第三十七話 俺の出番

 映画の脚本には主人公の3人に加えて泰三院長が加わった。彼は定彦とは逆の性格でまじめだった。まじめすぎて靴音が聞こえただけで職員のみんながビビるという時もあった。

しかしそれ以外では泰三は院長として病院を家族のように思っていた。

 あるまだ暗い時間にマイルスは監督部屋がある屋上に動く影を見た。やはり病院には出るのかと思って震えた。それは病院屋上にある小さな神社にお参りする泰三の姿だった。

時刻を見ると朝の4時半だった。病院の開業時間からしてかなり早い出勤だった。

マイルスはここに泰三の一面を見た。院長でもない映画の出演者でもない飲み会の仲間でもない泰三だった。

 マイルスは最初この泰三の事を映画の反対者ではないかと感じた。そう思ったマイルスは温泉に誘われたとき彼の背中を流した。懐柔策である。しかしそれは希有だったことに気づいた。病院の全員が米山理事の元、映画に頭から突っ込んでいた。マイルスにはとても嬉しいが信じがたい事だった。

 マイルスはこの泰三に、ある時映画の1シーンでサックスを吹かせた。吹くと言ってもマイルスのサックスを真似して吹く役だった。このシーンでの主役はあのトミーだった。歌は実際にトミーが歌ったものでマイルスが音楽を担当した。マイルスが作ったのはシューベルトの “Ave Maria” のR&Bバージョンだった。クラシックをR&Bにしたマイルスだった。ついでに「シューベルトは実はブラックだったんだ」とうそぶいた。

 それだけでも異色なこの曲のトミーは、恰好良いリーゼントに真っ赤なスーツという出で立ちで歌った。骸骨マイクを前にギターを弾きながら自分の歌に合わせた。みんなトミーの変身ぶりに驚いていた。マイルスは「これが本当のトミーの姿なんだよ」とつぶやいた。トミーは自分のバンドでそうであるように歌では主役だった。映画の主人公の3人はバックコーラスだった。


 この中で泰三はマイルスが吹いて録音したサックスソロを演技した。映画を見た人には泰三が本当に吹いているようにしか見えなかった。マイルスは肝のフレーズのサックスの運指を「こんな指使いをするんだよ」と教えた。泰三は言われたようにプレイした。撮影はファーストテイクでOKになった。

それからしばらくして泰三は音楽教室のサックスのレッスンに通うことになったらしい。そんな泰三だった。


 沼津に病院を建てる打ち合わせのシーンで米山は秀勇とやりあった。といっても映画のシーンとしてだ。実際にもそんな感じでやりとりは始まったそうだ。何度打ち合わせしても上手くいかないそんなシーンで、設計図を見た秀勇がさんざんケチをつけて米山に再設計させるというテイクだった。

 秀男の演技は悪くなかった。初めてなのに演技がものすごく似合っていた。しかしマイルスは秀男にある注文を付けてテイクを取り直した。ペンだった。

「せっかくの病院と寺のコラボなのに、それが全く設計図に反映されてないじゃないですか。あれじゃ普通の病院と老人ホームですよ」


 背広の内ポケットからペンをとりだして設計図を指す。とんとん。「せっかくの寺の周りの緑が全く活かされてないじゃないですか!」とんとん。ここで握ったペンの先で机を強く突いて叩く。とんとんとんとん!「だいたい老人ホームの窓から駐車場しか見えないなんておかしいと思いませんか?」米山に匙を投げるようにペンを投げる。「おお〜いい、これだよ」マイルスは撮影中なので声を出せない。思いをぐっと飲み込んで、画面を覗く。

「全然ダメですね」「もう一度やり直していただけますか?」弱った米山に止めのパンチを浴びせる。「く~、これだよ求めてた演技は…」

 完全ノックダウンの米山は半泣きの顔をする…

「OK!」嬉しそうなマイルスの顔。まだ怒っているような秀勇。うなだれる米山…


 この後のシーンでは米山が定彦の診察室にやってくる。

「どうした風邪でも引いた?」と定彦。

「ぜんぜん眠れない」と言って秀勇とのやり取りを愚痴る米山。このままでは開業が1年遅れて1億円以上の足が出ると米山が説明する。

 話を聞いた定彦は米山に、僕らが後進に残すものは「挑戦するマインド」だと言って聞かせる。

おお~いつも米山に言われてばっかりの定彦が

「新しい 世界に 恐れず 踏み出す 勇気だよ!」と言って聞かせる。何か定彦の顔まで違う。かっこいい。

「なるほど〜、ありがとう。ちょっと弱気になっていた」と米山。

「俺行くわ~」と出ていく米山に「おおい、診察は?」

「大丈夫、もう治った。ありがとう」とやって来たときとは別の明るい顔で答える。食えない米山だ。



「ももか」と「なごみ」は凄かった。事前にダンスをすることを伝え、曲は渡してあった。彼女らは米山の友人の娘たちだった。彼女たちに行きつく前に候補はいくつかあった。プロフィールと写真審査でマイルスは彼女たちに決めた。久々の第6感か?

 しかし彼女たちのダンスの技量は分からない。最悪の場合を考えて、東京から若いダンサー章太郎を連れて行った。


 最悪なのはスケジュールだった。学校の関係で1日しか撮影できないという。没を覚悟して撮影を始めた。しかし彼女たちはかなりの練習を重ねて来たみたいだった。最初の短いセリフは一発OKだった。それは彼女たちが病院に入職するというシーンだった。

 次のシーンはしばらく経って仕事に慣れたかなあという二人の会話だった。お弁当を食べながらの1シーンの長台詞だった。二人はこのシーンを一気にこなした。よっぽど練習したのだろう。ワンテイクだった。

「お前ら、見習え!」

ちなみにお弁当は2つの全く違ったお弁当を井上看護部長が作ってくれた。井上さん、気遣いが細かい…

 この他にカフェでのシーン、ロビーですれ違うシーンと若い彼女らは疲れも見せずこなした。章太郎もこれらのシーンに参加した。演技をこなした。

 屋上でのヒップホップダンスの撮影の後、ももかは倒れた。撮影は中止かと思われたが、最後の月の光の中のダンスシーンまでみんな頑張ってくれた。章太郎をキャスティングしたのも大正解だった。「これだよ!」マイルスが撮りたいワンシーンだった。


 夜中の2時に撮影は終了した。若い彼らが映画の一コマになるのは「さとやま遊人郷」では絶対に描かなければならない絵だった。 

 このシーンの後、米山が人体模型の骸骨と踊る。セッティングの際、骸骨を定彦が壊す。おいおい。

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