第2話


 私は知っていた。

 私にはわかっていた。

 私は走ることを宿命づけられた血脈の末裔ではあったが、その体躯は他と比べてひと際小柄で貧弱そのもの、全く見栄えはせず、それほどの目利きではなくとも、この先体が大きくはならないことは明白であり、実際身受けしてくれる者など誰もいなかった。

 誰にも全く相手にもされなかった私ではあったが、その後、紆余曲折を経て現在所属している組織の一員として登録することを許されたのだが、そここそはまたの名を“流刑地”――走るしかない者でありながら、走ることに期待が持てない者どもの吹き溜まり――であった。

 私の戦績とはそんな底辺に於いてですらの連戦連敗なのである。

 それでも、私は走った。

 それでも、私は走り続けた。

 そこにしか存在価値など見出すことなど出来ないのだから。その中に於いてでしか存在の仕様がないのだから。


 私に誰よりも速く走ることを仕向け、

今日に於いては同じ私に何者よりも敗北し続けることを要求する者――

それこそが、人間…………。


 元からして、私とは、私が末席に名を連ねる種というものは、異常としか言いようがない奇形種である。

一考でもしてみるがいい。ただ速く走ることのみを追求し、それ以外を一顧だにしない種とは一体なんであろうか? その為だけに品種改良を行い、交配に交配を連ね、寧ろそれ以外をそぎ落とした果てような生物が歪ではないなどと言えるだろうか? 現に私の同類の生息地は自然の中ではないし、自然の中にはない。そんなことは不可能なのだ。

 母なる自然。

 母なる大地。

 そんなものは御伽噺でしかない。

そこは安住の地ではないし、もはやそれは安住の地とはなり得ない。我々はそのような処からはすっかり遊離してしまった。遥かなる祖先はその限りではなかったはずなのだが。

 何という繊細さ、何という脆弱さ、何という歪さ、そして一個の生命体として、何という不自然さであろうか?

それ故に我が同胞の住まう処は須らく競技場を中心とする、謂わば“箱庭”の外には在り得ないのである。そこでしか生き様はなく、そこでしか生きられはしないのだから。

 全ては人間という種が明確な目的をもってそれを成した――

こうして我が血脈は賭博の道具となり、経済動物と呼称されるに至ったのである。

人間の社会に於けるほんの上澄みの中にはその財力や社会的ステータスを誇示するかのようにオーナーとなる者がいるが、このギャンブルに携わる圧倒的な多数派は金銭をかけることに伴う麻薬じみた中毒性のある高揚感に溺れている存在なのである。但し、私や我が同胞が本来の目的に殉じ――もとより歪で不自然な生物であるが故に全力疾走することによって予後不良を生じ安楽死に至る者も存在するのである――、持てる限りの全てを尽くし、他者よりもたとえ僅かでも速くあらんとする姿に金銭のやり取りを超えて感動してくれたり、今日をそして明日を生きる活力としてくれている人間もいるということだが、だとしたら私は……、

 私としては何故だかそこに嬉しさを覚える。

 それは今でもそうなのだ。

 だから、こんなことを想うこともある。

 ただの個人的な願望なのかもしれないが。

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