34話 ラストステージ。そして僕らは向き合った。


 王宮の謁見室のような大ホールの玉座に、ソレは鎮座して居た。


 不定形の蠢く影、としか言い表せないその姿こそは──。


「やれやれ」

 ハレヤはため息を吐いて。

「あれが、魔王、とは。相変わらずデザインがやっつけすぎる」


「まあ、僕ら勇者オタク的にも、魔王のデザインってしっくり来る物を見たことないんですよね。魔王の姿はゾーフィア以外は知らなくて、資料ないですから。サブカル界隈でも曖昧なデザインになりがちです。本物はどんな姿だったんです?」


「それについては、私があとで話す。どうせすぐ始まるのでしょう?」


 その通りで、ブレスレットが作動、メッセージが投影された。


『アクティビティ開始。魔王を倒せ!』


「あ、始まった。今回も僕から行かせてもらう!」


 ビキニアーマーを装備したロジオンがヴーグニルを鞘から抜くと、追加でメッセージが現れた。


『難易度を選択してください』


『*魔王はゾーフィアと同等の魔術の使い手と考えられているため、ゾーフィアと同じ不死身の結界を使用します。

 このため双方とも遠距離からダメージを与えられず、相互に結界を浸食できる近接攻撃のみ有効です。

 逆にプレイヤーも魔王の近接攻撃でダメージを受け、部位によっては即死判定による敗北となります*』


『イージー 初プレイにおすすめです』


『ノーマル クリア経験者向け』


『ハード 魔術での戦闘訓練を受けたことがあるプロ向け』


『ヘル 陸軍魔術師の特殊部隊、三百名がテストプレイし、クリア者は1%でした』


「僕はあえて初見ノーマル。世界一の勇者オタクの誇りにかけて!」


 ロジオンは格好付けて叫びながら、投影された『ノーマル』の文字に触れる。


 すると、魔王が玉座から立ち上がって、台詞を喋り始めた。


「クックック。我が理想世界を成就させる最大の功労者、ゾーフィアよ」


「な、なんだと⁉」


 ロジオンは真剣にゾーフィアを演じ始めた。

 ビキニアーマーを纏った体にオーバーアクションの演技をさせてだ。


「魔王め、どういう意味だ!」


「この混沌たる世において、もっとも多くの者を殺し、惨劇を作りだしたのは他でもないお前だ。阿鼻と叫喚を現出した功労者。そう言わずとしてなんと評すればよい」


「つまり魔王よ、貴様の目的、理想世界とは、惨劇を生み出す事、そのものだと?」


「この世で他に楽しむべきが、あるわけない」


「もはや問答する気も失せた。貴様は滅せられるべきだ!」


 ロジオンは剣の切っ先を向ける。


 その瞬間だった。魔王から腕、あるいは触手が矢のような速度で伸びてきた。


 先端は金属のようにギラついており、鋭い。


 それでロジオンのビキニアーマーを貫こうとする。


「うわっ!」


 どうにか真横へ身をかわしたがバランスを崩す。


「近接攻撃(ただし遠距離からも攻撃する)じゃないか。ずるすぎる!」


 そこへさらに、二本目の触手が伸びてくる。


 だが崩れた体勢ではかわせない。


 剣で受けようとするも、腕に直撃。ダメージ判定を受けてしまう。


 慌てて治癒魔術で回復しようとするが、既に背後から三本目の触手が迫ってきており──背中を……貫かれた。


『アクティビティ終了。あなたの冒険は終わってしまった!』


 愕然とするロジオン。


 ほんの数秒の戦闘だったといいうのに、汗びっしょり。


 魔王はリセットされ、元の玉座へ戻っていた。


「なんだこれ……ノーマルって難度じゃない。ハレヤさんの番だけど、気をつけて」


 ハレヤはいつになく真剣な眼差しで魔王を見ていた。


「ロジオン、その剣を私に。『ふつうのけん』一本で足りるか不安だ」


「は、はい」


 ヴーグニルを手渡し。


「このときは二刀でここに来たんですか?」


「持ち込んだのは剣一本と、墓地入り口の近衛兵から、予備の短剣を〝借り〟た」


「なるほど、ゾーフィアは二刀流の使い手でもあったんですか?」


「いいえ、私の体では筋力がなさすぎて剣術が成立しない。代わりに運動エネルギー制御の魔術で体を無理矢理に駆動させる。そこには剣戟の技術はない」


「なるほど。ところで、本物の魔王ってどんな姿だったんです?」


「人間で、そして男だった」


「⁉」

 ロジオンは驚きのあまり目を丸くして。


「人間の男性?」


「容姿は二十歳くらいだ。ちょうどあなたくらいの背格好と思えばよい。彼も私と同じで、老化が止まってしまう遺伝子障害者だった」


「そういえばハレヤさん、前に『魔王の意図を知っていた』と言ってたけど。もしかして、知り合いだったりしたんですか?」


 ハレヤは遠い目をして、ロジオンから逸らす。


「知り合いどころではない。最終戦争が起こる前は、私たちは一緒にいた。ずっと」


「……⁉ 魔王とゾーフィアが?」


「彼女たち二人は──いえ、これでは他人事だ。私たちは同じ理想を追い求めていた。種族戦乱期と呼ばれる時代にです。『戦乱のない世を実現する』というものを。私たちはそれを、理想世界、と呼んで悲願にしていた」


