第40話:最後の『ゲーム』

『スパイさんの晩ごはん。』

第三章:ツーク・ツワンクの老人たち。

第十二話:最後の『ゲーム』


あらすじ:老将軍のお家訪問。

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「それで、最後のゲームは何だ?」


眼の前にある備え付けのチェスの盤には駒がが置いてある。途中のゲームを壊してまで使わないだろう。それに、わざわざ秘密の地下通路を明かしてまで、屋敷に招いたのだ。たかだか女の話をするためだけとは思えない。


「なに、体を動かしたくなったのさ。」


そう言った老将軍に案内されたのはチェス盤からすぐ近くの倉庫。多様な種類の武器の詰まった武器庫だった。


「どれでも好きな物を使っていいぜ。」


置いてあるのは、貴族がコレクションで並べているような過剰な装飾をした武器では無かった。使われている鋼は悪くは無いが、ありふれた数打ちの剣に、素朴な槍、実践的な品。これでも、鉱山を有する国の文官であったから、簡単な鉄の目利きくらいは教えられている。


元々、それなりの軍勢を整えられるように作られた老将軍の屋敷だ。その軍勢を賄えるようにそれなりの武器を保有していたらしい。


「つまり、これを使って決闘しろと?」


「ああ、あれだけ『人棋』に精通しているなら、そこそこいけるだろ。」


「ゲームと決闘は違うだろ。」


「これもひとつのゲームだと思うが、違うか?」


そう言われると返す言葉が無い。私は卓上のゲームだけのつもりだったが、どんな決闘でもルールが存在している以上はゲームには違いない。ルールがあればゲームだと言うならば。人を殺して領地を分捕る、戦争すらもゲームと言えてしまうのだが。


「私は荒事が得意では無いのだが。」


私は自慢にならない細い腕をひらひらと見せた。ずっと文官として働いていたのだから、細いのは腕だけでは無く足も腰も細い。いくら頭で解っていたとしても、体がついていくわけがない。


「筋肉不足を補うくらいできるだろ。」


「無茶を言うな。」


「オマエの望みの方が無茶だぜ。まあ、ハンデとしてオレは武器を使わないでやるから、ありがたく思え。」


老将軍は手を広げてお道化る。自分は素手のくせに相手には武器をもたせる。つまり、私の攻撃など武器や盾で受ける事すら不要だと。掠りもしないという自信の現れだろう。フザけた話だが、私は全く彼に触れられる気がしないので、当然なのかもしれない。


だが、私は彼の真意に気が付いた気がした。どんな英雄でも個人が簡単に戦争を終わらせる事はできない。なら、老将軍が勝って私の要望を潰そうと言う腹では無いのだろうか。


「そう言えば、私が負けた時の事を決めて無かったな。」


老将軍の目的が無茶を言って勝ちを奪うことにあるなら一つ問題が残る。そう、私が勝った時の事は決めていたが、負けた時の事を決めて無いのだ。


「好きな娘を教えろと言っておいただろう?」


「今は誰も選ぶつもりは無いし、そう答えても納得はしなかったではないか。」


将棋の時に散々言っておいたのに、この老将軍はまだ好きな娘を教えろと言うらしい。そんなに私をからかいたいのか。


「そうだな…。それじゃあ、オマエの一番好きなメシでも食わせてもらおうか。」


ずいぶんと簡単な代替案に呆気に取られるが、この提案も私には少し答え難い。私の渇望する味噌でこの王都では手に入らないのだ。


ほかに考えられるとすると、生ハムだが『ツーク・ツワンク』で食べられる物では老将軍は納得しないだろう。となると、クエイルのぬか漬けだろうか。しかし、クエイルの事を老将軍に知られているとはいえ、彼女が隠れて作っているぬか漬けを知られるのは些か都合が悪い。


味噌もぬか漬けも作り手で味が変わる。彼女のぬか漬けから彼女の実家『うずらの寝床屋』を見つけ出される危険もあるので、迂闊に名前を出すわけにはいかない。


「食材の調達はしてくれるのか?」


「珍しい食材なのか?」


「祭りの時に食った料理だ。」


「なるほど、特別な日のメシは格別に美味いよな。そう言えばオマエはボケナース子爵領の出身だったか。」


老将軍にと言うか、『ツーク・ツワング』で私の故郷の話はしたことが無いはずだが、彼は私の偽りとはいえ故郷の名前を言い当てた。クエイルの件でも跡を付けられていたことから、私の周りを色々と探っているのだろう。私は慎重に言葉を選ぶ。


