第21話 この艦では酸素が何よりも価値を持つ

 無重力の空間に、大小の影。

 旗艦となっている戦艦から、たった2mのPS(パワードスーツ)まで。


 旧式と言われている15mのヘビーキャルも、ここぞとばかりに奮起する。


 主砲を斉射できるよう、艦隊は向かってくる敵に並ぶ。

 機動兵器は、その射線を邪魔しないよう……。



「バーミンガム艦隊、展開完了!」

「ネイビル艦隊、同じく配置」


 戦艦の狭いブリッジで、老いた艦隊司令がシートに座っている。


 士官の1人が報告。


「先遣隊が、タイタン級マザーシップ、アレトゥーサと接触します!」


 まだ宇宙服を着ていない艦隊司令は、白手袋の両手を組む。


「そういえば、あの平良たいら少佐をオリジナルとする少年がいるそうだな?」


 近くで立つ作戦参謀が、すぐに答える。


「ハッ! 同じ和真かずまという名前で、PSの「シルバー・ブレイズ」を受領したようです。野外の模擬戦で、シューティングスターズ中隊を一蹴したとか」


 窮屈ながらもシートに座る艦隊司令は、後ろにもたれた。


「そうか……。やはり、血……遺伝子は争えぬ、ということか?」


 センシティブな問いかけで、周りは沈黙したまま。


 艦隊司令は、目を閉じて、何やら考え始める。


「動きがあり次第、すぐに知らせろ」

「ハッ!」



 ◇



 俺は対艦装備の『シルバー・ブレイズ』を纏ったまま、つかまっている長距離移動ユニットから、宇宙コロニーのような物体を見る。


「すごいな……」


 隣にいるコウが、『エイジス』のままで、こちらを見た。


『そうですね……。カタログスペックで知っていたとはいえ……』


 改めてアレトゥーサを見れば、所々で衝突防止のカラーランプが光るだけ。


 レーダー照射はなく、隕石を撃破するミサイルポッドなどは沈黙したまま。


『少佐、どうします? 俺たちは自由行動になっていますけど……』


「突入した奴もいるんだよな?」


『ええ! 味方の艦隊がいつ撃ってくるか不明ですが』


 話している間にも、アレトゥーサは同じ速度で動き続け、俺たちも並走する形だ。

 宇宙空間では、減速するにも推進剤を消費する。


 今は、俺が上官だ。

 隣に丸投げするのは、間違っている。


「コウ少尉! 最寄りの居住ブロックに入ってみるか? 生存者がいるとは思えんが、今しか見学できないだろう」


 『シルバー・ブレイズ』のOSが、すぐにサポート。

 脳内に、その居住ブロックと進路が浮かぶ。

 宇宙で光るモニターを出すよりも、現実的だ。


『ハッ! お供します!』


 俺たちが乗るユニットは、向きを変えた。


 PSの自動操縦により、そちらの火器が発射される。

 閉じていたハッチの1つが吹き飛んだ。


 そのまま、宇宙のどこかへ流れていくハッチとすれ違うように、うつ伏せになった2機が横に並ぶユニットが進んでいく。


 真っ暗であることから、前方ライトがついた。

 俺たちはビームライフルの銃口を前に向けたまま。


 与圧するエアロックも吹き飛ばし、やがて広い空間に出た。


 移動ユニットを上空のスペースへ飛ばしつつ、眼下を見る。


 PSのサポートにより、暗闇の中にたたずむ市街地が、昼間のようにハッキリと――


『ひどい……』


 ボロボロになった服を着たままのミイラが、歩道に転がっていた。


 俺たちが侵入したことで与圧が消え、徐々に吸い出されているようだ。


 風が発生して、ベンチに座ったままの骸骨が、カタカタと笑う。

 落ちていた空き缶も、カラコロと動く。


「コウ少尉、着陸するぞ? あまり長居はしないが、中を調べたい。PSなしの白兵戦の用意!」


『……ハッ!』



 横に並んで座れるユニットは、キィイイインと着陸。


 ランディングユニットが軋む中で、PSから降りて、パイロット用のホルスターから拳銃を抜き、上のスライドを後ろに引き、離す。

 シャコッと初弾が入った音。


 動きやすい宇宙服のまま、遠隔でPSのサポートを受ける。


『少佐! 俺が先行しましょうか? 正式な訓練を受けていないのでは?』

「頼みます」


 首肯したコウは、両手で拳銃を下げつつ、前に出た。

 

 俺は、いったんホルスターに仕舞う。

 すぐに援護するよりも、誤射のほうが怖い。



 商店街らしき場所で、路面店の1つに入る。

 当たり前だが、自動ドアは稼働せず、強引な侵入だ。


 左右に銃口を向けていたコウは、ゆっくり下げた。

 次に、ボソッとつぶやく。


『何だ、これ……』


 気になった俺が、後ろから覗いてみれば――


 空のペットボトルを咥えたままのミイラ。


 タンスの引き出しを開けて、その奥に首を突っ込んだままのミイラ。


 刃物が突き刺さったミイラもある。


 どれも、を求めて、必死な様子だ。



「たぶん、酸素切れでパニックになったんだと思います……」


 銃口を下げたままのコウは、ゆっくりと振り向いた。


 震える声で、苦しみ抜いた末に死んだと思われる死体を見る。


『つ、つまり、このブロックの住人は……』


「ええ。もはや正常な判断ができず、まだ残っているであろう酸素を求めて、こんな有様に」


『しょ、少佐……』


 言葉にならない懇願に、俺はうなずいた。


「これ以上の調査は、俺たちの任務ではありません。すぐに脱出し……」


 ――どうして、あなたはそこにいるの?


 落ち着いた、女子中学生ぐらいの声だ。


『少佐?』


「今、女子中学生の声が聞こえませんでしたか?」


 周りを見たコウは、慌てて否定する。


『い、いえ! こういう状況で、やめてくださいよ……』


 ピピピピ!


『艦隊司令部より先遣隊へ! アレトゥーサの一部が稼働した! 只今より、一斉射撃のフェーズへ移る! ただちに、周辺から退避されたし!』

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