第49話 不満気なお嬢様

 本の積み込みは滞りなく終了した。自由気ままな深愛のことだから、(主に俺の)業務に支障をきたすのではないかと危惧していたが、彼女は皆に的確な指示を飛ばして全体をコントロールしてくれた。

 おかげで2時間の作業予定を30分短縮し、俺たちは最後の確認作業を行っていた。


「本、こんなに持って行っちゃっていいのかな?」


 ひと仕事終え、ペットボトルの水をごくりと飲んだ悠が呟く。


「当日はここの職員も屋敷で司書として手伝ってくれるそうだ。やはり本については本職の人の方が詳しいだろうからな」

「そうなると俺たちの仕事はカフェの店員ってことか」


 修の返答に頷いていると、彼はやれやれと肩を竦めた。


「それは俺たちの仕事だ。弥太郎の学校行事なのだから、弥太郎は学校の生徒として参加すべきだろう? 人手は足りているんだ。わざわざ弥太郎の手を煩わせることもない」

「それはそう、なんだが……」


 スポーツ大会の一件から周囲の俺を見る目は少しずつ変わりつつある。だが、それでもクラスにはあまり馴染めていないのが現状だ。

 深愛のクラスメイトたちとの関係も相まって、たまに声をかけてくれるがそれまで。未だ琉依たちのように友人と呼べる相手はいない。

 その結果、俺はクラス運営の出し物の手伝いすらろくに出来ていない。やはり一度生まれた溝が埋まるには時間がかかる。


「不躾だったか。すまない」


 言い淀んだ俺に何かを察したらしい修が詫びを入れる。気にしていないと訂正すると彼はほっと息を着く。

 全ての人が彼のように出自を気にしない人間ばかりではない。名家の出。その落ちこぼれ。多少後者のイメージが緩和されようと、前者の事実は変えられない。

 それほど神宮の名前は今更ながら重くのしかかっている。まあ、俺自身がそこまで気にしていないというのもまた事実ではあるのだが。

 少しばかり暗くなってしまった空気を破るように悠がぽんと手を打った。


「ねえ、深愛様が言ってたけど、やー君の学校って文化祭の日は基本自由なんだよね?」

「出店の受付とか接客、演劇なんかの持ち回りの仕事中は別だが、基本は文化祭を楽しもうが校外に出ようが自由だな」

「じゃあさ、やー君もこっちに顔出しなよ! お客さんとして来てくれたら皆も喜ぶよ! 私たちもめいっぱい歓迎するしさ!」


 悠の提案に修も「それは良いな」と肯定する。同じ学校でなくとも俺の置かれた状況を理解している2人なりの気遣いなのだろう。

 神宮の名と俺の存在は今や全校生徒の知るところ。それに加えて外部から多くの人が出入りするとなれば、居心地の悪さたるや想像に難くない。

 人目を気にして楽しめない文化祭に身を置くくらいなら、身内だけの集まりでも安心できる場所で過ごす方が楽しめるかもしれない。


「ああ、そうだな。深愛と一緒に遊びに行く」


 そう答えると2人は眉をひそめて笑った。本人たちにそのつもりはないのかもしれないが、気を遣っていることが手に取るようにわかる。

 だから俺はもう一言付け加えた。


「だが、それだけじゃいつもと変わらないな。ついでに、友人も連れてきていいか? 騒がしいが、良いやつらなんだ」


 俺の提案に2人は声を揃えて「もちろん」と笑顔を見せる。今度は心から歓迎してくれているような温かい笑顔だった。

 長い付き合いの友人たちと新たな友人たち。どちらも今となってはかけがえのない存在だ。

 彼らが会話し笑い合う姿を想像し、俺は少しだけ文化祭が楽しみになった。



 図書館を後にして雲母家の屋敷へ戻ると、何やら人の出入りが激しく慌ただしい様子だった。

 念の為にシャーリーが様子を見てくると先に屋敷へ戻り、俺は深愛と2人で車に取り残された。


「大丈夫なのか? 皆険しい顔をしている気がするが」


 いつもはほんわかとした雰囲気で仕事をしている使用人たちがこぞって眉間に皺を寄せている。屋敷への侵入者でも居たのかと勘繰るほどに物々しい。

 だが、深愛はいつもと変わらずにこにこと可愛らしい笑顔を見せる。


「心配ご無用ですわ。何か良からぬ事が起こっていたとしても、お屋敷の皆様なら多少の困難くらいパパっと解決ですわ」


 それよりも、と深愛は喧騒を他所に話題を転換する。


「弥太郎君のクラスは何をされますの?」

「何って……何がだ?」

「文化祭ですわよ、文化祭!」


 急な話だったため理解が追いつかずにいると、深愛はぶーっと口を尖らせた。車内だけ時間の流れが違うかのような緩い空気に肩の力が抜ける。

 外の様子も気になるが、深愛が問題ないと言えば問題ないのだろう。シャーリーも様子を見に行っていることだし、大人しく彼女の報告を待つことにしよう。


「ああ、文化祭な。うちはカフェだそうだ」

「だそうだ、って……随分他人事ですわね?」

「俺はあまり関わっていないからな。詳しいことはわからない」


 双子と異なり同じ学校に通う深愛ならクラスは違えど状況は理解できるだろう。

 そう思っていたのだが、彼女はどこか納得いかない様子でふっと目を細めた。


「先日のスポーツ大会の一件がありましたのに、まだ弥太郎君を嫌悪するお方がいらっしゃるのかしら?」

「嫌悪って言うと少し違う気がするが……まあ、迎合されていないのは確かだな。神宮家を勘当されたって事実はどうしても付きまとうものだから、仕方ないと言えば仕方ないのだろうが」

「仕方ない……」


 苦笑しつつ放った言葉を彼女はオウムのように返す。腑に落ちないとその顔に書いている。

 深愛にしてみれば出自だなんだとその人物の為人が関与しない部分で他者を評価するような考え方には納得できないのだろう。

 しかし、名前というのは彼女が考えるよりもずっと強大な影響力を持っている。2世芸能人なんかがその最たる例だ。親の名前のおかげで成功する人間もいれば、親と比べられて蔑まれる者もいる。

 不特定多数の人たちにしてみれば、名前という第一印象は見た目に匹敵する情報源だ。俺の場合はそこに"元"という修飾語がつくのだから、印象の悪さは言うまでもない。

 深愛の言わんとすることを理解しながら、俺はあえてその先を促さず話を流すことにした。

 彼女は俺のことを思って悩んでくれているのかもしれないが、俺は別に今のままでも構わない。

 深愛をはじめ、俺の立場や利害に関係なく接してくれる人たちがいるだけで俺は嬉しい。


「深愛のクラスは何をするんだ?」

「私たちはたこ焼き屋さんを開きますわ! 本当は私が弥太郎君の良さを語る講義を開こうと提案したのですけれど、実行委員会の方々に拒否されてしまいましたので」

「ちょっと待て。講義ってなんだ」


 不穏なことを言う深愛を問い詰めようとしたタイミングでシャーリーが戻り、勢いよく後部座席のドアを開けた。

 いつも冷静沈着な彼女にしては珍しく、その表情には焦燥や動揺の色が見える。

 やはり何か良くないことがあったのではないか。彼女の放つ緊張がこちらにも伝わり、俺はごくりと唾を飲む。


「深愛様、弥太郎様。旦那様がお帰りになられました」

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許嫁に裏切られ家族にも見捨てられた俺が下心全開のお嬢様に拾われて幸せになるまで 宗真匠 @somasho

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