01-12 Break!

 遠くから金属がぶつかりあう様な音や、断続的に聞こえてくるジリジリという溶接の音、そして――


(クォオオオォウォォオゥォオオオゥォォォォオオオゥォォォ)


――何か、聞こえる気がする。


……いや、環境音か。多分きっとそう。スキマ風の様な送風機の様な……これまで聞き覚えは無いけれど、もしかするとそう。


 対戦を終えて、今はプライベートマッチの待機ルームへと戻ってきている。


 本当に、本当に勝てた。

 既に眉間のあたりが痛くなるほど集中力を使って、残り一戦もしくは二戦はするであろうに、まともに戦えるのか怪しくなるほどに疲弊している。それでも一勝を得られた達成感は、ライズに大きな安心感を与えてくれた。


「次! いきましょう!!」

「ァィ」


 先程の戦いの興奮が未だ冷めやらぬうちに、次の戦いが始まる。


 不安材料を、抱えたまま。


「気のせい……だと、いいんだけどなぁ」


 違和感。事実それどころではなかったし、勝ちを取れたからいいものの、操作には確かにこれまでとは違う何かを感じていた。


 移動系――否。


 照準系――否。


 おそらくは、武器の射撃に割り当てたボタンのどれかが悪い反応をしている。

 どうしてこう、こんなタイミングで異常が出てくるというのか。


 ゆっくり確認している余裕は無い。

 ロード中の操作が何も反映されない間にボタンを押し込み――異常なし。反発、戻り――異常なし。

 順に繰り返すも、感触に違和感は特にない。


 ランプが表示され、カウントが始まる。

 目視確認――割れ、欠け、ゴミの詰まり無し。


 何も分からない。ボタン内部の接点に異常があるのか、はたまたプログラムに何か干渉しているのか。

 違和感があったのは全武器一斉射撃の時だった。まだ両手武器のどちらか一方が使えなくなる程度ならいいが、カノン砲を封じられる事にでもなれば一気に戦況は不利になる。


 軽量級の機体相手に追う追われるの戦闘になれば勝ち目は薄い。せめてもの救いは大出力のエネルギー供給によるオーバードライブの初速が優位にあるという点か。

 それでも重量級の機体では旋回性で大きく劣る。短距離での移動を繰り返し、自機の方向転換を最小限に抑えた上で相手に照準を合わせる事さえ出来れば。ほんのわずかにでも視界に収めた瞬間、相手の機動を一瞬で予測してカノン砲を当てられさえすれば。


 やってやれない事はないはずだ。


 次のラウンドも短期決戦を仕掛ける事に変わりはない。

 機動戦が中心となる軽量機同士の戦いだったなら、制限時間一杯まで使って耐久値残量の割合で勝敗が決まったであろう。しかし、重量機で軽量機相手にオーバードライブを連発すると決めた以上、ライズの側が先にエネルギーが尽きる事は必至。移動がままならなくなった重量機に、勝ちの目は無いと言えよう。


 時間は無慈悲にも止まる事は無い。

 緑色のランプが開戦を告げる。


 開幕一斉射撃。ボタン入力の反応を見るならばこれしかない。

 このタイミングで多少隙が生じた所で戦況が変化することは早々ない。元々装弾数の少ないカノン砲が一発だけ無駄になるだろうが、致し方ないものとして割り切る。


――左のマシンガンが反応しない。


 ボタンスイッチの故障。そう判断し、意識を戦闘に集中させる。

 問題ない。これならまだ戦える。


 カグラの機体:夜桜は、先程よりも厄介な挙動をしている。

 一対一の対人戦において、一度負けた戦い方を繰り返すほどのチャレンジャーではないと思ってはいたが、それにしてもライズとしては特に苦手な動きをされている。


 細かい挙動である程度一定方向へと向かっているのは変わりないが、ライズから見て右方向――どうしても操作系の扱いが難しくなる方向へと回り込もうとしているのだと判断した。


 まだ、マウス操作でないのが救いか。

 身体の外側へと向かう動きは精度が低くなりやすい。右手で視点・照準を操作している以上、右方向へと継続して動かれたら弾丸を当てるのは困難になる。


 敵を、常に機体の真正面に捉える様、追従して旋回する。

 チェーンガンで追い続けるのは変わらないが、先程より着弾する回数は明らかに減っている。


 集中力の不足か。カグラの本気か。両方だろう。

 一戦目は手加減されていたなんて事は無いはずだ。発射レートこそ低くとも弾幕は弾幕。それを真正面から受けながら大半を避けて接近してくるなど、生半可な事ではないのであるからして。

