四 首吊り

 俺たちは、ゆめちゃんが落ち着いてからリネン室へと移動した。また必要になったら倉庫に取りに戻って来ればよいという判断のもと、現状で必要なものだけをまとめ、全員でリネン室に籠る。

 リネン室は倉庫よりも狭い分、お互いの体温で暖かさを感じやすい。また、毛布やシーツなどの必要な布類がふんだんにあるため、暖かく柔らかい寝床をすぐに作ることができた。

 準備と移動の間には、須藤へあらかたの説明を済ませる。俺たちのいままでの経緯と、克死患者に対する経験、搬入口を探して脱出を目指そうとしていることなどだ。


 ランタンを囲むように座り、リネン室で食事をしていると、不意に聖が声をあげた。

「あー、思い出した。おっさんのこと、どっかで見たことがあると思ってたんだ」

「え、僕のことをですか? も、申し訳ないのですが、僕は聖さんのことは覚えがなくて、ですね。どこでお会いしましたでしょうか」

 非常食のパンをモソモソと食べながら、須藤は視線を落ち着きなく動かす。須藤はどうも小心者のようだ。先ほどした説明に付け加えて、俺たちに向かって敬語で話す必要はないとも言ってある。ただ、その後も敬語は続いていた。

「いや、会ったっていうか、おれが一方的に見かけてたんだよ。四日くらい前だったかな。元々拠点にしてたナースセンターから廊下に出たときに、すげぇ勢いで走ってくる克死患者がいてさ。慌てて隠れて様子を見守ってたんだが、その克死患者、釣り人の格好をしてたし。あれ、アンタだ」

「『すげぇ勢いで走って』とは……?」

 身に覚えのないことを言われたのだろう。須藤は驚いたように目を丸くする。

「脇目もふらずって感じだったぜ。なにかに危害を加えるとかはなくて、ただただ走ってた。それ以来見かけたことはなかったから、きっと克死院中を走りまわってたんじゃねぇかな。あの勢いで走ってれば、他の克死患者に捕まることもなかったんじゃねぇか。おかげで体も無事だったんだろうな。一心不乱に走るおっさんを見かけたときは、相当怖かったけどな」

 聖は冗談めかすようにケラリと笑う。ゆめちゃんと合流できたことで、聖もいつもの調子に戻っていた。

「お恥ずかしい限りです。たしかに、学生の頃は陸上部だったので、走るのは好きなのですが。まさか自分の意識がないときに、そんな奇怪な行動をとっていたとは」

 須藤はなぜか謝るように、ペコペコと頭を下げる。

「須藤さんが気がついたのは、いつ頃なんですか? 搬入口らしき場所は見ましたか?」

「気がついたのは、本当に皆さんにお会いする直前ですよ。おそらく、声が聞こえてくることに気がついたんだと思います。目の前にとんでもない肥満体の死体が転がっていたので、驚きました。その横にもその……ね? 正直悪い夢でも見てるんじゃないかと思ったんですが、声を頼りに階段を降りて、そこでお二人と出会ったというところで。お力になれず、申し訳ない」

 俺はなるほどと頷いてから、聖と須藤さんに視線を向けて話し始める。

「実体のある克死患者以外にも、よくわからない危険があるとわかった以上、長くここに留まっているのは危険だ。早く克死院を脱出したい。明日にでもここを出て、搬入口へ向かうべきだと思う」

「そうだな、明日はゆめも連れて動こう。ところで陸玖は、搬入口がどこにあると思ってるんだ?」

「元の病院にも出入り口は複数あったから、実際に行ってみないことには、正確なことはわからないんだが」

 俺は言いかけると、ゆめちゃんの方へと視線を向ける。

 倉庫に閉じ込められてから、彼女はすっかり塞ぎ込んでしまった。いったい何があったのかの詳細も、まだきちんとは聞けていない。食事もろくに喉を通らない様子で、黙りこくったまま、スープを少しずつ飲んでいる。

「ゆめちゃんは、聖が搬入口近くにいたところを見つけて助けたんだったよね。搬入口がどこだったか、なんとなくでもいいから覚えてないかな?」

 声をかけると、ゆめちゃんは沈んだ表情のまま、俺の方へと視線を向けてくる。だが、力無く首を横に振ると、すぐにまた俯いてしまった。ゆめちゃんは元々、あまりおしゃべりな方でもない。いまはそれにも増して、何か話を聞くのは難しだろう。

