第3話「奇妙な人たち」

一体何がどうなってるのよ?


レヴリーは頬杖をつきながら一人そうぼやいた。

私は今、窓のない部屋の一室に監禁されている。

調度品は極端に少なく、赤いカーペットの上にテーブルと一組の椅子が置かれているだけの空間である。

ドアはひとつあるが当然外から施錠されており、開くことはできなかった。


そんな殺風景な部屋に閉じ込められてしまったのだが、レヴリーは少しテンションが上がっていた。


その理由は照明だ。

合衆帝国で照明といえば、一般的にはランプやガス灯が普及しているのだが、この部屋にはそれらしい光源がない。

それにもかかわらず、結構な光量の明かりで部屋が照らされているのである。


これが魔法ってやつなのね!


おじいさんから知識は学んでいたが、こうして実際に魔法を体験するのは初めてだった。


しかし、感動している場合ではない。

手錠は外されないままで、背中を掻くにも不自由する始末なのだ。


「誰か〜、これ外してくれませんか〜」


何度か虚空に向かって話しかけてみてはいるのだが、なんの反応もない。

本当に何がどうなってるのかしら、とレヴリーはここに押し込まれるまでのことを思い返す。


「第8番急行」列車でビジューに向かう途中、二人の魔法騎士たちが私の前に現れた。

彼らは不思議な光る水晶玉を持っており、その光は何故か私を指差すようにひとすじの光を放っていたのである。


その光を見て彼らは私に手錠をかけると、乗合客のひしめく三等車両から、空間が広くとられて座席も豪華な一等車両に連行した。

そして、その中でも一際豪華な個室に私は通された。

先ほどまでの硬い木の椅子とは打って変わって、ふかふかのクッション入りのビロードの張られた椅子である。


てっきり牢屋にでも入れられてしまうかと思っていたので安心したのも束の間、魔法騎士のお兄さんは私の手を取った。


「ちょっと何するのよ!」

「失礼、マドモアゼル」


お兄さんはやおら指輪を取り出して、すっと私の指にはめた。

指輪のベゼルには琥珀色の小さな宝石が光っている。


「ビジューではこうやって女の子を口説くの?」

「あと10年後に本物をプレゼントしましょう」


指輪に嵌められた宝石は、蛍のように淡く優しい光を放っている。

もう一人の男が口を開いた。


「突然の非礼をまずはお詫びさせてください。我々は列聖機関。貴女にはソーマタージの可能性があります」

「ソーマタージって、そんなはずないわ!私は帝国民よ。魔法と奇跡に見捨てられた地獄の土地、アンフェールに住む人間にはありえないのは知ってるでしょう」


第一印象とは異なり、やたら紳士的な魔法騎士のお兄さんたちだが、彼らの所属している「列聖機関」というのは、フェリシタシオンで信仰されている宗教を纏めている「教会」の一組織である。

無宗教の合衆帝国とは違い、フェリシタシオンでは魔法や奇跡の力の源であるカトルエレマンをもたらす精霊神と、聖女への信仰が厚いのだ。


そして、列聖機関の使命は「ソーマタージ」の発見と保護、そして教育である。

なぜ教育が必要かと言うと、ソーマタージは「何でもあり」だからだ。


ソーマタージ。

私がおじいさんから教わったことを要約すると、「魔法では実現できないあらゆる現象を実現する力を与えられた特別な存在」というものらしい。


このフェリシタシオンでは、熱と質量を自在に操作する魔法という力があり、訓練された魔法使いであれば誰でもその力を使うことができる。

しかし、魔法で実現できないことは「奇跡」とされ、「魔法」とは明確に区別されてきた。


奇跡のもたらす力は多種多様で、自由に宝石を生み出したり、大怪我を瞬く間に癒したり、人のついている嘘が分かったりなど、有形無形を問わず、規則性が全くないのが特徴である。

