恋心、乱高下

月井 忠

一話完結

 私がなんとなく手にしたのは、魔術師のようなキャラクターがついたキーホルダーだった。


「これでいいかな」


 まだ小学生の弟には、こういうのが似合うと思う。


 修学旅行に行くと言った時、弟のカズキはお姉ちゃんだけズルいとぐずった。


「お土産買ってきてあげるから」

 そう言って、なんとかなだめた。


 まだカズキには嫌われたくないし、もう少しだけ私に甘えて欲しい。

 でも、修学旅行の楽しさに負けて、ついついお土産を買い忘れてしまった。


 真っ赤な絨毯が敷き詰められた、ホテルのロビー。

 片隅にある小さなお土産屋だけど、どこで買っても同じようなものだし、たぶんカズキは気づかない。


 でも、隣にある戦士みたいなキャラクターの方がいいのかな。


「おっ! アルカナスじゃん!」

 急に背後から話しかけられた。


 びっくりして振り返ると、もう一度びっくりした。


 浴衣姿の前島くん。


 背が高くて、頭が良くて、何よりイケメン。

 クラスの女子どころか、学年中の女子が狙っているという噂もある。


 もちろん、私もその一人だった。


「えっ? あっ。 前島くん」

 私は手にしたキーホルダーを持ったまま、ただ呟いた。


 前島くんとは何度か話したことがある。

 でも、こんな近くで二人きりでというのは、もちろん初めてだった。


「望月さんも、エクリプスサガやるの?」

 前島くんは、私が手にしているキーホルダーに顔を近づけた。


 彼は背が高いから、少しだけ腰をかがめている。

 私たちの距離はぐっと近づく。


 不意に前島くんが私の方を見た。


 え? こんな距離初めて。


 まつ毛長い、肌綺麗。

 それに、なんか石鹸のいい匂いもする。


 私はハッとした。


 前島くんは浴衣を着てる。

 ということは、もうお風呂入ったの?


 私まだなのに。


 今日の修学旅行の日程は、寺社巡りだった。

 初めて見る景色に心が浮かれた。


 友達と一緒なってはしゃいで、少し走ったり。

 だから、汗の匂いが気になった。


 少しだけ体を小さくする。


「あ、ごめん急に」

 前島くんはそう言って、少しだけ離れてしまった。


「エ? エク……何? ごめん、よくわからなくて」

 私は慌てて言葉でつなぎとめる。


 少しだけ離れてしまった距離を元に戻したかった。


「実は、弟にお土産を買ってあげたくて、選んでたんだけど……良かったら、教えてもらえる?」


 会話を続けたい。

 その思いのまま、口に出した。


「あっ。そうなんだ。いいよ」

 そう言うと、前島くんは笑った。


 こんな近くで見る笑顔も初めてだった。


 どうやらこのキーホルダーは、エクリプスサガというゲームのキャラクターらしい。

 でも話は半分ぐらいしか入ってこなかった。


 私はちらちらと前島くんの顔を窺ってばかりいた。

 たまに目が合うと、思わず視線をそらしたくなるけど、頑張って見つめ返した。


 ホテルのロビーはスタッフの人だけで、学生は一人もいない。

 たぶんみんなは部屋で休んでいるのだと思う。


 小さなお土産屋は今、私と前島くんだけの居場所だった。


「で、このアルカナスって魔術師のキャラは最近、追加されたヤツで、結構強くてさ。俺の所属してるギルドには一人もいなくてね」

「そうなんだ」


 ごめん、前島くん。

 ほとんど聞いてないけど、私この時間、絶対に忘れないよ。


「そういやカナも、このキャラの人に加入して欲しいって言ってたな」


 カナ?


 それが人の名前だってことはすぐに気づいた。


 高峰香菜。


 男子から、よく聞く名だった。

 隣のクラスの、とっても綺麗な人。


 清楚というのがしっくりくる人で、吹奏楽部の部長もしている。

 しっかり者で、頭もいい。


 前島くんとは、とてもお似合いな人だ。


「へえ、そうなんだ」

 自分でも、声のトーンが落ちたのがわかった。


「あっ、ごめん。俺ばっかり喋っちゃって」

 きっと前島くんも、私の落胆に気づいてしまった。


「ううん。いいの……そうなんだ。強いキャラなんだね」

 私は手にしていたキーホルダーをなんとなく見る。


 その行動には何の意味もなくて、実のところ何も見ていなかった。


「でも、意外。高峰さん、ゲームなんてするんだ?」

 少しだけむくれて、私は言う。


 本当は嫌味でも言いたかったけど、頭が回らない。

 だから、ただ言葉にしただけ。


「え? 高峰? 隣のクラスの? へえ、確かに意外だな」


 あれ? なんで前島くんが首を傾げるの?


「え? だって、さっき香菜って」

「ああ、カナって俺の妹のことだよ?」


 なんて紛らわしい!


 でも、これで色々前島くんのことがわかった。

 高峰さんのことを「高峰」と呼ぶということは、それほど接点がない。


 とりあえず、二人が付き合っているということはないと思う。


「あっ、そうなの? もう勘違いしちゃったよ」

「いや、さすがに同級生を下の名前で呼んだりしないよ」


 直感だけど、同級生と付き合ってる感じもしない。


「あの良かったら、そのゲームのこと、もっと教えてもらっても良い?」

 少しだけかがんで上目遣い。


「うん。いいよ」

 前島くんは笑った。


 なぜだか私は、清楚な高峰さんに勝った気がしていた。

 そんなよくわからない優越感が、私を更に前へと推し進めた。


 このチャンスを逃したくない。


 私は手にしていたキーホルダーを買って、前島くんと二人でロビーの椅子に座る。


「実は、スマホでゲームとかしたことなくて……」

 もちろん、そんなことはないけどコレぐらいの嘘は許して欲しい。


 余計な誤解させられたんだから。


「じゃあ、教えてあげるよ」

 前島くんの肩が近づいた。


 ドキドキが止まらない。

 お風呂に入っていないことは気になるけど、今はただ前進するだけ。


 最初はなんとなくで選んだ魔術師だったけど、今度は違う。


 このゲームで私が選ぶキャラは絶対に魔術師だ。

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