私とクマたろう【ショートストーリー】

すばる

私とクマたろう【ショートストーリー】

小学校1年生の頃、おばあちゃんから入学祝いとして、クマのぬいぐるみをもらった。


ロイヤルミルクティーの色をした、フワフワな毛並みをしたぬいぐるみだった。


でも私は、白いネコのぬいぐるみが欲しかった。だって、ネコの方が可愛いから。


だから、おばあちゃんのくれたクマのぬいぐるみはなんだか気に入らなくて、一度出した箱にそのまま戻してしまった。


「ネコちゃんの方が良かった」なんて酷いことを言う私を見て、おばあちゃんは悲しそうな顔をしていたけど、「それなら仕方ないね」と優しく頭を撫でてくれた。


子供の頃の、苦い思い出の一つだ。


今、21歳になった私の目の前には、あの時の箱がある。


就職を機に1人暮らしを決めて、引っ越しの荷物をまとめているところだ。


紙が劣化してパリパリになっている箱を開けてみる。


すると、中にはあの思い出の記憶そのままの、クマのぬいぐるみがあった。


フワフワな毛並みは今も健在で、ロイヤルミルクティーの色は淡い子供時代の記憶を呼び起こさせるものだった。


しかし祖母は1年前に急逝したため、あの時のことももう謝ることはできない。


私はぬいぐるみを抱きしめたまま、「ごめんなさい」と繰り返すしかなかった。



******



引っ越し初日、私はあのクマのぬいぐるみが入っている段ボールから荷ほどきすることにした。


一緒に連れてきた相棒「クマたろう」を、早くあの狭い場所から出してあげたかった。


そう思って、カッターを持って段ボールに近づいた。その時だった。


「気を付けて!ボクに刺さらないようにね」


「えッ!?だ、誰ですか!?」


「ボク、クマたろうだよ。早く出して」


「ひぇっ、ぬいぐるみが喋ってる!?」


「そうだよ。とにかく出してほしいな。ここはとっても狭いんだもの」


私は夢でも見ているのだろうか。あのクマのぬいぐるみが喋っているなんて。


恐る恐るガムテープを剥がして、段ボールを開ける。すると、ロイヤルミルクティー色のフワフワの手が出てきて、そしてひょっこりと身を乗り出した。


「こんにちは!ボク、クマたろうだよ。仲良くしてね」


ぬいぐるみの表情は変わらないが、聞こえてくる声はとても嬉しそうだった。


現状を未だ理解することはできないが、私はそれが悪いものには見えなくて、自分自身の心に戸惑ってしまう。


「あの……えっと、こんにちは。初めまして。私の名前は、里奈です。キミは、どこから来たのかな?」


「気付いたらここにいたよ。どこから来たのかは分かんない。でも里奈ちゃんの名前は、ずっと前から知ってる気がする」


「そうなんだ。あっ、もしかしてこれって、長年の時を経て人形が魂を持った的な!?オカルト的なあれかな!?」


そういえば、昔おじいちゃんがオカルト雑誌を毎月買ってたけど、そんな記事が書いてあったような気がする。


子どもながらにあの雑誌はうさん臭くて何一つ信じていなかったし、あれは嘘も嘘として楽しむものだっておじいちゃんは言ってたけど。


「うーん、そうなのかな?ボクにはよくわからないや」


目の前にいるクマのぬいぐるみは、自分の状況にはあまり興味がないらしい。


「でも、里奈ちゃんとお話できて嬉しいな。これからいっぱい、いろんなことを教えてね」


そう言ってフワフワの手で握手を求める彼は、1人暮らしの心細さを勇気づけてくれる頼もしさがあった。

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