなかったので私は菓子のために色々と覚えた。そのうち私の勝率が高くなると、勝たなければ何も貰えなくなった。


そのうち、クソジジイの友人たちは負け続けると私の打った手を逐一記録して分析し協力しだした。それでも勝てないとなると今度は私がルールを知らないゲームを次から次へと発掘した。その一つが『人棋』で、覚えたころにはクソジジイばかりになっていた。


「本当に変わったヤツだ。」


老将軍は私の嫌がらせを先読みして、易々と勝利をもぎ取った。クソジジイ共なら引っかかってくれるものを、さすがは英雄と呼ばれるだけの度胸と技量があった。


「参った。」


「こんな手があるとは思いもしなかった。さあ、次をやるぞ。」


「いや、そろそろ帰ろうと思う。」


「部屋を用意させる。泊って行け。」


夜は更けて酒も深くなったので帰ろうと思ったのだが、老将軍は手元にあったベルを鳴らして若いメイドを呼んだ。元から私を屋敷に泊める気でいたようで部屋を整えて準備していたらしい。


だがしかし、いくら緊張が緩んだとはいえ、ここは老将軍の屋敷であり、久しぶりに体を動かしたこともあって体は疲れている。できれば、何の気兼ねも無く大の字になって体を休めたかった。


「ターニップが恋しいのか?」


「…。」


老将軍が挑発するように蒸し返したのだ。クソジジイ共もそうだが、どうしてこの年代の老人たちは他人の色恋に首を突っ込みたがるのだろうか。


「そう睨むな。ついでだから、ひとつ見てもらいたいものがある。」


一転して真面目になった老将軍は、彼の書斎へと私を招待した。机の上にはフォージ王国とバスケット王国の国境付近が詳細に記された大きな地図のがあり、上には双方の兵の配置が解るように駒が置かれていた。


「良いのか?」


地図ひとつでも重要機密だが、兵の配置まで見て取れるこれは最重要機密だろう。交戦中である今なら致命傷にすらなりかねない。それを、いくら王宮に務めているとはいえ、私のような者に見せてはいけない物。私がスパイだったら喉から手が出るほど欲しい情報だ。


「かまわん。これはオレが独自の筋から仕入れた情報を基に組み立てた地図だ。まぁ、現地とそれほど大きく違ってないと自負しているがな。」


どんな筋から仕入れた情報かは知らないが、私が苦労して仕入れた情報とも一致する場所が多い。いや、私が仕入れることができた情報はすべて一致していて、手に入れられなかった情報も記されていると言った方が正確だろうか。


「幽閉されている人物の作った物には思えない。」


「なに、昔の伝手を使って道楽しているだけさ。」


引退したとはいえ、一軍を率いていた老将軍は軍部に知己が多いのだろう。もしかすると英雄だった彼を慕う者が自発的に教えているのかもしれない。


彼らからの情報を基に地図に駒を配置して、進軍先を予測する。それがこのところ彼の楽しみらしく、そのために『ツーク・ツワンク』の抜け道を使って情報を集めていたそうだ。


実に老将軍らしい楽しみだとも思えるが、同時にフォージ王国が危惧していた事のひとつでもある。老将軍がこの地図で立てた計画を昔の知己に教えていると私を送り出した者たちは考えていたのだから。


「オマエなら次はどうする?」


老将軍が秘密の抜け穴を明かしてまで屋敷に招待し、私に泊まるように要求した本当の理由。それは私にこの地図を見せたかったのだ。


老将軍が行方不明になる前日にみせた地図。彼が戦場に興味を持っていた事は間違いがない。あの日、私達は空が白むまでずっとその地図を見て酒を飲んでいたのだ。



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次回:恐るべき『拷問』


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