第4話「適性検査」

あ〜。

ごろごろ。


う〜。

ごろごろ。


なかなかふんわりとしてて気持ちいいわねぇ、このカーペット…。


窓のない、魔法で強化された鋼鉄製の部屋の中。

そこには一脚の椅子とテーブルが赤いカーペットの上に置かれているだけで、他には何もない。


いや、正確には床に一人の少女が寝っ転がっていた。


レヴリーである。


彼女は虚ろな目をしてカーペットの端から端までをごろごろと往復していた。


あ〜。

ごろごろ。


う〜。

ごろごろ。


「一番欲しいものを強く願う」というノマドの出したお題に、はじめのうちは真面目に色々と頭を捻った。


まずは、いの一番におばあさん、おじいさんのところに戻りたいと願った。

だけど全然ダメ。


それなら、ドアを突き破ったり出来ないかしらと強く念じながらドアに体当たりしたけど肘にアザが出来ただけ。


魔法使いみたいに火とか水とかの攻撃魔法が出ちゃったりして?と強くイメージしても、もちろん手からは何も出ない。


どうやら物理的な方向の奇跡ではないらしいというのは分かった。

でも、分かったからといって状況は何も改善しない。


本当、どうしたものかしら。

もしかして私、特殊な詐欺にでも遭ってるんじゃないかしら?なんて気持ちすら、頭をもたげてくる。


そもそもが合衆帝国の田舎村で育ってきた私である。

何もない村だったけれど、皆は優しいし、おばあさん、おじいさんとの暮らしは穏やかで何の不満も感じたことはなかった。


そりゃあ、素敵なリボンの付いたブラウスが欲しいとか、もっと料理が上手になっておばあさんに負けないくらいになりたいとかの願望は私にもある。

しかし、奇跡を起こしてまで叶えたいことなんて、考えれば考えるほど出てこないのだ。


確かに私は記憶喪失だ。

失った記憶を取り戻したいと言う気持ちがないといえば嘘になる。

今よりも小さな頃には、薄らと記憶に残る両親のぼんやりとした姿に恋しさを覚えて、どれほどの夜を涙したことだろう。


けれど、もう私は子供じゃない。

取り戻した記憶が私を幸せにするとも限らないという分別が今の私にはあった。


適性検査か何か知らないけど、もういい加減に解放して欲しいというのが、今の私の偽らざる一番強い願いである。


とはいえ、どうしようもなくカーペットの上でぐったりとしていると、二度と開かないのではと思われたドアが不意に開いた。


「なるほどなるほど。とりあえず破壊系、生成系、転移系、変換系、呪術系などの奇跡ではなさそうだね。そういう戦争向きなのはすぐに騎士団にスカウトされてしまうからね。まずは一安心かな」


ノマドである。

ぶつぶつ言いながら、手にしたノートにペンで何やら熱心に書き付けている。


余談ではあるが、こうしてビジューでも一般的に使われるようになったノートやペンなどの文房具は、合衆帝国の特産品の一つである。

長いフェリシタシオンの歴史の中で、紙は量産できない高級品であり、貴族階級の間でしか使われていなかった。

それを合衆帝国は血の滲むような研究開発により、量産化にまでこぎつけたのだ。

そして、紙が普及すれば当然、ペンも普及することになる。

こうした文房具の生産は合衆帝国の主要輸出品として帝国の経済を大いに潤し、その後の産業革命への原資となったのである。


閑話休題。


「ねえ、もう分かったでしょ。こんな部屋に閉じ込めたって何にも起きやしないわ。私がソーマタージだなんて何かの間違いなのよ」


私の言葉にペンを止めると、ノマドは無言でニッコリと懐から例の水晶珠を取り出した。


うっ、眩しい…。

祝福の水晶珠とやらは、相変わらず私を目掛けてひとすじの光を放っている。

本当に壊れてるんじゃないかしら、それ。


「いいかいレヴリー。ソーマタージというのは君が思っているよりも遥かに重大な存在だ。その奇跡の力がどのようなものであれ、この世界に及ぼす影響はとても大きい。ほんの小さな穴があけばカップから水が溢れてしまうように、その力はどんな小さなものであってもこの世界の理に穴をあけ、世界の有り様を容易に変えてしまう。たった一人が望んだ幸福によって、その他すべての人間を不幸にするというのが、実際にできてしまうのがソーマタージの力だ」