「そっか、ありがとう。気にしなくていいからね、ゆめちゃん」

 俺は彼女を安心させるようにそう言い置いてから、再度聖と須藤さんの方を向く。

「これは提案だが。明日はまず、このA棟の出入り口をたしかめる。ここは地下で、上が一階だから、近いしね。そこが現在利用されている搬入口であるか、もしくは普通に出入り口の鍵がマスターキーで開くようなら、もちろんそこから出る」

 須藤さんは身を乗り出すようにして、大きく頷いた。俺は説明を続ける。

「で、もしA棟の出入り口から出られないことがわかったら、次に向かうのは、B棟の出入り口ではなく、外来棟の正面口の方がいいと思う」

「そう考える理由は、何かあるのか?」

「ああ。A棟もB棟も、元は入院患者のための病棟だったんだ。A棟の出入り口が使われていないとするなら、B棟も同じく望みが薄いと考える方がいいと思う。外来棟の正面口は一番大きいし、克死院のどこか一つの出入り口だけを搬入口として使うなら、そこなんじゃないかなって。もしそこも違ったら、今度は外来棟の緊急搬入口か。あの、救急車で運ばれてきた患者が通るところ」

「なるほどです。とりあえずは一番近い一階の出入り口に行って、もし出られなかったら外来棟まで行くべき、という感じですね。その外来棟には、どう行ったら良いのでしょうか?」

 横から尋ねてきたのは須藤さんだ。彼はパンを食べ終わり、今度は追加で作ったスープを啜っている。

「俺の記憶が正しければ、棟と棟を結ぶ渡り廊下は、二階にあるはずです。だから一旦二階に上がって、そこから渡り廊下を通って外来棟に行くことになります」

「今泉さんがここの建物の構造に詳しくて、本当に助かりました。これもなにかの巡り合わせなのでしょうかね」

 須藤さんはスープも食べきってしまうと、合掌するように両手をスリスリと合わせてみせる。どこか幸の薄そうな顔には、安堵の笑みが浮かんでいた。落ち着いたからか、食事をして血色が良くなったからなのかはわからないが、緑色がかっていた肌が、少しずつ人間らしい元の色に戻ってきている様子がうかがえた。

「搬入口に近づいていれば克死患者の数も増えるはずなので、ある意味、わかりやすいかとは思います。その分、危険性は高まるのですが」

「そう、ですよね。明日の出発前には、僕も、ほ、ほ、包丁持っていきます」

「それがいいと思います。正直に言えば、克死患者にどこまで包丁で対抗できるかはわかりませんが」

 話を聞いていた聖が、軽く手を叩く。

「よし、明日やることは決まったか。今日のところはもう寝ようぜ。今日はほとんど地下にいたから、どんくらい時間経ってるかはわからねぇんだけどさ。疲労感的には、もう夕方くらいにはなってるだろ」

「夕方どころか、普通に夜になっているとは思う。明日は大変な日になるだろうから、しっかり休んで、体力を蓄えよう」

 聖は隣に座っていたゆめちゃんの肩に、そっと手をのせる。

「ゆめ、スープ飲み終わったか? 他にすることがなければ、もう寝よう」

 声をかけられたゆめちゃんは、表情を変えるとこなく、静かに頷くのみ。聖に促され、先ほど皆で作った寝床の一つに横になる。聖は昨日に続き、彼女の横で眠ることにするようだ。

「ゆめちゃん、聖、おやすみ。須藤さんも眠れそうですかね?」

「はい、大丈夫です。さっき気がついたばかりだというのに、なぜだかとても眠いんですよ。おやすみなさい」

「それはよかった。おやすみなさい、須藤さん」

 俺と須藤さんも、それぞれ毛布とシーツ等を組み合わせて作った寝床に潜り込んだ。ランタンの光を消すと、通常の生活ではなかなか遭遇することのない完全な暗闇が訪れる。

 頭を軽く動かすと、置いておいた枕の柔らかい感触がする。しばらくすると、静かな寝息が聞こえてくる。緊張と安堵がない混ぜになった、不思議な心地がする。

 そして、覚醒状態から眠りに落ちる、夢現のほんの僅かの瞬間。目を閉じているにもかかわらず、白い靄が優しくリネン室を覆っていく様子が見えたような気がした。


 翌日。俺たちは予定通りに行動を開始した。

 荷物をまとめて地下を出て、一階の廊下を進む。その途中、僅かに先行していた聖が足を止める。視線を上げ、俺もその理由を知る。一階の出入り口はガラス張りの自動ドアだったのだが、そのガラス張りの部分が、外側から鉄板のようなもので完全に塞がれていた。