「その時期にしか来ない行商人が売っていたんだが、この街でも見たことが無い。」


「楽しそうだな。」


「久しぶりに食べられるかもしれないと思うと、少しワクワクする。」


とっさに思いついた事だが、老将軍に頼めばどこかにある味噌を手に入れる事ができるかもしれないと思うと心が弾む。大聖女オヨネ様が広めた味噌は何も私の国だけに広まった物ではなかったはずだ。老将軍は貴族だし軍を引き連れての遠征もよくしていたはずだ。色々な伝手を持っているに違いない。


「やっぱやめだ!」


「!」


「ワザと負けられたら面白くない。」


負けても私に損が無かった勝負が、ここに来て負けても得をするようになってしまった。しかし、戦争を終わらせるなんて夢物語を無かったことにするために老将軍は実戦を選んだと思うのだが、私の考え違いだろうか。


「好きな娘が居ないなら選べ!」


「無茶な!」


「結婚しろと言っているわけじゃ無い。どんな娘が好みなのか皆が知りたいだけだ。」


そう言うと老将軍は私に武器を選ぶように急かした。しかし私は知っている。どちらかを選べば老親達が要らぬお節介を始めるということを。


「条件は決まった。さっさと武器を選べ。」


老将軍は強引に私を武器庫に押し込む。本来なら身分の違う私がここまで自由に発言できない相手だ。負けた時はどうにか言いくるめなければならないが、このあたりが潮時だ。


私は短めの剣を手に振ってみる。だが、やはり『人棋』のようにはいかない。私には少し重いのだ。数回なら振り回せると思うが、剣を振ることに気を取られ過ぎて、それだけで終始しそうである。


次は槍を手に取ってみた。剣よりも軽いそれは『人棋』でも使った。馬上の相手を狙える長槍から、ターニップの身長よりも低い短槍まで、色々な長さが揃っていて、穂先と石突のバランスも良い。しかし、これだけ色々な長さがあると、どれを使うか迷ってしまう。


次に弓。矢を番えて一射目は老将軍も待ってくれるかもしれない。しかし、待たれるということは老将軍にも軌道を予測する余裕があると言うわけで外れる公算が大きい。そして、二射目は無いだろう。


他はメイスや鎚だろうか。だが、破壊力はあるが剣より重い武器を振り回せるわけがない。


どれもこれもしっくりこない。


一応、文官でも王宮で働く者の嗜みとして、剣も槍も弓も武器の類は一通り騎士から教えを受けたことがある。普通の村人よりはマシだとは言われたが、は及第点には及ばなかった。正面から戦って英雄に勝てる見込みは無いに等しいだろう。


私は最終的に一本のナイフを選んだ。


「ほう。なぜナイフを?」


「他は私には重たい。」


武器は長ければ長い方が有利だ。それは理屈では知っている。しかし、素手の英雄を相手取った時はどうだろうか。長い武器、例えば槍を持った私ができる事は、長手の有利を信じて突く事しかできない。当然、老将軍には読まれているだろうし、『人棋』のように器用に石突を回して後ろにいる相手を狙う事もできない。


私には振ったり払ったりする腕力も無いし、例えあったとしても老将軍を相手にもたもたと長い軌道を描く暇は無い。読まれ易い穂先を避けられたら、手も足も出ず終わりなのだ。


その点、ナイフなら少しだけ振り回せる。


刃物は誰だって怖いモノ。いくら慣れているとはいえ、どこから飛んでくるか判らない刃先なら少しだけ相手の体を委縮させる事ができる。老将軍ほど場数を踏んでいれば些細な怯みかもしれないが、私が彼を相手に勝機を見いだせるとしたら、選択肢を増やして惑わすくらいしかない。


「それじゃあ、始めるか。」


中庭の真ん中で仁王立ちになる老将軍を相手に、私は右手にナイフを構え様子を見る。どうやら武器によるハンデだけでは無く先攻も私に譲ってくれるらしい。だが、不敵に立つ老将軍はまるで聳え立つ山のようだった。


私は意を決して彼に飛びかかる。


次の日。


老将軍は行方不明になった。



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第三章了

次回:閑話/ターニップの『暗躍』

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