「それは詭弁だわ。ソーマタージといっても、ヒヨコの鑑定が得意だったくらいの人もいたらしいじゃない。仮に私がソーマタージだったとしても、それくらいの大した力じゃないかもしれないわよ」


「約400年前のソーマタージ『サンクト・プッルス』のことだね。彼は凄かった!あらゆる生物の雌雄を判別する能力であり、なかでもヒヨコの雌雄判別はこの世界の食糧事情を一変させた。それまで偶々卵を産む鳥からしか得られなかった鶏卵を、鑑定した雌鳥だけを集めることで大量生産可能にしたんだ!卵はそれまで都市部の市民たちにとっては高級品だったけれども、今では毎朝の食卓には卵料理の並ばない日はないといっても過言ではなく、白身の縁のカリッとした目玉焼きに、ふんわりとやわらかなオムレツ、光り輝く半熟のスクランブルエッグ。これらのない朝食など、今や考えられない!それだけでなく、栄養価の高い卵は人々の栄養状態を著しく改善し、この世界平均年齢をも底上げしたのはまさに彼の功績だよ!」


まくしたてるような早口で、謎に熱のこもった解説をするノマドにレヴリーはドン引きした。


食べ物のことになると口数が多くなるのはシャリテの人に多いっていうけど、この男もあちらの出身なのかしら?


どんよりとしたレヴリーの目線に気づき、ノマドはコホンと咳払いをして一息つく。

自らの言動のおかしさに多少の自覚はあるようだ。


「卵料理が好きなのは十分にわかったわ。私がバイトしてた村のダイナーはハムチーズオムレツが名物なの。今度、ご馳走してあげるわ」

「それはぜひお願いしたいね。…さて、話を要点に戻そう。重要なのは君が過小評価をしているソーマタージですら、この世界に大きな影響を及ぼしたという事実がある、ということだよ。その力がどのようなものであれ、この世界を大きく変える可能性がある以上、列聖機関は君のソーマタージとしての奇跡の力が何なのかを調査する義務と責任がある」

「その『義務と責任』の中には、私の自由は含まれてないのね」

「これは手痛いね。けれども、そうしたお題目を横に置いたとしても君がU.S.Eに帰るのはおすすめできないね。もしU.S.Eに帰れたとしても、反魔法主義を徹底している帝国内でソーマタージであることが知られればその生命の保証はない。…そういえば君と一緒に来たキャラバンの商人たちは君が連行されるのを見ていたそうだね。ついうっかりと、君がソーマタージであることを口にしてしまう可能性は0じゃないということだ。そうした誰かの密告に怯える生活が嫌でなければ引き止めはしないが…」


ニコリと目だけでノマドが笑いかける。


やっぱりこの人、怖い人だった…!


