第30話 失踪した王女殿下



 ガタンガタンと揺れ動く……何かに乗せられているのかしら…………私は一体どうして――――――



 少しづつ意識が戻ってはきたものの、まだ頭はボーッとしたままだった。この揺れが若干心地良いような…………次の瞬間ガタンッと大きく揺れて、驚いて目が覚めた。



 目の前は真っ暗――――明らかに舞踏会じゃない。私はステファニー様とサロンでお喋りをしようと、先にサロンに行っていたはず。そして…………そこに運ばれてきた給仕係の男性が入れたお茶を飲んだところで、男性がそのお茶の茶葉はリンデンバーグ産だと告げて――――



 きっとあのお茶には眠り薬が入っていたに違いない。それを飲んでしまって意識が飛んだのね……手は縛られ、体は頭まで布でぐるぐる巻きにされている。



 つまり身動き出来るような状態ではない、という事…………私はどこに連れて行かれるのかしら………………私が意識がなくなる寸前に「さぁ、母国へ帰りましょう。国王が待っています」という声が聞こえた気がする………………まさかリンデンバーグ?


 

 どうしてリンデンバーグが私を攫う必要があるの?



 もう私は用済みのはずなのに――――




 そんな事をモヤモヤ考えて身動ぎしていると、誰かが私の顔にかかっていた布を取り払ってくれた。



 その人物の顔を見上げると、私は驚いて目を見開く…………目の前に誘拐犯と同じ服装をしたレナルドがいたのだから。



 「………………どうして、あなたがここに?」


 「…………シーッ…………あなたが連れて行かれるところを見て、こっそり誘拐犯になりすまして荷馬車に乗り込んだのです……荷馬車の連中は御者以外は寝かせています、安心してください」


 「レナルド…………ありがとう。それにしてもあなたは何者なの?」



 「…………申し遅れました、私は国王陛下直属の護衛騎士です。普段は表に出る事はないので、私の正体を知っている者は王族の方以外はほとんどいません。旦那様に一時見破られそうになった事もあったのですが、なんとか解雇されなくて良かったですけど」



 庭師だったと思っていたお兄さんが、国王陛下直属の護衛騎士…………



 「どうしてそんな方がベルンシュタットのお城に?」


 「…………旦那様があなたを妻に、と進言した事は知っていますよね?」

 「ええ……」


 「あなたがリンデンバーグでどのような扱いを受けていたか、陛下は全て分かっていました。リンデンバーグを攻め滅ぼさなかったのもあなたの存在があったからです……そこへベルンシュタット辺境伯があなたを妻にと提案してきたので、これであなたの身柄をボルアネアに来させる事が出来ると……」



 私はレナルドの説明を聞いてもいまいち理解出来なかった。国王はなぜ私にそこまでの事をなさるの?同じ王族とは言え、全くの他人なのに…………



 「ちょっ、ちょっと待ってレナルド…………なぜ陛下はそこまで……」


 「……………………やはりあなたは何もご存じないのですね…………リンデンバーグ王め………………最初から順に話します。まず奥様の出自から……あなたのお母上、ベラトリクス様は陛下の妹君です……」


 「?!う、嘘よ…………だってお母様は身分が低いと……周りの人間も皆言っていたわ………………」


 「それはあなたにお母上の出自がバレないようにする為の嘘でしょう。ベラトリクス様もずっと監視されていたでしょうし、あなたに伝える事が出来なかったのでしょうね……陛下とは年が8歳ほど離れていましたが、陛下はベラトリクス様をとても可愛がっておられて…………ベラトリクス様が19歳の時に王宮騎士を護衛に連れて遠乗りをしに行った事があって……その時に襲われ、攫われてしまってから生き別れてしまったのです……」



 …………レナルドの言う事が未だに信じられずにいた。確かにお母様は娘の目から見ても美しくて、儚い人だった。リンデンバーグの何もかもを嫌っていらして…………

 


 「陛下はありとあらゆる手を使って探しましたが見つからず…………見つけた時にはベラトリクス様はリンデンバーグでご病気になっていて、もう先が長くない状態だったのです」


 「…………お母様は私が10歳の時に亡くなられたわ。私たち親子は私が7歳くらいまで、城の北の塔から出る事は許されなかったし、何か行事がある時以外はほとんど幽閉状態だったから…………私はなぜこんなに外に出てはいけないのか分からなかった。もしかしてその事があって、お父様は外に出さないようにしていたの?」


 「おそらく…………陛下も何年も探し回りましたが、手掛かりが全くつかめませんでした。ようやくベラトリクス様を見つけた陛下は、リンデンバーグに返すように働きかけたのです。しかしリンデンバーグからは、あなた様を置いていく事が条件だと言ってきた。陛下もベラトリクス様もそれは拒否しました…………そして交渉は決裂し、戦へと発展していったのです」



 レナルドの言っている事をなかなか受け入れる事が出来ずにいた…………お母様は私を嫌っていたはずよ。それなのに私を置いていくのを嫌がったって…………頭が追い付かない。



 そしてボルアネアとリンデンバーグの戦いの発端が、私とお母様の事だったなんて――



 「戦いが始まって、お母様は目に見えてやつれていったわ…………陛下も私たち親子がいたから、大々的に攻め入る事が出来なかったのね……お母様は自分の為に民が犠牲になっている事に耐えられなかった、のかしら……」


 「…………ベラトリクス様のお心は、私のような者には分かりません。でもきっとあなた様とお二人で我が国に帰りたかったはずです……」


 「………………お母様……」



 私はお母様に可愛がってもらった記憶がほとんどないわ……でもそれに何か理由があったのだとしたら、私はそれを知りたい。



 「……この荷馬車はリンデンバーグへ向かっているのよね?」


 「はい、仲間内でそう話していたのが聞こえましたから。奥様が眠っている内にもうリンデンバーグの城下に入っています……奥様を背負ってここから連れ出す事が出来ず、すみません…………」


 「いいのよ、ぐっすり眠っている私を担いで逃げるなんて、物凄い腕力がなければ出来ないわ。レナルドがここにいてくれるだけで心強いもの……それに私のこの服装では、今逃げても足手まといになるだけね。私を攫ったという事は、私に利用価値があるという事なんだと思う……ひとまずお父様に会おうと思う」

 


 「わかりました、私はこの者たちの仲間になりすまし、城内に潜伏いたします……状況を陛下やベルンシュタット辺境伯にもお知らせしなくては」



 

 テオ様………………きっと心配しているわね……


 


 やがて荷馬車では眠っていた誘拐犯が次々と起きそうな気配を感じたので、リンデンバーグの王城まで私はまた布にくるまれた状態に戻る事にした。そして突然荷馬車が止まったかと思うと、誘拐犯の一人に担ぎ上げられ、かつての自室に放り投げられた。


 

 ぐるぐる巻きの布ははがされても縛られていた手はそのまま…………「しばらくここにいろ」と言われて扉の鍵を閉められ、そのまま閉じ込められてしまったのだった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る