バレンタインに憧れて

にゃべ♪

チョコを欲しがる鬼

 2月と言えば何を思い浮かべるだろうか。そう、それはバレンタインデー。今では友チョコとか、誰にあげてもいいや的なイベントになっているけれど、それでもチョコを欲しがる男共は多い。

 その気持は分からんでもないけどさ。あげる方は相手を選ぶ権利がある訳で、誰でもいいってものじゃない。そもそも、プレゼントってそう言うものでしょ。


 なのに今、私は強引に迫られている。特に親しい間柄でもないのにだ。しかも相手は人間じゃない。こんな理不尽な話ってある?

 そいつとはまぁ付き合い自体は長い。知らない仲じゃない。でも去年まではこんな事言い出さなかったんだ。この一年で何があったんだ。


 私は2月のイベントでそいつと戦わなくちゃいけない。1月の下旬にその打ち合わせ的なアレでやってきた時に事件は起こったのだ。

 大体の段取りを決めた後の雑談で、ヤツは唐突に切り出した。


「なぁ、ワシにもチョコくれよ」

「やらねーよ、何でチョコだよ」

「ワシもバレンタインやりたいんじゃ」

「知るか。とっとと鬼の国に帰れ」


 そう、今私の目の前にいるのは鬼。節分で豆を投げつける相手だ。代々この役目を担う家系に生まれた私は生まれつき霊力が強く、『福の巫女』を継承している。そんな訳で、鬼ともこうして話が出来ると言う訳だ。

 鬼と言っても、存在自体が悪と言う訳ではない。ただ、そう言う役目をしていると言うだけだ。それで、節分には豆をぶつけられる。これも鬼の立派な仕事のひとつなんだよね。あくまでもお仕事。


 で、目の前にいる鬼は私が初めて節分の行事を担当した時からぶつけている顔馴染みの鬼。出会ってから今年で10年。見た目は40代の人間のおっさんぽい感じだ。10年前から変わっていない。いや、10年以上前からこんな風貌なんだと思う。

 この私担当の鬼の名は『芽鬼メキ』。去年までは普通の赤鬼だったんだけどなあ……。


「お前枯れ専じゃったろ確か。ワシにくれてもええじゃろ」

「お前、敵じゃんか」

「節分の間だけの話じゃろ~」

「泣くな! 鬼だろお前は」


 芽鬼は私を見つめながら、ジブリ映画のキャラみたいにメソメソと大粒の涙を流す。これ、どう処理したらいいの? 私のせいなの? 面倒臭い!

 放置していたら勝手に泣き止んだ赤鬼は、いきなり両手を私の方に伸ばしてきた。


「なぁ、チョコくらいええじゃろ。くれよぉ!」

「しつこーい!」


 その手をはねのけてぷいっと視線をそらすと、急に沈黙が場を支配する。ちょっと冷たくしすぎちゃったかな? でも今からバレンタインのチョコをあげるとか、全然そんな予定もなかったし、その気にもなれないよ。

 私にとって、目の前の赤鬼は近所のおっちゃんと一緒だもの。普通、近所のおっちゃんにチョコはあげないよねえ。


 そんな欲しがり赤鬼は、私の顔をまじまじとシリアスモードで見つめてきた。


「もしかして、誰かに渡すんか? ワシ以外のヤツに?」

「お前には関係ない。てか早く帰れ」


 私が誰にチョコを渡そうが余計なお世話だ。て言うか、誰にも渡す予定はないわ。強いて言えば友チョコくらいかな。でもそれを誰かに言うつもりはない。当然、馴染みの赤鬼にもだ。

 私が機嫌を悪くしていると、その気持ちを察したのか芽鬼は表情を暗くしてうつむいた。今度は泣き落としでもするつもりだろうか。


「ワシはのう、節分が終わったらもう来年まで会えないのが嫌なんじゃ」

「うっせこのロリコン親父」

「もっと言ってくれ!」

「近寄るなこの変態鬼!」


 欲しがり赤鬼は私の罵倒に目を輝かせてきやがった。マジで変態じゃねーか。仕事じゃなかったら祓ってやるのに。ウチの血族との契約があるから、それが出来ないのがもどかしい。

 でもなー。コイツも昔からこうじゃなかったのにな。いや、変態性に去年まで気付かなかっただけなのかも。鬼だって人と同じでそんな簡単には変わらないもの。


 私が何を言っても首を縦に振らないため、芽鬼はまた黙り込んで腕を組んで考え込み始める。今度は何て言うつもりなのだろう。早く何をしても無駄だと悟って欲しい。私には今のこの時間も無駄な気がする。どうやったらあきらめて帰ってくれるだろう。

