第7話 フジヤマ

「かんぱーい!」


 すっかり辺りも暗くなって来た頃、俺たち自由民は全員で杯を交わした。いわゆる宴会ってやつ? 酒や食料は奴らの屋敷から奪ってきた。奴ら、たんまり貯めてやがったからな。全員分用意できた。


「それにしても、ヒロトはすごいなぁ! あんな凄い技出しちゃって!」


 酒の入った樽風の酒器を手に持ちながらシゲミツが笑った。その顔には少し火照りが見える。無理もない。何年ぶりの酒だろうか。


「いやいや、全部ユードラのおかげだよ。俺1人じゃ、何も出来なかった」


「へぇー。じゃあさ、僕もその力欲しいな! 絶対革命の役に立つよ」


「残念だけど、それは厳しいね」


 後ろから、切れ味の良い声でユードラが話しかけてきた。暗闇の中、焚き火で照らされたその顔は、やはり美しかった。


「おお、ユードラさん。でも、どうして?」


「それはね、こいつが君を選んでないからだよ」


 ユードラはそう言って、袋から6本の硝子瓶を取り出した。その中には、俺が口にした球体が入っていた。だが、その色は真っ白で、あの時のようなどす黒い赤色では無い。


「これは私がまだ本国にいた頃、ある花の液から作った薬なんだ。普通の人が食べる分には何の変化もない。だけど、選ばれたヤマト人を前にした時、それは赤黒く変色し、食した者に力を与える」


「なんと……だから僕は力を手にできないのか」


 シゲミツは残念そうに俯いた。こいつが俺と同じ能力を手に出来たら、どれだけ心強いことか。


「それにしても、ヒロト君のあの能力は凄まじい。数世代先を行く技術を体現していると言っても過言じゃない」


「いや、それほどでも」


「せっかくなら名前を付けたら? 武士にもあるでしょ。型とか」


 確かに。その方が愛着も湧く。


「うーん、思いつかないなぁ」


「ならさ、あれはどう。『フジヤマ』! あの燃え盛る炎とか、豪快な爆発とか、富士の雄大さにピッタリだろ?」


「ほぉ、それはいいね」


 シゲミツ、意外とセンスあるな。


「決まりだね。さて、本題に入ろう」


 ユードラは今までの楽しげな表情を変え、その切れ長な目をキュッと小さくして、こちらを見つめる。


「これでひとまず、この領地のヤマト人の革命はなった。だが、まだ革命には続きがある」


「続き?」


「そう。私達がいるこの地域『イディアシナ』全域の奴隷解放さ」


「な……」


 イディアシナ……初めて聞いた。だが、地域として括れるからには、相当大きいだろう。


「不可能では無い。君たちがいたヤマト国よりだいぶ小さいし、仲間は解放していく事に増えていく。自治出来る範囲だって拡大するんだぞ」


「それは確かに魅力的だが。皆の賛成を得れるだろうか」


 そう。その計画がどれだけリアリティがあっても、どれだけ簡単だろうと、仲間の命が関わる事を独断で決める訳にはいかない。


 俺は武士だ。だから、人の命の軽さを知っている。だが、その重さは平等では無い。


『仲間の命。これだけは何に替えても守る。それが俺たちサツミの武士だ』常にマサトシが言っていた言葉。今にも胸に残っている。


「ヒロト様、やりましょうよ!」


 突然、ある1人の男が声を上げた。


「ええ! 今の俺たちならできる気がする!」


「私には捕らえられた仲間がいるの。彼女を解放するまで、私の戦いは終わらないわ」


 たった1人の了承の声は熱となって伝播し、やがて民衆全てを囲う大きな火炎となった。


「ほら、どうだよ。みんな賛成だって」


 ユードラはふふんと鼻を鳴らしながら微笑を浮かべる。これを、予見していたというのか。


「僕らはお前に魅せられたんだぜ、救世主サマ。なら、どこまでも着いていくまでよ!」


 シゲミツは酒器を天高く掲げ、大きな笑顔を皆にばらまいた。


「みんな……!」


 あぁ、なんだ、この高鳴る鼓動と、血が沸騰するような灼熱は。こんな高揚感、生まれて初めてだ。これが、革命!


「ありがとう!!!」


 俺は溢れんばかりの歓喜と感謝と感動を皆に伝えた。辺りはもうお祭り騒ぎだ。普段なら次の労働に備えて寝る時間。だが、それはもういい。だって、自由なんだから。

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