歴史上では、ヒヨコの雄雌の鑑定に特化した奇跡の力すらあったと記録されているくらいだ。


そうした、奇跡を行使できる存在をフェリシタシオンでは「ソーマタージ」と呼び、恐れもし、また、敬ってきた。

そして、その奇跡の力が乱用されないように、列聖機関はサンクトゥアリウムという教育施設を作り、ソーマタージを徹底的に管理してきたのである。

つまりは、品行方正、謹厳実直な良い子ちゃんでなければソーマタージの資格無し、という訳だ。


以上がおじいさんから教えられたソーマタージ関連の知識すべてなのだけれど、私からすれば、ソーマタージなんてビックリ人間くらいのイメージだ。

しかし、このお兄さんたちの私を見つめる表情は、まいっちゃうくらい真剣そのものである。


「U.S.E(United States Of Emperor=合衆帝国)の方にしてはこうした知識にお詳しいようですね。どこでそれを?」


しまった。

つい口走ってしまったのだがもう遅い。

私はおじいさんから魔法や奇跡について教わっていたから、帝国の外であるフェリシタシオンで魔法や奇跡がどのように扱われてきたか中途半端な知識がある。

しかし、合衆帝国では、その徹底した反魔法主義により、魔法や奇跡について語ることすら憚られていた。


初代皇帝ワシントンI世の著書「純粋魔法批判」により、合衆帝国では魔法と奇跡が徹底的に否定されている。

しかし、そうした批判の論理構築はされていても、そもそも魔法や奇跡が何なのか、については深く語られることはない。

とにかく魔法や奇跡は人間を堕落させる悪であるということのみが、帝国民に強く刷り込まれているのである。

なので、帝国民がソーマタージだの魔法だのという言葉を発するのはフェリシタシオンの人々から見るとかなり奇異に映るのだ。


うーん。

今はピンチと言って良いシチュエーションだ。

人間には嘘をついた方が良い時と悪い時がある。

レヴリー、今はどっち?と自分の直感に語りかける。


「…養父が元々魔法使いをしていたらしくて、それで」

「なるほど。ビジューでは才能ある魔法使いであれば来歴を問いません。お心変わりされたらいつでも再度亡命されるよう、お伝えされるが良いでしょう」


返答としては間違いなかったようで一安心。

でも、出た!

こうして話に無理やり割り込む異様な勧誘はビジューお得意の唯才思想だ。


ビジュー王国の初代国王は商人の出身で、なんと10代から身を立てて、20代でまだ統一されていなかった群雄割拠のフェリシタシオンを統一してビジュー王国を打ち立てた化け物だったという。

そして彼は異常な才能マニアであり、新しく出来た統一国家を支える人材を発掘するために、優秀な人材を死に物狂いでかき集めたらしい。


そうした国祖の魂は1,000年後の今も国是として残っており、人材もとい「人財」は何に優先してもスカウトするというのがビジューの役人の仕事の一つになってすらいた。

本当に徹底してるんだなぁ、と感心してしまうが、今はそんな場合ではない。


「亡命者は死刑。それが合衆帝国の法律なので、難しいと思いますけど」

「真に才ある者であれば、それは国が全力をもって庇護します。それは貴女も同様です。マドモアゼル。貴女が本当にこの世界の宝であるソーマタージであれば、我ら列聖機関は必ずU.S.Eの魔の手から貴女をお守りするでしょう」


合衆帝国がどれだけ亡命者に厳しいのか知らないのか、この魔法騎士のお兄さんの安請け合いにもほどがある。

帝国には亡命者専門の暗殺集団すらいるという噂もまことしやかに囁かれているほど亡命者に厳しい。

来る者は拒まないが、去る者は決して許さないというやつだ。

そんなリスクを犯して好き好んで亡命するのはよほど奇特な人だろう。


「もし万が一私がソーマタージだとしても、帝国から亡命者認定されるのは御免なんですけど」

「この『祝福の水晶珠』はこのようにソーマタージにしか反応しません。しかし、おっしゃる通りに万が一ということもある。なので、これから貴女を列聖機関本部にお連れして、その真偽を確かめさせていただきます。それまではご不便をおかけしますが、どうかご辛抱をマドモアゼル」


例の水晶玉はやはり、私を指差すようにひとすじの柔らかな光を私に放射している。


やれやれ。

本当に勘弁してよね…。


言い逃れはもはや不可能と判断し、私は大人しくすることにした。


道中、お兄さんたちは私を下にも置かぬようエスコートしてくれた。

喉が乾けば今まで飲んだこともないようなジュースを出してくれたり、お腹が空けば手づから食事を食べさせてくれた。

相変わらず不思議な指輪と手錠は外してくれなかったが、それ以外はVIP待遇であり、まあ悪い気はしなかった。


列車が終着駅であるビジューの首都ディアマンに到着すると、停車場には待ち受けているかのように一台の馬車が付けられていた。

それも、見たこともない鋼鉄製の、まるで牢屋を背負ったような外見の馬車である。

私は一緒に来たキャラバンの皆が心配になったが、彼らには説明しておきますので、という魔法騎士のお兄さんたちの一点張りで、皆から引き離されてしまった。


馬車に乗ってから1時間ほどだろうか。

しばらく牢屋のような馬車に揺られて到着したのがここ、列聖機関本部の置かれているビジュー王国の誇る教会大聖堂である。

本当なら観光で訪れ、その宝石と金銀で彩られた素晴らしい大理石の建築を間近に見られていたはずなのだが、馬車は裏口に付けられて、私はそれを一目見ることもできずに、すぐに中に入れられてしまった。


