僕らの空~

シロサン

第1話

 家族だったペットが死んだ。


 次に母が亡くなると父は仕事で家を離れた。


 病気の妹は今もベッドの上で苦しんでいる。


 仕送りとバイトでお金には余裕があるが……もう十分だ。





「お兄ちゃん、今日もお仕事?」


「いや、今日は休みをとったから面会時間が終わるまでずっといるよ」


「本当? やったぁ……!」


 ――――


「でねー、その子があんまり注射を嫌がるから先生が――ケホッケホッ!」


「おい大丈夫かッ!?」


「……ふぅ、もう慣れたしこれくらい平気だよ」


「あんまり無理するなよ」


 慣れたというよりも痛み止めが効いているんだろう。


 しかし、それもいつまで持つか……。


「こよりちゃん、そろそろお薬の時間よ。お兄ちゃんとバイバイしましょうね」


「あーまた子供扱いしたー!」


「ふふふ、ほらお兄ちゃんに挨拶して」


「もう……お兄ちゃん、今日は終わりだって~」


「あぁ、ちゃんと先生とお姉さんのいうことを聞くんだぞ」


「お兄ちゃんまでひどーい! 私もう五年生だよぉっ!?」


 俺が高校に入る手前で突然こよりは入院した。


 初めはただの風邪だと聞いていた。


 検査が終わって帰ってきた父から聞かされた病名は『白血病』――血液の癌だ。


 すでに母は他界しているため、俺は父と相談して僅かでも治療費を稼ぐことにした。


「それじゃあ俺はこれで失礼します」


「お兄ちゃんまたね~!」


「……あぁ、おやすみ」



 最後にこよりの元気な姿をみられてよかった。


 あとは……うまくやれるかどうかだ。


「あら、古田君?」


「……っ?」


 振り返るとパーカーのフードで顔を隠した女性が近づいてくる。


「あの……どなたでしょうか」


「私よ、ほら同じクラスの」


「さ、西園寺さん?」


 西園寺 京華……容姿端麗でクラスの男子だけではなく、全学年の生徒から注目を浴びてる存在。


 学校に通いながらモデルの仕事をしてると聞いたことがあるが、俺にはまったく縁のない人物だ。


 会話どころか挨拶すらしたこともない俺に声を掛けるとは何事だろう。


「ねぇ、こんな時間に何をしてたの?」


「あ、えっと、病院の帰りなんです」


「古田君どこか具合でも悪いの?」


「いや、妹が入院してまして」


「そうだったんだ……。変なこと聞いちゃってごめんね」


「いえ、それじゃあ俺はこれで」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ!」


 しつこいな……。


 もしかして俺に気が――と思わせて何人の男を虜にしてきたんだろう。


 残念ながら俺にはこよりがいたおかげで女性にある程度耐性がある。


 クラスの男たちはあることないこと夢をみているようだが女性だって同じ人間だ。


 表の顔もあれば裏の顔もある。


「ねぇ、今めんどくさいって思ったでしょ」


「へっ!? い、いえ、そんなことないですよ」


「ほんとに~? ていうかさ、敬語じゃなくて普通に話してよ」


「いや、そんなに親しいわけじゃないですし……」


 バイトでほとんど遊ぶ時間のない俺にはクラスで友達という友達はいない。


 中学の頃の友人は別の高校へ、初めに声をかけてくれた連中はそれぞれグループを作った。


 寂しくないのかといえば寂しいが今はそんなことよりも辛いことのほうが多い。


「じゃあさ、今から私と友達ね!」


「え、いや、無理しなくていいですよ」


 見せ掛けの付き合いが多いこの時代に珍しいものだ。


 病気の妹を持つ男への情けだろうか。


「なんでよー!」


「なんでって……俺、西園寺さんのこと何にも知らないですし……」


 まずは知り合いから友達になれるかどうかだろう。


 まぁこんな機会でもなければ話すこともないだろうけど。


 つまり、もう二度とないわけだ。


「――ねぇ、あの子……キョウカじゃない?」


「ほんとだ、本物かな? 声かけてみる?」


「えーでも間違ってたらどうしよう!?」


 近くにいた女性たちはテンションが上がり声が徐々に大きくなっている。


 西園寺さんってやっぱり有名人なんだな。


「やばっ……古田君、明日また学校で話そう! 約束だからね、それじゃ! あ、あと敬語は禁止よー!」


 明日はない予定なんだけど……。

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