第十七話 主人公たち

 定彦は世田谷烏山にいた。医学部を二浪した後、むしゃくしゃして家を飛び出した。金もなく何とかバイトでつないでいたが、食うだけの人生がむなしかった。

 米山は奄美大島にいた。教員の父親について島に来た。若者にとって島は退屈で、近くの学校の女子高校生と彼女らのブルマー姿だけが楽しみだった。

 二人はその頃テープレターを交わしていた。ラジオのDJを真似てお互いの状況をカセットテープで報告し合った。定彦にとって生活は辛いものだけだった。

 しばらくして東京に憧れた米山が転がり込んできた。二人とも夢が持てない生活だったが、辛さが半分になるようで楽しかった。

 ある時池袋のデパ地下で見つけた子持ちニシンを1尾だけ買った。当時としては高価で700円もした。

久しぶりの贅沢に二人ともうれしかった。頭と尻尾で分け合って食べた。すごくおいしくて感激した事は良く覚えているが、二人のうちどちらが頭だったかしっぽだったかは覚えていない。

 そうこうする内に定彦の父から連絡があった。東京で学会に出席するので、ホテルに会いに来いというものだった。定彦が会いに行くと父は定彦の近況を尋ねた。そして「帰って来い」と言った。拗ねた定彦に対し父は最後には頭を下げた。これまで頭など下げる父ではなかった。父に押し切られる様に家に帰ると、もう余命いくばくかの母がいた。

 大家のおばあちゃんに頭を下げて、アパートは米山が引き継ぐことになった。このおばあちゃんは優しい人だった。時折腹をすかせた定彦を食事に誘った。アパートの引き継ぎも快く受けてくれた。

 残された米山は一人で東京で生きることになった。歌舞伎町などでバイトをしながら生活したが、夢が見つからなかった。

 そして定彦の母が亡くなった。米山はサラ金で借金して葬儀に駆けつけた。定彦は米山に感激して泣いた。優しかった母に泣いた。定彦は米山に感謝して交通費のつもりでお気に入りの Brooks Brothers のセーターをあげた。

 実に定彦はこの日から変わった。中一からの勉強を全部やり直してとうとう医学部に合格した。


 マイルスはいつもの病院のバーでこの二人の話を聞いていた。雲のようにつかめない米山と、飄々としている定彦にこんな話があったんだと思った。


 米山はそれから数年歌舞伎町で働いた。喫茶店でバイトをするとそこの店長になり、ホテルでバイトするとそこのマネージャーになったが満たされなかった。ある日ホテルの事務所の薄暗い明りのもとで小説を読んでいた時、こんなんじゃないと思い鹿児島に帰った。

 鹿児島ではその当時付き合っていた彼女の「やっぱり大学ぐらい出てないとね」との軽い言葉で受験した。しかし彼女とは数ヶ月で別れた。

 鹿児島大学の水産学部に合格すると「魚」にはまった。飛び級もあって博士号まで頑張ったのに、何故か大学には残らなかった。恩師もその方がいいと言った。その時米山に残ったのは今の奥様だった。

 ベンチャーを立ち上げ、ISO取得してコンサルタントになった。会社はかなり順調だったのに、米山は部下に会社を譲った。

 そして今の病院に米山が参加したのは、新装オープンの僅か6時間前だった。

「米山さんどうなってるの?」マイルスは思った。 

 バレーボールの日本代表になるはずだった脇元はけがで挫折した。自分の体を治そうとして理学療法士になった。彼のスパインダイナミックスはリハビリの新たなムーブメントとなった。そして新しい病院に理学療法士を送り込んだ。

 実はマイルスもこの映画の話の前に腰を悪くして脇元のお世話になった。米山の紹介だった。それからマイルスの腰は悪くなりかけても自分で治せるようになった。

 この病院はあの父の考えとは真逆の定彦の発想だった。そして従弟の泰三も院長として協力した。そして彼らの想いが「さとやま遊人郷」を生んだ。

 この話を監督のマイルスに描いてほしいと言った。深みにハマってしまった事にマイルスはようやく気がついた。「あれっ?これって簡単じゃないよね?」

マイルスは最初 30分ぐらいの映画を考えていた。しかし実際には1時間50分の大作になった。長編、超変、大作、対策…

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