そうしてこの窓のない部屋に押し込められて、はや数時間というところなのである。


いい加減手首も痛いし、何より手錠をされているというのは精神衛生上良くない。

おばあさん譲りの気の強さはあっても、そこはまだ14歳の子供である。

見知らぬ地で、こんな訳の分からないことに巻き込まれては、不安になるのも無理からぬことだった。


やっぱり、村から出るんじゃなかった!


じわりと目に涙が浮かんでくる。

おばあさんと、おじいさんのところに戻りたいという気持ちは、その涙の粒を大きくしていく。

今にも涙がこぼれそうになった瞬間、部屋にただひとつあるドアを突然開ける音と共に、一人の女性がずかずかと部屋に入ってきた。


レヴリーは慌てて涙を拭うと、その女性に向き合った。

金色の豊かな髪をアップにして、メガネをかけた知的な印象の女性である。

年齢は20台半ばに見えるが、敢えて「老け作り」をしている感じがある。

すらっとした長身は、掛け値なしに美人だが、どこか人を寄せ付けない雰囲気があった。

彼女は開口一番こう言い放った。


「貴女のようなU.S.Eの蛮族風情が、ソーマタージだなんて認めません!」


その手に握られた祝福の水晶珠は相も変わらずレヴリーを指し示している。

しかし、それを全く無視して、彼女は水晶の判断を認めないと言う。

謎の敵意を向けられて、先ほどまでの弱気はすっかり引っ込んでしまった。

レヴリーは、誰だか知らないけど相手をしてやろうじゃないの、という気持ちになった。


「まずは自己紹介が先じゃないのかしら。私はレヴリー・O・マルシャン。あなたのいう蛮族の国、H&S合衆帝国の平凡な一帝国民よ。私もできればソーマタージなんて願い下げだから、お互い気が合いそうね」

「わたくしは、この列聖機関の責任者である書記長のオルグイユ。汚らわしいU.S.Eの蛮族たるあなたが、あの素晴らしい聖女様の代行者であるソーマタージでないことを全力で証明して、すぐにここから叩き出して差し上げます」

「初対面でその言い様はあんまりだよオルグイユ書記長。僕から、彼女の非礼を詫びようマドモアゼル」


オルグイユの後ろから、一人の男がゆらりと現れる。

レヴリーは、ひっ、と思わず声が出てしまった。

それほどまでに、この男は異様な雰囲気を身に纏っていた。


外見年齢としては30歳ほど。

落ち着いた雰囲気で、顔も悪くない。

漆黒をベースにした銀の縫い取りのしてある僧衣に身を包んでいる。

よく見るとオルグイユも僧衣を纏っているが、彼女のそれは金の縫い取りがしてあり、装飾もまた華美ではないが凝ったものである。

身分は彼女のほうが上なのだろう。


しかし、年齢は抜きにしても、どう見てもこの男の方が経験も実力も上と感じさせる何かがあった。

その目はなんとも言えない、深い眼光の鋭さを持っていた。

この世のありとあらゆるものを見てきたかのような、そんな目をしているのである。

この人には逆らわないほうが良さそうだ、とレヴリーの本能が告げていた。


「僕の名はノマド。この列聖機関のサンクトゥアリウム、まあ、学校みたいなところだね。そこの教師をしています。以後、お見知りおきを」


ニコリと挨拶をしてくれるが、どこか凄みを感じるのは気のせいではないはずだ。


「オルグイユ書記長は小さな頃から聖女様が大好きでね。U.S.Eでは聖女様はご法度だろう?だから、こんな風に癇癪を起こしてしまうんだ」

「癇癪などではありません!あろうことか『純粋魔法批判』なんていう有害図書に惑わされ、聖女様の素晴らしさを理解できない蛮族たる帝国民にはこの聖域に存在する価値がないというだけです」

