第十九話 倍音の魔法

「CDに比べてハイレゾだとか、レコードの音が良いと言っているのは、記録密度が上がるせいでもあるが、もう一つには倍音が増えるせいでもある」とマイルスは言う。

 人間の可聴帯域は20Hz〜20KHzと言われ、CDのフォーマットが出来たが、実はそれ以上の音を人は感じることが出来る。レコードの場合高域が減少する傾向にある、いわゆるハイ落ちだが、それでも20KHzを超えてかなり上まで再生している。

 声や楽器も同じで、倍音を意識したりペダルトーンを練習することで、倍音の豊かな音になる。良い声とは、訓練によって作ることが出来る。元々良い声の人も、更に良い声になる。

 これをボリュームでやろうとすると、声は疲れてきて、果てには出なくなる。植物を大きく育てようとして、水や肥料をあげすぎて枯らすようなものだ。声を枯らすとは良く言った表現だ。

 以前にも出てきた「第一母音」は、この倍音を理解する上で分かりやすい。言葉には高い音と低い音が混ざり合っていて、一つの音程に閉じ込めるのは宜しくない。

 例えばギターで弦を一本だけ弾くと、高い弦も低い弦も共振しているのが分かる。これは元の弦の倍音が共振しているのである。弦だけでなく胴やホールも共振している。だから豊かな音に聴こえる。

 更に弦に指を浮かせたまま当てて弾くと、ハーモニクスが生まれる。ギター本来のフレットには無い高い音である。名前からして倍音である。ちなみに上の倍音をハーモニクス、下の倍音をサブハーモニクスと言う。

 確かにレコードの時代、スクラッチノイズは気になった。そしてノイズのないCDの時代になったと思ったら、意外にノイズは他の所に潜んでいた。アナログの頃には無かったデジタルノイズである。


 そう思ってレコードに戻って見ると、意外に音楽がしっかりと刻まれている。CDにはない暖かくて、優しい音だ。CDと違ってピークがきつくないので、音量を上げても耳障りにはならない。よく考えると古い時代のマイクの特性やレコーディング機材の特性も、測定上は悪かったはずなのだが、実によく録れている。ため息やうめきが聞こえて来る。


 何の事は無い。ビンテージと称して、古い機材が復刻版やコピー版の形や、コンピューター用にプラグインでシュミレーションされて発売されている。あの音が良かった。あの音は、現代のエンジニアには作れなくなったからである。


 そう考えると、世の中は進んでいるのか後退しているのか分からない。物が溢れた代り、人間関係は希薄になった。うつ病で悩む人が多いのも、デジタルの一見聞こえないノイズをイヤフォンで聴き続けているからだろうか?

 くっきりはっきりよりも、きれいで自然なオーガニックな倍音の時代が戻ってくるかのようだ。

 歌の倍音は、「アクセント」でも「ダブルスペリング」でも付く、だが「第一母音」は強力だ。Neo Maggioでは、音階を下がって行ってペダルトーンをやることで、倍音の多い声を作っていく。

「なるほど。先生の説明はいつもなるほどだ」

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