 私達はお互いに腕を組んで考え込んだ。同じポーズをしてしまったのは偶然なのか、相性が悪くないからなのか。


 この思考勝負、先に顔を上げたのは芽鬼の方だった。


「そうじゃ、ワシもチョコ買うから交換しよう!」

「は? しねーし。豆ぶつけんぞコラ」

「いいぞ。ほらどんどんぶつけろ。気の済むまで」

「キモッ!」


 鬼にとって、豆をぶつけられると言うのは物理的なダメージと言うよりメンタル的にキツいものらしい。そりゃ豆だもん、痛がるって事は精神的ダメージだよね。

 なのに、この赤鬼はまるでぶつけられたいみたいに振る舞っている。痛いのが好きって変態だよ。ちょっと私には理解出来ないよ。


 私が投げないと分かると、また芽鬼は分かりやすく寂しそうに項垂れる。


「なんじゃ、せんのか……」

「何でガッカリしてんだよ! 豆痛いんだろーが! マゾか!」

「お前の豆ならいくらでも平気じゃ」

「言ったな! 覚悟しろや!」


 売り言葉に買い言葉になってしまい、私は目の前の変態鬼に制裁を加える流れになってしまった。ここまで来ては引けないので、節分用の豆を引っ張り出す。ちょっとフライングだけど、マジで豆をぶつける事にした。こうなったのも、全て芽鬼が悪んだ。

 私は升に豆を入れ、それを掴み取る。そうして、思いっきり振りかぶって投げつけてやった。


「鬼はー外!」

「オッ、オッホオゥ!」

「何故耐える! それと悶えるな! キモい!」

「お前からの愛は総受じゃあ!」

「愛じゃねえわ! 変な言葉覚えんな!」


 芽鬼の反応があまりにキモすぎたので、フライング豆まきはひと投げで終わる。私、今まであんな変態に豆をぶつけてたのかよ。これからもぶつけ続けなくちゃいけないのかよ……。何か嫌になってきた。チェンジ出来んのかな。出来んのよな。

 私は大きくため息を吐き出すと、豆まきに使った道具を元の場所にしまう。その様子を目にした赤鬼は、小さくポツリとつぶやいた。


「もう投げてくれんのか」

「何で寂しそうなんだよ」

「だってワシ、嬉しいんじゃ」

「は?」


 この会話の流れに、私の目は点になる。豆をぶつけられて嬉しい? それって変態的な意味で? や、ちょっと違う気がする。さっきの言葉には、そう言う性癖的ないやらしさがなかった。

 何か大事な事を話している気がした私は、改めて赤鬼の顔を見る。芽鬼はものすごく真剣な表情を浮かべていた。そして、マジトーンで話し始める。


「お前だけがワシに真剣に向き合ってくれた」

「いや、そう言う役目なだけだし」

「それでも嬉しいんじゃ」


 芽鬼はとても優しい笑顔を私に向けた。ただの変態にしか見えない中年の赤鬼だけど、今に至るまでに色々あったっぽい。その辺の事情を想像すると、ちょっとほっとけなくなってきた。

 考えてみればもう付き合いも10年になるし、もう少し歩み寄ってもいいのかも知れない。今まで一方的に豆をぶつけ続けてきたんだから、ちょっとはその見返りがあってもいいだろう。


 罪滅ぼし的な感情が芽生えてきた私は、目の前の赤鬼の望みを叶えてやる事にした。


「分かった分かった、チョコだろ」

「くれるんか?」

「やるからもう催促すんなし。約束するなら」

「するする! 約束する!」


 こうしてその日はうまく収まり、芽鬼は上機嫌で帰っていく。数日後の節分では思っきり豆をぶつけてやった。楽しそうにしていたのは気のせいではなかったようだ。

 升の中の豆を全部ぶつけて行事は終わったと言うのに、まだ物欲しそうな顔をしていたのには呆れてしまったけれど。


「今日はこれで終わり! お疲れさん!」

「サキちゃんの、ちょっといいとこ見てみたい!」

「おかわりはねーよ!」


 節分が終わったら、鬼は自分の国に帰る決まりだ。芽鬼も去年までは大人しくそのしきたりに従っていた。でも今年は違う。私がチョコをあげると言ったので、14日までこっちの世界に留まっている。

 私の家は結界になっているので、家から出なければ鬼の上司にも居場所はバレないだろう。芽鬼も節分が終わってからは息を潜め、極限まで気配を消していた。


 期日も近付いたところで、私はバレンタイン用のチョコを作る。やっぱり今までのお礼の意味でのチョコでもあるんだから、市販品を買って渡すと言うのは味気ないと思ったのだ。


「よし、出来た!」


 バレンタイン当日、私は出来上がったチョコを渡そうと芽鬼を捜す。見当たらなかったので呼びかけたものの、出て来る気配がなかった。


「おかしい。いつもなら一声で出てくるのに……」


 探し回っていると、客間のテーブルに紙が置かれてるのが目に留る。手に取ってみると、それは芽鬼の書いた置き手紙だった。ずっと国に帰ってないのがバレて、上司に強引に連れ戻されると言う内容が書かれている。

 最後まで読んだ私は、大きくため息を吐き出して力も抜けた。


「何だよバカ、折角作ったのに……」



(おしまい)

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