01-11 Assault and . . .

 どうしてこうなった。


 プロゲーマーと友達になる。しかも向こうから提案してくる事など普通あり得るだろうか? いいや、ありえない。

 配信者として何かのキッカケで仲良くなるならまだしも、現状何も目立つ活動をしていないライズにこんな話が来るとは、誰が予想出来たことだろうか。


「さて、どうしたもんかな」


 プライベートマッチのルームは既に出来ている。

 カグラがホストとなって作ったルームは、最もシンプルかつベーシックなゲームルールである。

 二点先取、ハンデ無し、制限時間五分。

 武装に制限は無く、純粋にプレイヤーの持つ知識と技術が試される。


 フィールドは『アリーナ』の名を冠する、障害物の無い円形闘技場。

 中・遠距離攻撃が主体のライズに対し、近距離特化型のカグラならば、先制さえ出来たならば圧倒的にライズが有利となるだろう。しかし、それは近付かれなければの話。

 火力と耐久値を犠牲に運動性能へと極振りしたカグラの機体は、ライズの駆るゴリアスの様な重量級の機体を倒す為の構成と言って間違いない。そこから更にアセンブリを突き詰め、操縦者の実力も底知れない。


 開幕直後。ライズに勝機があるとしたら、超短期決戦に挑むしかない。


 基本的なルールでは、マップにより距離は異なるものの、向かい合う形でスタートする。アリーナの場合は遠距離武器でのみ届く距離に配置となる。

 この状況ならば、ライズがゴリアスの主武器として愛用する肩武器、カノン砲。もう一方の肩武器は時により使い分けているが、今回は発射レート320RPMという遅さを犠牲に、単発火力の高さと長射程のチェーンガンを選択。この二つの武装に全てが懸かっていると言っていいだろう。


 初手完封。


 それ以外に勝つ道は無いと、ライズは考えている。

 今回両手の武器には近中距離で制圧力の高いハイレートのマシンガンを備えているが、この武器が有効な距離まで接近されたならば敗北は濃厚。一度でも死角に入られてしまえば、時間を稼ぐ事すらままならないだろう。


 並みのプレイヤーならばこれで墜としてきた。

 とはいえ、全戦全勝してきた訳でもない。


 様子見から始めてどうにかなる相手だとは思っていない。開幕から全力で勝ちを狙いに行く。


「さて、ボイスチャットはどうしましょうか?」

「そうですね……戦闘中は無しでいきましょう」


 MFFのカスタムマッチでは、味方チームとのボイスチャットはもちろん、敵味方関係なくボイスチャットを繋ぐことが出来る。

 ライズは基本一人でゲームをプレイする事が多く、集中を要する場面で会話出来る程の余裕は無い。気心の知れた相手ならまだしも、実力の知れない高機動型の機体を使用する相手に舌戦まで仕掛けられたらたまらない。


「他に何か決めておく事は……特に無いですかね。では、始めましょうか」

「はい。いきましょう」

「それでは、全力でお願いします」


 ロード画面に移る。


 対戦が始まるまで数秒。あらゆる戦闘を脳内でシミュレーションする。


 敵機が左右どちらかに高速で回避しつつ接近。自分は連射武器で牽制しつつ、ほんの一瞬、静止する瞬間を狙ってカノン砲を叩き込む。当たりさえすれば怯みで隙が出来る。軽量機体ならオーバーヒートも狙えるかもしれない。スリップダメージを与えつつ、チェーンガンで掃射。動きが鈍っている所にもう一発カノン砲の射撃が当たれば……しっくりこない。そんな簡単に攻撃が当たる相手だとは思えない。背後に回られて撃墜される。


 オーバードライブを使用しながらの左右もしくは上昇しながらの回避行動を取りながらの接近。あり得ない手ではない。だが、真正面からの接近なら、接触する距離に至る前にマシンガンの攻撃が当たる。ド素人ならまだしも、今回の相手がそんな自滅するだけの行動をするとは思えない。

 マシンガンの有効射程に入る前に高速で左右に離脱。その動きに合わせて移動を含めた偏差射撃で行動を阻害。……有効打になりそうにはない。賭けでカノン砲を撃ったところで、当たる確率はどれほどのものか。着弾より先に相手が自分の背後に回る方が早いだろう。またしても撃墜される。


 急上昇からのオーバードライブ。背後を取る為に、操作の難しい縦の動きを強制させてくる……ありえなくもないが、そこまで軽率な行動をするとは思えない。

 相手が背後に回るより早く、自分が壁を背にする方が早い。マップの端から端までの全速移動ともなれば、いくら徹底的に軽量化された機体でも、高速で移動する為のブースターを強制的にクールダウンさせる時間が生まれる。そうなればただの射撃練習用の動く的だ。素人ではないのだから、そういったエネルギー管理はしっかりとしてくるだろう。


 ロードが終わり、それぞれの機体がクローズアップされる。


 大型エレベーターにより、下層からアリーナへとエントリー。


 ついに、始まる。


 ランプが三つ、視界に表示される。


 そういえば、ウォーミングアップらしい事など何もしていなかったと思い出す。こんな事なら、トレーニングでも機体テストでも待っている間にやっておけばよかった。

 折角なら、彼女の配信アーカイブや動画を見ておけばよかった。ゲームは違っても、クセというものはそうそう変わらない。情報のアドバンテージは侮れない。公平性を期すなら何の事前情報も無しに挑む方がいいが、そんな事を言っていられる相手ではないのであるからして。


 ランプは順に、赤色を灯す。全てが点灯し、緑色に変わればそれが戦闘開始の合図だ。


 後悔ばかりが、今更になって湧き上がる。

 どうしようもない事だと分かりつつも、そんなネガティブな事ばかり考えてしまう。


――そういえば、俺が勝った時、何も賭けてなくないか?


