〝リアル〟

35話 勇者が語る。そして彼女は──


「全ての始まりは、十四歳の少女と少年による素朴な願いでした。

 どうして大人たちは戦争なんかをして殺し合うのだろう?

 みんながただ平穏に暮らせる世界があればいいのに。

 

 なぜ、二人がそんな事を願ったのか? 


 暮らしていた村がドワーフの軍隊に襲撃されたのです。


 時代は四千年ほど前、種族戦乱期の第一期で、それぞれ種族が各の国を作り、果てしない戦乱に明け暮れた時代でした。


 村人はおろか、母も父も殺されました。二人だけが生きのこった。


 少女の名はゾーフィア、もう一人の少年はラスコーリンという名です。


 ゾーフィアは赤ん坊のころに戦災孤児となり、ラスコーリンの両親に引き取られ育てられた。


 血こそ繋がらない姉と弟だったが、互いを、『ゾーニャ』と『ラス』と呼び合って仲が良かった。二人とも絶大な魔術の才能を持っていた。


 ゾーフィアが治癒など肉体に干渉する魔術に長けた一方で、ラスは神経に働きかけて心を癒やしたり、逆に幻覚を見せるなど精神に影響を及ぼすのが得意だった。


 だから二人はドワーフの兵士たちに取り囲まれたときに、一心不乱で未熟な魔術で生き延びようとした。それでも強力すぎた。


 ラスの精神魔術でドワーフ兵二百人は錯乱し、同士討ちを始めた。


 ゾーフィアはこの時に、自身をあらゆる攻撃から守る無敵の結界を編み出した。

 あとは一方的だった。


 ドワーフたちは何もできずに死にました。


 血まみれとなった村で立っているのは私たち二人だけだった。


 そして必死に掘った母の墓の前で、願い、を語り合ったのです。


 なぜ、戦争なんかするのだろう?


 そんなもの、なくなってしまえばいいのに。


 そうすれば、誰も死ぬこともなかった。


 自分たちのこの圧倒的すぎる力で、世界を変えられないだろうか? 


 きっとできるはずだ。できるとしたら私たちだけに違いない。


 始まりはこれだった。


 ただの十四歳の戦災孤児による無邪気な空想でしかなかった。


 二人が初めにしたことは、村を襲わせたドワーフの王を殺害することでした。


 悪者を倒せば世界は平和になる。そう思ってやった。


 あっけないほど簡単だった。


 死んだドワーフ王の家族は悲しんでいたが、二人は思った。


 これで世界は平和に一歩近づいたのだと。


 だがすぐに知る。そのドワーフ王のようなものは、世界中にいくらでもいると。


 だから今度は、それらを片端から殺すことにした。


 率先したのはゾーフィアだ。


 他の誰にもできず、自分たちしかできないならば、彼らを放置することは、より多くの人々を殺すのと同じ罪を、自分が背負うことになる。そう思っていた。


 このような暗殺は、個人の野心によって起こる戦争は防止することはできた。


 でも国家同士の利害で起こる戦争は防げなかった。


 だから次に私たちは、争う国家のどちらが戦争の原因であるかを独善的に決め、その軍隊を殲滅する事で戦争を止めるようになった。


 これを率先したのもゾーフィアだ。


 やがて、効率的に戦争を終結させるには、敵の戦闘員だけではなく街や村も襲ったほうがいいことを学んだ。


 そう、ドワーフ兵が彼女の村でやったことを、ゾーフィアもやるようになった。


 あのような悲劇を、自分の手で繰り返すようになったのです。


 エルフの都などは千年ごとに三度も襲った。建物一つ残さず灰にした。


 ゾーフィアは女も子ども焼き殺した。


 そういった事を一つ終わらせるごとに、世界から戦乱の芽が一つ消え去り、安定へ向かうのだと信じて。いつの日か幸福だけが続く世界が来ると、思い描いて。


 世界中で同じことを繰り返した。


 人々を殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して──。


 だが、実際の歴史がどうであったかは、語るまでもない。


 戦乱がなくなることはなかった。

 

 それでも世界は広すぎるのだから、すぐに変化が現れるとは限らないと考えた。


 世界を変えるとは、一朝一夕で出来ることではないのだ、と。


 あと百年同じことを続ければ……五百年続ければ、千年続ければ、そのとき初めて成果が現れるのではないか?


 だが、そうするうちに、なんの成果を得られないまま、三千年が経ってしまった。

  

 結局ところ、どんなに強い力を持つ魔術師二人が手を尽くしたところで、世界の情勢は常に変化し続ける。


 一定の秩序のまま安定するわけがなく、相変わらず戦乱が繰り返された。


 ゾーフィアは絶望していた。自分がやっていることは無意味なのではないか?


 これまで死なせてきた人々は全て無駄死にだったのではないか?


 世界を救っているつもりだったが、ただ戦災を加速させるだけの大量殺人だったのでは?


 ゾーフィアはエルフの都を三度目に焼き払った時に、その結論にいたった。


 彼女は過ちにやっと気づいたのです。


 遅すぎた。罪の炎が右手に宿ったのもこの時だ。


 戦う意義を失い、絶望と失意の中で、以降は冒険者として生きることになる。


 その冒険者としての彼女は、ゾーフィアという自分にとって大量殺人者を意味する名を名乗るのをためらい、ハレヤ・ハーレリを騙るようになった。


 これは義理の母の名だ。


 一方のラスは違った。


 これまでの犠牲を無駄にしないためにも、もっと確実に、効率的に、公平に、世界を救済できる方法の研究をはじめたのです。


 それだけが唯一、私たち二人が重ねてきた大罪への償いになると信じて。


 二人はここから別々の道を歩み始めた。


 そしてしばらくの後に再会する。


 その日は二人で飲み明かし、ラスは言いました。


『僕は……一人になってから世界を救う方法を探したよ。世界規模で沈静化魔術を展開して闘争心を奪ってしまう、なども考えてはみた。

 でもこれは効果を永続できる術式を組めなかった。結局は逆の方法論しかなかった。僕は世界を救える精神魔術を作り出してしまったんだ。

 これを使えば、最小の犠牲で、最大限の人々を救える。地上に存在する種族を一つだけに絞れる。これはかつてゾーニャがしてきたことの集大成であり究極形──やりたかった事、そのものかも知れないね』


 その時の私は酔い潰れる寸前で、何を言われたか理解できなかった。


 そんな私へ、ラスは最後にこう言った。


『ゾーニャは十分に戦った。あとは僕が全てを背負うから』


 そして彼が姿を消した二日後だった。世界中の空にあの文言が映し出されたのです。『理想世界への扉が開かれる』と。そう、最終戦争の始まりを告げるそれが」


 

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