Rainy Haze

神傘 ツバメ

第1話

「なんだ、来てたのか」

「悪いか?」

「そんなこと言ってねーだろ。店長、コーヒー2つ」


俺は言葉を返し、適当なテーブルに腰を下ろした。

しばらくすると、砂糖とミルクのたっぷり入ったコーヒーを店長が持って来る。

「何年経った?」

「三年です」

俺の代わりにあいつが答えた。


「もうそんなか」

「……っすね」

向かいの席に置かれたコーヒーから、湯気が立ち昇る。

いつもなら、昇る途中で消える湯気。

毎年のことだが、今日と言う日だけは長々と立ち続け、気付くと大きく揺れ右に流れ出す。

あいつのいる方に。


「来たぞ」

「そうか」

それを確認した俺の言葉にあいつは、いつものように短い返事をする。


「妹さん、美味いってよ」

「そうか」

いつもの返事の後、あいつは自分のカップに入ったコーヒーを飲み干した。

「じゃぁ店長、私はこれで」

「また来年な」

「すいません、毎年毎年」

「良いけど、たまには命日以外に来な」

「はい、その内。 ……おい」

店を出るドアノブに手を掛けたあいつが、俺に声を掛けてきた。


「なんだよ」

「毎年すまんな」

「今更だろ」

「そうだな」


あいつは去年と同じように、ドアノブを握り締めたまま、なかなか店を出ようとしない。

「……なんだよ?」

「妹は……いや、いい」


あいつは言いかけた言葉をよく飲み込む。

一年に一回しか来ない、この店にいる時は特に。


「視るかぎり幸せそうだし、変な話、元気でやってるってよ」

「……そうか」


__あいつは毎年、この日だけこの店に訪れる。

失くしたものをあえて確認するように。


あいつには視えなくて、俺にだけ視えるもの。

あいつには聴こえなくて、俺にだけ聴こえる声。

 

白く立ち昇る湯気だけが形取る、大切な家族の姿。


店を出ようとするあいつの背中を包み込むように流れる湯気から、水滴が一つ、ポトリと落ちる。


……ったく。

「おい!」

俺の声にあいつの足が止まる。

「妹さん、『もう大丈夫』だって。 『もうずっと許してる』ってよ!」


伝えても届かないことは、いくらでもある。

特に生きている人間には。


「『だからお兄ちゃんも、もう自分のこと許して良いんだよ』ってさ」

「許……本当にそう言っているのか?」

「俺がお前に嘘言ったことあるかよ」

「いや、割とあるだろ」

「う、うるせーな! これに関してはねーだろ」

「……妹に言っといてくれ。 『分かったよ』って」

「聴こえてるだろ、妹さんにも。 それより俺には何かねーのかよ?」

「………」

俺の質問に、あいつは無言のまま店を出た。

湯気の消え始めたコーヒー、その水面が小さく揺れる。


『いつも感謝してるって』 __そう聴こえた。


「はぁ……たまにはあいつの口から直接聴きたいよ」

ボヤく俺。 最後の湯気が揺れた。

「……分かってるよ。大丈夫」


俺はすぐに店を出て、あいつの背中を追いかけた。


『側にいてあげて』


切実に聴こえた、その言葉を届けたくて___













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Rainy Haze 神傘 ツバメ @tubame-kamikasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