「そういえば前にハレヤさんに聞きましたね。魔王はその手段として、この世界に生きる種族を一つに絞ろうとしたわけですよね?」


「そう。どの種族を生き残らせるかの選定は、公平を期すため彼ら自身に争わせる。最後の一種族になるまで繰り返して」


「なんか……悔しいけど、僕は種族戦乱期の歴史を知ってるだけに、魔王の理屈も合理的に聞こえてしまう。

 実際、そうすれば九割の戦争はなくなって、長い目で見れば通算での犠牲者数は減ったでしょうからね。だからといって、人々の命を奪っていい理由にはならない。誰が頼んだわけでもないのに、魔王の身勝手な正義感でそんな事する権利はない」


 ハレヤは、その通りだ、と頷く──が。


「でも魔王はきっとこう反論する。確かに権利はない。だが世界をこのままにするなら、未来で今より大勢が戦乱で苦しみ、死ぬ。では世界を変革してその人々を救う義務はないのか?」


「義務って……魔王にだって、そんな義務はあるわけないじゃないですか」

 

「ではロジオン。こう考えなさい。他の誰もできず、自分しか世界を変革できないのであれば、これをしないのは、自分の手で人々を殺すのと同じ大量殺人なのでは?」


「ま、まあ……自分しかできないなら……そういう言い方も、できなくなくはない、とは思いますけど」


「ならば、あなたが考えなければならないのは。二択だ。いま少数を殺し、後でより多くを救うか。いま少数を救い、あとで多数を死なすか。どちらの罪が軽いか?」


「僕は……嫌です。どちらも選択しない。どうしてその二つしか選んじゃいけないんです。三つ目の選択肢だってある。『両方救う』という道も探せばあるはずなのに」


「もちろんその道が見つかる可能性はあった。しかし不確定の可能性を探し続けるのと、確実に犠牲者を減らす道の二つがあった場合、後者を選ぶ合理性もでてくる」


「でも僕は思う。それって命を失う本人たちの合意もなく、魔王が独りよがりな価値観で一方的に実行するんでしょ。どんな理論武装しようが身勝手な殺人でしかない」


「その通りだ。ロジオン、魔王をゆるせませんか?」


「当然です。ゆるせない」


「でしょうね。であればあなたは同じ理由でゾーフィアもゆるせなくなる」


「どういう意味です?」


 そこでロジオンは気づいてハッとした。


「ハレヤさんも……魔王と同じ理想を追い求めていた、わけですよね。どの時点まではこの計画に賛同してたんですか?」


 ハレヤは自嘲気味に苦笑する。


「計画に賛同どころではない。魔王が計画の手本にしたのはゾーフィアだからだ。魔王が現れるよりずっと以前から私がしてきたことを、魔王は効率化させただけ。そうです。ここからしなければならない話しは、私の大罪、についてだ」


「…………?」

 言葉を失うロジオン。


「私はいつ自分の、大罪、を告げるべきなのか、ずっと迷ってきてしまった。こんな遅きに失することになり申し訳なく思う。出会ったばかりはまるで信じてくれなかったから、話しても友人を失うだけで意味がないと思ってた。

 だけど、あなたが私を信じ、大好きだ、と言ってくれてからは、別の意味で話すのが躊躇われた。英雄としての私を愛するあなたに、英雄とは呼べない真実の私について話せばどうなる?」


「……」

 

「決まっている。私は、憎まれる。英雄としての私への愛が深ければ深いほど、失望もまた大きくなるからだ。それが、どうしようもなく、怖かった。

 ならいつ話すべきだ? その決断ができないまま、あなたにもっともっと愛されることを求めてしまった。その結果だ。『結婚してくれ』と言わせてしまう所まで来てしまった。その言葉がどんなに嬉しかったか。

 でも、これで決断ができた。大罪を告白しないまま愛されるのは、あなたを欺くも同じだ。ならば失望され、別れを告げられた方がずっといい。これが、せめてもの誠意の示し方、です」


「ま、待ってください。魔王が手本にしたって、何をゾーフィアはしたんです?」


「それは様々な言葉で表現できた。『正義の代償』『不可抗力の被害』『犠牲の最小化』そういう言い方で私は罪の意識を誤魔化していた。なぜなら、私のしたことは身も蓋もない言葉で言い表せる。

 つまり、理想を実現するための『身勝手な正義感による大量殺人』だったからだ。ゾーフィアは救世主などではない。史上最大の殺人者と呼ぶのが相応しい」


「……」

 ロジオンは呆然と、ハレヤの言葉を聞くことしかできない。


 そして彼女は過去を語り出す。

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