第7話 対峙

 『天翔ける翼馬亭』の朝は早い。ギルドの建物内にある食堂では冒険者が出立前の朝食を摂っていて、いつも賑わっている――はずなのだが。


 やけに静かだ。冒険者たちの視線はギルドカウンターに向けられている。


 イレーヌのいる受付、その前に立っているのは蒼髪の男とその仲間たち――『黎明の宝剣』だ。


「このギルドには昨日深層行きの依頼が出ていたそうだが、それはどうした? 受ける人間がいなくて取り下げたか」

「まあ、上級程度でもあの大迷宮じゃ苦労するわな。このギルド程度の連中じゃ、浅い層をカサカサしてるだけなんじゃねえの?」


 なんともひりつく空気だ――相手が特級であることはみんな理解していて、ただ黙って見ているしかない。


 それにしても、彼らがなぜここに来たのか。まさか、深層に行く冒険者がいないか調べて回っているとでもいうのだろうか。


「ねえ、もういいでしょ。ここにいるのって3層でも苦労するような人たちでしょ? 5層まで行けるわけないじゃん」

「本当のことでも明け透けに言うものではないですよ、ロザリナ」

「ジュノス、それより早く王都に戻ろうよ。首尾よく仕事は終わらせられましたし」


 蒼髪の男が、ロザリナと呼ばれた人のほうを振り返る――その視線が、俺の方に向いた。


「……貴様、昨日の」


 いくつかの考えが頭を巡った。何があったのかを、この男に伝えるべきかどうか。


「無事で帰って来られたんだ。あ、何もせずに戻ってきたとか?」


 ロザリナが挑発してくる。なぜほぼ初対面の相手にこうも侮られているのか――特級から見た中級が、天から地を見下ろすようなものだと分かってはいるが。


 今まで波風を立てないようにやってきたが、今回ばかりはそうも言っていられない。


「あんた達も、大迷宮の入り口にいたな。何か目的があったんじゃないのか?」

「それを貴様に言う必要はない。見たところ、青銅の徽章をつけているようだな」

「中級冒険者にしては気骨を感じるが、喧嘩は売らん方がいいぞ? うちのリーダーは何をするか分からんからな」

「ガディ、お前は黙っていろ……貴様はなぜあの場所にいた? あの方角には崖があるだけのはずだ」


 浅い層の地図は出回っているので、俺が向かった先に『祈りの崖』があることをジュノスは知っている。しかし、そこが行き止まりだとも思っている。


 特級パーティでも、現地の魔物を手懐けて運んでもらうなんて手段は使わない。魔法を使って崖から降下することもない――我ながら、俺は奇抜なやり方をしているようだ。


「あの方向に用があっただけだ。何も無さそうに見える場所でも、俺にとっては意味がある」

「……それってどういうこと? あんた、一体何を……」


 ロザリナが怪訝な顔をする。曖昧なことを言うだけでは話は核心に届かない。今ここで、切り出すしかない――そう判断した。


「あんた達がこの都市にやってきたとき、もう一人同行者がいたはずだ。なぜ、すぐに探しに行かなかった?」

「……まあ、そういうこともあるか。特級パーティが来たってんで注目されてたか? 有名人は辛いねェ」


 ガディという黒髪の男は飄々とした態度のままだが、眼光が鋭くなっている――俺が何を言うか次第で動く、とあからさまに威圧している。


「……『あれ』は迷宮の中で命を落とした。主人のために命を捨てろとまでは言っていなかったがな。自主的に動き、俺達から離れた」


 ――抑え込んでいた怒りが、胸の奥で熱を持つ。


 ジュノスという男が何を言ったのか。事実とは違う、違うに決まっている――あいつが一体どんな思いで戦っていたのか、この男は想像すらしていない。


「ジュノス、まずいんじゃないの、こんな場所で……」

「教会に死体が回収されるかとも考えたが、どうやら望みは薄いようだ。俺たちと同じ場所を探索する冒険者は、そういないだろうしな」

「……戦闘奴隷をひとり失った。あんた達にとっては、それくらいのことなんだな」

「やだ、奴隷だなんて……パーティにも役割があるんだから、一人でやってるあんたに文句を言われる筋合いないわよ」


 ジュノスとガディ、二人の前衛の後ろに隠れて、ロザリナは好きなことを言っている。


「っ……ど、どうか、冒険者の皆様同士で、喧嘩などは……っ」