「よく分からないですが、あんまりな言い様ですね」

「本当にすまないねえ」


本当にすまないわよ、と言い返したくもなるほど目の前のオルグイユという女はイカれている。

いかに国同士のイデオロギーが違うとはいえ、この異常なまでの敵意は初対面の可憐な少女に対して向けて良い敵意ではない。

まるで親の敵のような剣幕である。


「レヴリー、君がソーマタージであるというのはこの祝福の水晶珠が指し示す通りの事実だ。早速で恐縮なのだけれど、その奇跡の力がどんなものなのか、それを僕たちに見せてほしいんだ」


オルグイユはまだワァワァと騒いでいるが、ノマドはこれが本題と言わんばかりに話を進め始める。


「ここに来るときに、うちの魔法騎士に指輪をはめられただろう?それは聖痕の指輪といってね、ソーマタージの力を抑える聖遺物レリクイアなんだ」


専門用語が多い。

全然意味が分からない。


「先生、意味がわかりません」


シュバッと手を上げて質問する。

分からないことを分からないままにするのはよくないよ、とおじいさんも言っていた。

こんな時は「知ったか」をする方が痛い目を見るものだ。


「失礼。君は帝国の人だものね。知らなくても無理はない。聖遺物レリクイアというのはこのビジュー王国の初代国王ジョワイエが作り出した発明品のことを言う。彼自身も何を隠そうソーマタージであり、ソーマタージに関する発明品をいくつも作り出した。この祝福の水晶珠もそうだし、君の指にはめられた聖痕の指輪もその内の一つだよ」

「聖女様から授かった聖なる奇跡の力を、悪しき目的に使うことを防ぐための破邪の指輪なのです!」


オルグイユが割って入ってくる。

正直ノイズになるので黙っていてほしいところだ。


「今からその指輪を外すので、君の一番欲しいものを強くイメージしてくれないかい」

「一番欲しいものを?」

「そう。ソーマタージの持つ奇跡の力はね、その本人の望む願いが強く影響する。病を持つ家族がいる者ならば奇跡は癒しの力となり、貧困にあり富を望む者ならば奇跡は財貨を生む力となる、というようにね」

「もしソーマタージが誰かを強く憎む人だったら?」


すこし意地悪な質問を返してみる。

この長い歴史の中でそうした気持ちを持ったソーマタージがいてもおかしくはない。

誰かを憎むという感情は大なり小なり誰しもが持つのだから。


「良い質問だね。当然それは呪いや災い、死を生み出す脅威となる。だからこそサンクトゥアリウムがソーマタージを正しい道に導くという仕組みができたということだね」

「聖女様の聖なるお力を使うことのできるのは、清く正しい列聖者のみなのです!いまにあなたの化けの皮が剥がれるでしょう!」


うーん。うるさい。


しかし、なるほどこの部屋に窓がない理由も分かってきた。

ここは得体の知れないソーマタージに力を使わせても壊れないようにできた実験室のような物なのだろう。

何が起きても大丈夫なように、最低限の家具しか置かれていないのも納得だ。


「そういうわけで、この部屋で君のソーマタージとしての適性を見せて欲しいんだ。もしそれが破壊的な力であっても、この部屋の壁は魔法で強化した鋼鉄で覆われている。多分、大丈夫なはずだ」

「多分って、私自身の身の安全は保証してくれないのね」

「よほどの自殺願望がない限り、奇跡の力は君自身を傷つけることはない。念のため聞いておくけれど、そうした願望はおありかな?」

「生きて合衆帝国に帰る気満々です」

「宜しい。では、僕たちはこの部屋から出るから、一番欲しいものを、うんと強く願ってみるんだ」


ノマドはレヴリーの手錠と指輪を外し自由にすると、聖女様のご加護がありますように、と囁いてオルグイユと共に部屋から出て行った。


一番欲しいものねぇ…。

取り敢えずはあの村に帰りたいのは間違いない。

おばあさんとおじいさんと暮らしたあの家を強く念じてみる。


戻れ!戻れ!戻れ…ない。


全く何も起きやしない。

残念だけど瞬間移動の才能はなさそうだ。


ふむぅ。

思わず顎に手をやり考え込んでしまう。

私が一番欲しいものって何だろう?

よくよく考えてみると奇跡を起こしてまで叶えたいことなんてない気がしてくる。


私はうんうん唸りながら、窓のない鋼鉄製の部屋で頭を抱えていた。

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