 実力を測られていた……と、考えてもおかしくはないと思う。

 何かが漏れ出すほど悔しがってはいたが――いや、全力には違いないが、その上でライズの実力・戦い方を把握したのだろう。


「クッ……ソ、がぁ……!!」


 焦り。


 上昇下降の不規則な動きのみならず、緩急の激しい挙動に命中率は下がり続ける一方。

 アリーナの戦闘領域を限界まで余す事無く活用するカグラの技術は、ジャンルこそ違えど流石は世界一位の座を得るだけあると言ったところか。


 先程の戦闘時間は既に超えている。

 残り少ない集中力がゴリゴリ削られ続けるライズに対し、カグラの舞い散る花弁の如き不規則な挙動は、一切衰える様子を見せない。

 むしろ彼我の距離が詰められるほど、未だ攻め手であるライズが不利になっていく。


 カグラが着地するであろう予測を立てた地面を狙って、ライズは何度かカノン砲を放つ。

 榴弾による副次的なダメージ。機体に直接命中しなくとも、爆発範囲なら多少の発熱とダメージが入る。

 攻撃としては微々たるものだが、主な目的は精神的に揺さぶりを入れる事。HP管理くらい徹底しているであろう彼女にどれだけの効果があるのかは不明だが、それでも出来る手は尽くしたい。


 中距離武器の射程が近付く。


 戦況が更に変化するであろう事は想像するまでもない。

 これ以上遠距離武器の射程を維持して、一方的に攻撃する側ではいられない。


 絶対に背中を取られない。中距離を維持して、ほんの少しずつでも耐久値を削り続けられさえすれば。


 ライズの機体は耐久値で圧倒的に有利である。

 先に耐久値を全損させる。もしくは制限時間が過ぎた段階で残り耐久値の割合が多い方が勝利するこのゲームルールにおいて、この優位性は人によっては卑怯だと罵るかもしれない。

 長射程高火力な武器で装備を固めやすい重量級の機体は、確かに初心者から使いやすい構成である。事実アリーナの低ランク帯は、過半数が重量級で占められているのがいい証拠だ。

 それでも、ランクが上がれば上がる程。プレイヤー自身のスキルが上がれば上がる程、その立場は逆転する事となる。


 そう、このRI2EとKAGUR4の、戦いの様に。


「させる……かよ……ッ!」


 カグラは未だライズの右方向へと進んでいる。が、僅かな動きの変化を直感したライズは、辛うじてダメージ範囲に入らないと分かりつつもマシンガンも使い、せめてもの牽制のつもりで一斉射撃をする。


 オーバードライブの予兆。偏差で少し右を狙う照準を大きく動かし――左に振る。


「んぐっ……!!」


 外した。反応が遅れた。


 嗚咽に似た何かが、ライズの喉から漏れ出す。


 時計回りでライズの背後へと向かっていたカグラは、一気に方向を変え、オーバードライブによる高速移動でライズの左側面を取る。

 重量機の欠点を突いた、死角への回り込み。


 射程で有利なライズの駆る重量機体:GORIATHゴリアスは、腕の可動域である視界内ならば、どれだけ速く動かれようとも追従が可能となっている。しかし、その範囲外へと出られてしまえば話は別だ。

 ゴリアスの脚部はタンク。つまり、重機や戦車の様な履帯りたい――クローラである。特にその中でも積載量がMFF内最大を誇るユニットを使用している。全幅・全長・接地面積最大。それはつまり、ゲーム内で最も旋回速度の遅い機体という訳である。


 脚部と胴体部分も左右九十度近くまで可動するものの、視点操作ではハッキリと遅れが出る。

 相手を常に機体前面で捉え続けるというガチタンク使い必須技能はしかし、最上位ランカークラスの軽量機相手には、それだけでは通用しなくなるのだ。


 全力離脱。オーバードライブを短く連続で使用し、細かく方向を変えながら可能な限りカグラから距離を離さんとする。

 焼け石に水なのは間違いないだろう。それでも、やらないよりはマシだ。


 ライズの耳に、勢いよく何かが吹き出しながら通り過ぎる音が聞こえる。


 無誘導ミサイルだ。


 搭載出来る弾数を優先しての無誘導型なのであろう。ホーミングミサイルならばロックオン可能な距離に入った上で、一定時間照準範囲内に敵を捉え続けなければ発射すら出来ない。更には絶対に当たる訳ではないというデメリットを排除する為の選択肢であると思われる。


 こうして当たらなくとも撃ち続けているのを見るに、やはり本命は有効範囲が極端に狭い『タントー』での攻撃であろう。

 目的は行動の阻害か、それともどこかへ誘導しているのか。


 視界に爆発エフェクトが広がる。


 二発。三発。四発。


 想定していたよりは被弾回数が少ない。もっと当ててくるものとばかり思っていたが、ダメージ自体も気にする必要が無いほど微々たるもので――


「くっそオーバーヒートしやがった!!」


 鳴り続ける警告音。異常を知らせる赤い表示。

 HUDに表示される機体温度は危険域に入っていると主張している。


 こうなると厄介だ。

 普段なら気にせず使えるオーバードライブも、この状態では火に油を注いでいるのと同義。使えば使っただけオーバーヒートによるスリップダメージ継続時間が大幅に伸びてしまう。

 それでも、オーバードライブの使用を制限すれば、その時点で降参を宣言したと同義。


 止まる事は、許されない。


 ライズに課せられたタイムリミットが、更に短いものとなった。

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