 緑。


 火蓋は切られた。


 操作が出来る様になって直後、ライズはチェーンガンをともかく撃ち続ける。

 カグラは大きく動いてはいない。細かい立体的な挙動で、少しずつ近付いてくる選択をしたらしい。


 悪くない。偏差射撃をしようにも狙いが定まらなければ、着弾の回数は圧倒的に減る。

 この距離なら、どんな武器でも発射から着弾までに僅かなラグがある。どんなに下手なプレイヤーでも、移動方法さえ知っていれば回避は容易な程に。

 だが、ここで一定方向に大きく動こうものなら、それはそれで動く的でしかない。

 エイムアシスト。敵の動く方向と速度に合わせて、自動で偏差射撃をサポートしてくれるこの機能。素直な動きばかりしていたならば、どれだけ速く動こうとも命中率は格段に上がる。


 ライズは、このエイムアシストは既に切っている。

 格下相手ならアシストが無くとも命中率は高水準を保てる。本命は、機動力極振り構成の相手――即ち、今現在の敵。カグラだ。


 エイムアシストは相手が継続して動き続けた先に照準が向く。どれだけ速く動こうとも、一直線に動いていたならほぼ全弾命中もありうる。だが、高速で不規則な動きをしたならば。コンマ秒単位で方向を変えられたなら、それは撃たれる相手からしたら、弾が勝手に避けていくのに等しい。

 距離が離れたら離れるだけ、それは如実に表れるというもの。

 ライズは既に、その段階にはいない。


 照準を細かく震わせるようにして撃ち続ける。このMFFの武器は集弾率100%という訳ではないが、それでも不規則に弾をバラまくには精度が高すぎる。

 なおも高速で接近するカグラの機体に、何発か着弾した事を報せるエフェクトは出ているが、決定打にはなり得ない。


 カグラからの攻撃は未だ無い。ガレージに入る前に見た武装そのままなら、有効射程は良くて中距離程度から。見た限りでは直進するミサイルの類だったと記憶している。

 こうして弾幕を張っていれば、例えミサイルを撃ってきたところでチェーンガンで相殺出来る。それを分かって回避と接近に集中しているのだろう。


 カグラの動きが、より繊細に、より大きく、より不規則に乱れる。


 ライズの照準も、要求される動きが大きくなる。

 少しでも気を抜けば、隙を突かれて攻守が逆転する。


 呼吸を忘れる。まばたきすらせず、視界には『敵』の動き以外、何も映らない。

 深く、より深く、意識は集束する。


 中距離武器の射程圏内まで、あと僅か。


――ここ。


 もう、思考の領域には、いない。


 照準を、大きくずらす。


 カノン砲発射。


 同時、マシンガンも全て射撃を開始。


 全速後退。


 中距離武器の射程に入る寸前、カグラの動きに変化が現れる。

 比較的直線的な移動から、大きく逸れる機動の予備動作。

 あまりにも軽い機体を跳ね飛ばす閃光が尾を引き向かう先は――


 爆炎と爆発音が広がる。

 クリティカルヒット。もろに榴弾を喰らったカグラの機体は、ほんの僅かな一瞬とはいえ、制御が利かなくなる。


 その隙は、あまりにも大きすぎる。


 カノン砲による射撃で怯んだ敵機体の動きは、ライズはもう感覚で身に染みついている。

 更に空中にいるとあっては、制御が利かなくなる時間が僅かに増大する。これが意味する所、その影響は、あまりにも無情に。


 間髪入れずに次弾発射。狙い違わず着弾するのはこれまた必然。これで耐久値の七割から八割は持って行ったに違いない。

 連続での高火力被弾に、オーバーヒートしているのは確実だろう。榴弾二発の発熱量はかなり大きい。あの軽量構成の機体ならば、スリップダメージの効果時間が終わるまでに、耐久力三割は削れるはずだ。チェーンガンによるダメージも、少なからず入っている。


 どれだけ上手いプレイヤーでも、これだけ耐久値を削られた状態から無傷の超重量ガチタンクを返り討ちにするなど、不可能である。


 戦況が覆る事は、もうない。


 ライズの意識は未だ深く、しかして次なる手は出て来ない。


 視界が衝撃で揺れた事で、全速で後退し続けていた事に気付く。


 もう何秒経ったことか。移動操作に割り当てたジョイスティックを戻し、静止する。


 絶え間なく爆発するエフェクトを伴いながら、カグラの駆る機体『夜桜』が、ライズの操る機体『GOLIATH』のすぐ目前に舞い降りる。


 戦闘は終了したと。

 力なく膝をつき、機能を停止する。


 やった。


 まだ1ラウンド。

 それでも、1ラウンドを勝ち取った。


 全身から力が抜ける。

 張りつめていた緊張が弛緩し、脳が、筋肉が酸素を寄越せと大きく深呼吸を促す。




―― Round1 Winner RI2E ――




 余韻の中に一粒、ほんの僅かに生じた違和感が、この後ライズを大きく苦しめる事となる。

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