ただし、言っていることは確かにそうだ。

このまま合衆帝国に帰っても、もしソーマタージの疑いがあるということを知られれば、良くて終身刑、下手すれば死刑にもなりかねない。

私はこの歳でまだ死にたくはない。


「…実質的に私に選択肢はないってことね」

「君の奇跡の力の正体についてはまたじっくり調べていけば良い。長旅で疲れたことだろう。今日はもうお休みなさい」


また明日、と手を振りながらノマドが去っていく。

その後ろ姿を見送りながら、何だかどっと疲れが押し寄せてきた。

本当、今日はなんて日なのかしら…。


その後、私はゲストルームに通されて食事と着替えを与えられた。

育ち盛りの私はそれなりの空腹を抱えていたものの、食事の味は正直言ってあまり好みではなかった。

しかし、それはこの料理がまずいというのと少し違う。


材料の切り方、大きさ、火の通り具合、塩加減など、きちんと腕のある料理人が調理しているのは確かだ。

むしろその仕事は丁寧で、この料理を作った人は本当に料理が好きなんだということが感じられて好印象ですらある。

それでは何が原因なのか。

ただ、このビジュー料理のメニューそのものの味が良くないのである。


北方のシャリテ料理は基本的に「ダシ」や「うまみ」を重視する。

南方の帝国料理は、元は移民の国であったから世界各国の料理の「いいとこ取り」をしてバリエーション豊かだ。

しかし、中央に位置するビジューやトネールの料理は伝統的にシンプルで、基本的には具材を煮るか焼くかの二択である。

そして、これも国民性なのかあまり食に頓着はせず、毎日同じものを食べ続けることに飽きないという傾向が強い。

(だからこそ、異常に卵料理の話に一人盛り上がるノマドについてシャリテ出身なのでは?と想像できたのだ)


いま目の前にあるのは香りの良いライ麦パンと、芋と葉物野菜のスープである。

パンについては流石に主食だけあって文句なしに美味しい。

できればおかわりしたいくらいだ。

こぶし大のものが二つあったがぺろりといってしまった。


問題はスープだ。

お湯に塩を入れただけのものに、芋と野菜が浮いているといっても過言ではない味である。


ああ!あのおばあさんのブイヨンさえあれば!こんなスープでも、何リッターでも飲めるのに!


一人心の中で絶叫してしまう。

そうしたある種のホームシックにかかりながら、それでも私はスープを完食した。

料理の作り手と料理そのものに罪はない。

シャリテの料理文化が悪いのだ。

私ならこんな風にアレンジするのになぁ、なんて思いながら、ごちそうさまでした、ときちんと手を合わせる。


私は取り敢えずは満たされたお腹に満足しながらベッドに倒れ込んだ。

きちんとしたスプリングが入った高級な部類のベッドである。

フェリシタシオンでは、ソーマタージはまさに宝物のように扱われるという。

私のようなソーマタージ「疑い」の者でも粗末には扱わないということなのだろう。


それはさておき。

はてさて、どうやって脱走してやろうか。

私は意識を切り替える。

こんなところに長居は無用だ。

食事で血の巡りの良くなった私の頭脳は高速で回転し始めた。


身体を起こし、部屋を見渡してみる。

圧迫感を感じさせないくらいの広さの正方形の部屋にはこのベッドと、さきほどまで食事を取っていた椅子と小さなテーブル、それに壁際に据え付けられた棚があるだけだ。

しかしさっきの鋼鉄製の部屋とは違いこの部屋には鉄格子付きだが窓がある。

あそこからなんとか抜け出せないかしら。


近づいてみるが、当然のごとく窓は嵌め殺しになっており、手で揺らしてみてもびくともしない。


あーもう!

どうして私の能力が「どんな部屋からも抜け出せる力」じゃなかったのかしら!