 イレーヌが俺と『黎明の宝剣』の間に入る――ジュノスは薄く笑うと、仲間たちを連れて外に出ていこうとする。


「もし貴様が『あれ』を見つけられたら、金は払ってやろう」

「おいおい、見つかるわけねえじゃねえか……って喋り過ぎだな。おっさん、またどっかで会ったらそん時はよろしく頼むわ」


 俺の方は全く会いたくもなんともない――ガディは喧嘩を売ってくる気満々だ。迷宮の中で出会いでもしたら、面倒なことになるだろう。


(まあ……降りかかる火の粉なら、払うしかないか。彼らが今後も大迷宮に潜るとしたらだが)


 『黎明の宝剣』が去ったあと、ギルド内には徐々に冒険者たちの声が戻ってくる。


「お、おい……ファレル、大丈夫か? 特級の連中に因縁つけられるなんざ、一体……」

「色々あってな。すまんグレッグ、心配させたか」

「いや、お前が来てくれて良かった。あのジュノスって男、イレーヌさんを半ば脅していたからな」

「ファレルさん、ありがとうございました。あの方々がこちらのギルドを訪問されるとは思っていなかったもので……」

「そのことも含めて、依頼の報告をさせてもらっていいか」

「は、はい。では、こちらに……」


 人に聞かれない場所で話したい、そう言わなくてもイレーヌは察してくれた。


 別室に場所を移し、席に着く。向かい側に座ったイレーヌに、俺はエドガーから出してもらった診断書を見せる。


「っ……ファレルさん、まさか……」

「イレーヌの言う通りだった。5層の『古き竜の巣』……『黎明の宝剣』は、そこから何かを持ち出した。彼らは罰を避けるために、同行した奴隷を置いていったんだ」

「そんな、こと……彼らは、そのようなことは一言も……」

「奴隷は生きている。エドガーの医院で治療を受けて、一命を取り留めた……イレーヌが心配した通りだった。昨日潜らなければ、どうなっていたか分からない」


 診断書にはどんな治療を行ったのかが詳細に書かれている。イレーヌはそれらに目を通すと、ぽろぽろと涙をこぼした。


「私は……どんなことが起きているのかも考えないままに、ファレルさんにあんなお願いを……」

「いや、俺に相談してくれて良かったんだ。俺は仕事をこなして、あいつを連れて帰ってきた。それだけの話なんだから」

「いいえ、『それだけの話』などではありません……冒険者ギルドで働く者として、ファレルさんの行為に敬意を表します」


 イレーヌは涙を拭いながら微笑む。こんな時、何か気の利いたことでも言えればいいが、上手い言葉は出てこない。


「ファレルさん、その方が回復したらどうされるおつもりですか?」

「ああ、それを相談しておかないとな……『黎明の宝剣』に返すっていうのは、とてもじゃないが考えられない。そうなると、どこかに預かってもらうことになるか」

「そうですね……ジュノスさんのお話をそのまま受け取るなら、従属契約は実質上破棄されています。拘束力を持つ首輪などは外されていますか?」

「首輪は壊れかけていたから、俺の手で外した。そうするしかない状況だったからな」

「凄い……奴隷の拘束具は、簡単に壊せるものではないはずなのに」


 それが壊れるような事態だったからこそ、『黎明の宝剣』の想定から外れている。


 意識が戻ったとき、もし元のパーティに戻りたいと言うなら尊重するほかないが、そうならなかった場合は――やはり、乗りかかった船なのか。


「……ひとまず、俺が預かるしかないか」

「ファレルさんだけにご負担をおかけするわけにはいきませんので、できる限り協力させてください。ギルド員としてではなく、個人的に、ということになりますが」

「ああ、ありがとう。現状は奴隷のことは秘密にしておいてくれ、回復するまではなんとか穏便に乗り切りたい」

「かしこまりました。それではメネアさんのご依頼のほう、報酬をお支払いしますね」


 白金貨五枚――だいぶ奮発された金額だが、治療に協力してもらったということで結局メネアさんに戻っていくことになるだろう。


 エドガーの医院も病床が逼迫しているので、ずっと預かっていてもらうわけにもいかない。一時的に俺の家に置いておくならば、責任を持ってそれなりの環境を用意しなくては。






//※『黎明の宝剣』のリーダーの名称を変更させていただきました。

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