第4話



 久しぶりに実家に顔をだした未那は、バス停から高台に建つ総合病院に目をやった。見慣れた風景の、子どもの頃から当たり前にある風景。そこには学生時代からの友人、彩葉が入院している。入院してもう一年以上になる。


 LINEがなかなか既読にならず、音声通話の折り返しもなく、迷いに迷って家の電話に電話したのは、彩葉が入院した5日後だった。その時にお見舞いは彩葉の父に断られた。あらためて電話をする勇気が湧かず、行きなれた彩葉の家のチャイムを押したのはさらに一週間後だ。


 気怠げに玄関にでてきたのは、彩葉の年の離れた弟だった。記憶に間違いがなければそろそろ高校受験の年齢じゃなかっただろうか?

 学生時代に制服を着替えないまま彩葉の部屋に遊びに行くと、小学校にあがる前の小さな男の子がよく様子を見に来た。部屋のドアを少し開けてのぞき込む、はにかんだ笑顔を浮かべる小さな男の子。あの子がもうこんなに大きくなったのか、とあらためて驚いた。


 あまり状態は良くないらしい、ということは、彼の言葉の端からうかがえた。

 お見舞いのメッセージカードと、イベント土産の掌に収まるほどの透明アクリルのオブジェの入った小さな紙袋を弟に託した。病状が落ち着いたら連絡くださいと伝えてください、そう伝えた時に彼が少し動揺したのがわかった。そんなに悪いのか、未那の気持ちに重しがずんとのしかかった。

 それ以来、彩葉との連絡は途絶えたままだ。

(会いたい)

 少し視界が歪んだ。知り合いに彩葉の様子を尋ねられることも、最近はなくなってしまっていた。

「彩葉ぁ……」

総合病院の方向を向いたまま、思わず声に出てしまった。じんわり景色がにじむのを、未那は止められなかった。



 未那は彩葉の書く小説が好きだった。

 彼女の描く世界とキャラクターは、未那を夢中にさせた。雑談で未那が大好きなキャラクターがこの先の展開で死んでしまうと知ったとき、未那は思わずボロボロと涙を流し、彩葉を慌てさせた。少し落ち着いて謝る未那に、彩葉は自分の作ったキャラクターが、そんなに愛してもらえて幸せだ、とお礼を言われた。


 小説を書き上げると、ゲラの状態の小説を彩葉は未那に真っ先に読ませてくれた。視線を感じた未那がふと紙束から目を上げると、彩葉は未那の様子を頬を紅潮させながら見つめていた。

 未那は彩葉の作品の、一番のファンだと自覚していた。

 今は……学生時代から一緒にいる親友の様子を、知ることもできない。もう少し彩葉の家族と仲良くしておけばよかった、未那は心から後悔していた。


 総合病院に向かうこともできたが、それは病院にとっても、彩葉の家族にとっても迷惑であることはわかっていた。ただ、待つしかできない、そんな事実が、未那には苦しくてたまらなかった。




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