やけになってガンガンと窓を叩き割ろうとするが、これも魔法で強化されているのだろう、ぜんぜん割れやしない。

逆に手が痛くなってくる始末だ。


思わず手をさすると、いやがおうにも聖痕の指輪が目につく。

この指輪、不思議なもので自分で抜こうとしてもまったく引き抜けないのである。

今のところなんの力も発揮できないソーマタージ疑いの可憐な少女なのだから外してくれても良さそうなものだが、ノマドは別れ際にしっかりとこの指輪をはめてくれた。

…本当に余計なお世話だこと。


それでも諦めずに鉄格子をガシガシとやっていると、ガチャリと少しだけドアの開く音がした。

しめた!この時を待っていたのである。


おそらくドアの外には見張りの一人や二人が立っているだろうと踏んでいた。

どうせ開けてほしいと言っても開けてくれるはずはないのだから、向こうに開ける気を起こさせれば良い、とワザとじたばたしていたのである。


ドアの隙間から抜け出そうとダッシュをする。

が、次の瞬間。

私の身体は宙に浮いていた。


「おいおいマジかよ、本当にあの窓をこじ開けようとしてたのか。聖女の結界付きだぞ、あれ」


頭の上で男の声がする。

私の身体は宙に浮いたのではなく、この男にいとも軽々と首根っこを掴まれて吊り下げられているのであった。

私の体重は合集帝国のトップシークレットだけれど、この男は成長著しい決して軽くはない私の身体を片手で軽々と持ち上げていた。

どんな男なのかとその姿がよく見えるように首を巡らせる。


190はあろうかという長身に、オールバックスタイルに掻き上げられたシルバーグレーの長髪。

何故か僧衣を肩からはだけさせ、見せつけるように露わにしている太い右腕にはびっしりとタトゥーが刻まれている。

しかし、何よりも目立つのはその頭にぴょこんと垂れている可愛らしいネコミミである。


おいおいマジかよ。

魔族じゃんこの人。


魔族とは遥か東方の島国にいる最強の戦闘力をもつ民族である。

その最大の特徴は筋骨隆々の肉体ではなく、老若男女問わず頭上にそびえる愛らしいネコミミなのだ。

そして、もちろん本物の耳であるからして、目の前の男の耳もぴょこぴょこと動いている。


「あのー、そろそろ放してくれませんか」


相手は最強戦闘民族である魔族だけれど、ここで臆したら何か負けな気がする。

私は確定してないとはいえ、ソーマタージ疑いの身だ。

危害を加えられるということはないだろう。

多分。

きっと。


「んにゃ、ダメだね」

「ダメ?本当にダメ?」

「お嬢ちゃん、まーだ隙を見て逃げ出そうとしてるね。そういうのわかっちゃうんだなあ」


屈託なくニンマリと笑った顔は以外にも年若く、もしかしたら二十歳そこそこくらいなのかもしれない。


「だから、今日は大人しくベッドでおねんねしときな」

「ちょっと待って!もう少し話を…」


聞いてよ!と、最後まで言葉を発することができず私の意識は飛んだ。

最後に見たのは男が指をパチンと鳴らす音と、ビリっとしたまるで静電気に触れたときのような感覚。

サッとカーテンが閉じられたように、私は一瞬で闇の中に落ちていった。







レヴリーが気を失ってから数分後。

部屋にはもう一人の人物が入ってきていた。


「ちょっと、やり過ぎじゃないのトルバ」

「うん?何が?」

「何が?じゃないわよ。貴重なソーマタージの御身体に何かあったらどうするのよ」


群青色のショートカットがよく似合う小柄な女性が、トルバと呼ばれた魔族の青年に食って掛かる。


「少しは俺の心配もしてほしいんだけど」

「よく言うわよ。こんな可愛い女の子に電撃魔法を使うなんて最低」


女性の横ではレヴリーがすやすやと寝息を立てている。

きちんとベッドに寝かしつけられており、髪の毛も綺麗に整えられている。

この女性がしっかりと世話をしたのだろう。


「でもさあエクリ。このお嬢ちゃん、聖女の結界に触れて何も起こらなかったんだぜ」

「それ、本当なの?」


一転してエクリと呼ばれた女性の顔つきが真剣なものとなる。


「うん。普通この世界の人間は身体に魔力を多かれ少なかれ帯びている。その魔力に反応して触れた人間に強力な痛覚を与えるのが聖女の結界だろう?このお嬢ちゃん素手で結界付きの鉄格子をドツキ回してたんだ」

「…なるほどね。こりゃあ明日の先生への報告書、長くなりそうね」

「頼んだエクリ」

「あんたも書くのよ報告書!そんなしててもれっきとした書記官の端くれでしょうに」

「ふーっ」


トルバは聞く耳を持たず、懐からタバコを取り出し吹かし始める。

無言でスネを蹴りつけるとエクリは部屋から出ていく。

肩をすくめながらトルバも後を追う。


レヴリーはこの一日の疲れもあったのか、騒がしい二人のやりとりにも気が付かず、一時の夢の安らぎに深く深く沈んでいた。

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