第8話 戦闘奴隷


 ――エルバトス外郭北西部 住宅区 ファレルの家――


 『天駆ける翼馬亭』は王都のギルド本部と連絡を取り、『黎明の宝剣』についての情報が一部共有された。


 戦闘奴隷とは、本来なら戦闘能力を持つ重犯罪者が刑期の軽減を代償として、兵力として動員されることを言う――勿論それも人道的見地の問題はあり、現在は特例を除いて適用されない。


 だが、亜人種に対しては話が変わってくる。


 人間にはない特殊な能力を持っている亜人種は、一人で軍の一部隊を相手にできるほどの個人戦力となる場合がある。これを理由に拘束具の使用が許可される場合があるのだ。


 その場合の戦闘奴隷は、もはや一人の人間ではなく、戦力としての単位となる。一介の冒険者パーティに属するものではない――『特級』という例外を除いて。


 『黎明の宝剣』は、王国が管理していた戦闘奴隷を貸与された。だが、書類上はパーティは六名とされ、奴隷の存在が記録されていない。


(……あれは、実質上の処刑だ。王国は戦闘奴隷を持て余したか)


 俺が聖騎士団にいた頃も、戦災孤児の亜人の子供を戦力とするために、育成する計画が出たことがあった。


 葛藤はあったが、それでも戦いを教えたのは、生きる術を持ってもらうため。そして優秀な能力を持っているなら、相応に評価を受けて権利を得てもらいたかった。


 今も聖騎士団には亜人の団員がいるはずだ。俺が作ろうとした制度が今も引き継がれていればだが。


「……さて、これで一部屋空けられたか」


 エドガーの医院に入院して三日後、ベッドの上にいた彼は目を覚ました。


 『黎明の宝剣』の資料に情報が記載されていないため、今も名前は分からないままだ。本人に聞こうにも、まだ話すことができていない。


 俺の家は古い家を自分で補修する条件で安く買ったもので、最初の二年で補修は終わった。次の二年で菜園を作り、近隣の住人にも恵まれて盗みに入られたりすることもほぼなく、食材の供給源のひとつとなっている。


 それからの三年は厨房の改修に力を入れている。大迷宮から街に帰ってきたあとの楽しみといえば何はともあれ食事だが、手頃な依頼がない時に自炊をしてみると、驚くほどどっぷりと漬かってしまった。


「食べられるものも決まってるよな……療養食ってやつか」


 自分が病気になることはないので、そういう時何を摂るかというのを考えたことがない。


 俺の家に引き取ったはいいがそれで病気になるというのは本末転倒だ。ちゃんとした行き先に行くまで、できる限り回復できるよう努めたい。


 ベッドは昔の住人が使っていたものが余っていたので、それを補修した。俺が使っているものの方が質がいいのでそちらを使ってもらうことにして、俺は補修したベッドを使う――良質の寝床は回復のためには必須である。


 足りないものがあったら後で補充することにして、ひとまず朝食を摂って家を出る。エドガーの医院まで歩く間に朝の市場を通って、品揃えを確認しておく。


 やがてエドガーの医院に到着する。裏口側に回ってドアをノックすると、看護服姿のリベルタが出迎えてくれた。


「おはようございます、ファレルさん」

「ああ、おはよう。ちょっと疲れてるみたいだな……休んでないのか?」

「きのう急患が入ったもので。院長は仮眠を取っていましたが、もう起きてきています」


 リベルタに連れられて、まずエドガーのいる部屋に向かう。エドガーは長椅子の上で身体を起こし、髪を直して眼鏡をかけるところだった。


「相変わらず大変そうだな……」

「いやはや、お恥ずかしい。深夜に重傷者の受け入れがあってね、手術が終わったのはつい一時間くらい前か」


 俺が患者を連れてきたときも同じ状況だった――そう思うと申し訳なくなるが、エドガーは笑っていた。


「リベルタから患者に声をかけてもらってはいるが、話すことはまだできていない。ただ、君の家に行くことになるという質問には頷いている」

「そうか……何かあったら相談に来るかもしれない。俺なりに準備はしたが」

「君が準備すると言ったら、私としては何も不安に思うことは無いけどね」

「信頼してもらうのはいいが……正直、若干不安はあるぞ」

「ははは、聞かなかったことにしよう。もし難しかったらうちの医院でもう数日対応できるから安心してほしい。メネアさんも検討してくれていたしね……まあ、彼女の家は寝床を一つ増やすのも大変そうだが」


 薬の研究に没頭するあまり、メネアさんの住居を兼ねている店は空いている空間がほとんどない。


「……あいつは、何か食べられるようにはなったか?」

「いや。流動食でも受け付けない状態だから、この栄養液を使ってもらう」

「これか……こいつは結構味がな」

「食事を摂れるようになると回復も早くなる……もともと、竜人種の特性として自己回復力が非常に高いんだけどね。その回復力が今は落ちている」


 竜人と人間のハーフで、短い角があるなどの竜人の特徴はあるが、ほとんど人間と変わらない姿をしている。


 ぼろぼろのフードを被って外套を羽織っていたので、そういったことは後で知らされて分かった――竜人は希少種で、非常に優れた能力を持っているとされている。


 その能力の一つである回復力の減少。原因は、過酷な状況に置かれたことによるものとしか推定できない――エドガーも、無力感を滲ませていた。


「僕やリベルタが接するよりも、君が来ている間の方が意志を感じる。医者が感覚でものを言うのは無責任だが、ファレルならあるいは……」

「……やれるだけのことはやってみるよ」

「ありがとう。では、病室に行こうか」


 エドガーと共に病室に向かう。ベッドの端に座り、彼はゆっくりと俺の方に目を向ける。


 頭には包帯が巻かれ、傷ついた片目は覆われている。もう一つの目はこちらを見てはいるが、何も映してはいない。


「……こんにちは。身体の加減はどうだ?」

「…………」


 何も反応がない――と思いきや、小さな頷きが返ってくる。


「彼は君を迷宮から連れ帰った人だ……それは分かっているね。今日から、君は彼の家でしばらく暮らすことになる」

「…………」


 エドガーの言葉に、それほど時間を空けずに頷く。


 入院しているうちにざんばらだった髪は整えられ、血なども綺麗に拭われたことで、綺麗な面立ちをしていると分かった。同時に『黎明の宝剣』にどれほど蔑ろにされていたのかも分かり、憤りが湧く。


「ファレルさんのお家にお風呂はありますか? 身体を拭くことだけはしていましたが、本日から入浴も可能ですので」

「ああ、分かった。風呂は入れるか? たまに苦手な人もいるからな」

「…………」


 今度は少し間を置いて、俺の方に顔を向けてから、少し俯くようにして頷きが返ってきた。


「食事については先程お話した通りですので……栄養液以外も摂取できるように、様子を見て療養食を始めてください。こちらが献立の一例になります」

「ありがとう、無理強いはせず少しずつだよな……」

「そうだね。でも、私は結構期待してしまってるんだ。君が普段していることを考えたらね」

「院長は、ファレルさんの作った食事をご馳走になったことがあるんですよね」


 確かにエドガーに飯を食わせたことがあるが、その時の反応は『意外だ』という一言だった。大した評価ではないと思っていたが、それで期待をしていると言われても、こちらこそ意外と言いたいところだ。


「療養食は初めて作るから、そこは手探りだが……好みも聞きながらだな」

「…………」


 何が好みで何が嫌いか、それくらいなら頷くだけでも意思表示ができる。


 話せるようになるに越したことはないが、何がきっかけで良くなるか分からない。まず、安心して暮らせる環境だと伝えることからだ。

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