「やはり、ここではないみたいだな。一度、二階まで戻ろう」

 俺はゆめちゃんを背負ったまま、小声で言う。

 一階の廊下に並ぶ各部屋の中からは複数人の呻き声がしており、階全体に不気味な残響をこだまさせている。しかし、ここまで来る間に遭遇した克死患者は、あの映像で見た手術衣を着た医師一名を含めた四人だけだった。もしここが搬入口であるならば、克死患者の数はもっと多かっただろう。そのため、一階の入り口が塞がれているのは予見できていたことだ。

 俺たちは頷きあい、再度来た道を戻る。一階の廊下にいる四人の克死患者たちも、それぞれ体に損傷を抱え、奇怪な動きはしているものの、こちらを攻撃してくる様子はないことは確認済みだ。

 階段の前にはいまもなお、肉体的に移動が叶わなくなった女医と、死んでいると思しき巨漢が倒れている。そして、巨漢の体には早くも無数の虫が湧いていた。元の状態であっても醜いものだったが、虫にたかられている様はいっそうグロテスクだ。俺は、巨漢が他の克死患者と決定的に違う状態になったことを確信する。

 今日、ゆめちゃんのことは俺が背負ったままなので、三人で慎重にその体を超える。そのとき、足の裏に嫌な感触があった。足をあげてみれば、すぐにわかる。巨漢の体に集っている一部の虫を踏み潰したのだ。

「うっ……」

 あまりの気色悪さに吐き気が込み上げてきたが、大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせるしかない。深く考えないようにして、階段を上がっていく。

 二階に到達し、廊下を歩いていくとすぐに、近くの病室につながる扉から獣のような叫び声が響いた。続けて、なにかが暴れているような激しい物音。

「ヒィッ」

 須藤さんは情けない叫び声をあげて飛び上がる。俺は、宥めるようにそっと須藤さんの肩を叩いた。

 騒々しいのはその病室の中だけではない。二階に並ぶ病室の各所からはさまざまな叫び声が上がっており、さながら加減を知らないお化け屋敷か、管理の行き届いていない動物園のようだ。

 同じように病室に入れられていた俺には、病室の中がどうなっているかがわかる。複数の克死患者たちが、ベッドに両手両足を拘束されながら暴れている光景を想像すると、精神を削られるような心地がした。

 廊下に出ている克死患者も結構な人数がいるが、部屋の中がうるさいからか、全員がドアに向かい、かじりつくように集中している。聖が先行し、俺と須藤さんが後をついて物音を立てないように、注意を引かないようにして進む。

 扉に向かっている克死患者の中には、もう一人の手術衣の医師の姿があった。立っていてもなお、成人にしてはやたらと低い位置に頭がある。関節のない場所の四肢をぐねぐねと曲げながら蠢いているその姿を見るに、まともに立つことができないのだ。

 そうして、騒々しい病室地帯を抜けた渡り廊下には、さらに多くの克死患者がいた。

 そのほとんどが、体のあちこちを大きく損傷し、廊下の床に倒れ込んでいる。そこかしこで呻き声が聞こえ、モゾモゾと動いている様子は窺えるが、人体としての形状を保っている者は少ない。

 その中で唯一、そして行手を阻むように渡り廊下の中央に立っているのは、やたらと背が高く、髪の長い女だった。俺たちの足音を聞きつけ、女がゆっくりと振り返る。

 その瞬間に、女の”背が高い”わけではないことを俺は悟る。

 女は、人間の形状を超えて不自然に長い首をしていた。後ろを向いている状態では、奇形の首が髪に隠れていて、背が高いようにしか見えなかったのだ。女の不気味に長い首の頭の付け根には、ぐるりとロープのような赤い痕跡がある。彼女は首吊りをして、克死状態になったに違いない。

 風が抜けるような耳障りな息を漏らしながら、首吊り女は聖に両手を伸ばして襲い掛かる。

「走れ!」

 聖は叫ぶと、リネン室から携えてきたモップで女の胸元を殴りつけた。首吊り女の体を軽く突き飛ばして距離を取る。俺と須藤さんはその隙に渡り廊下を駆け抜ける。

「聖、大丈夫か」

 外来練まで到達し振り向いて見ると、首吊り女が聖に組みかかっていた。彼女は長い首を不安定にグラグラと揺らしている。時折首から力が抜け、頭部がそのままダラリと垂れるが、体の動きはブレることがない。

「ヒッ、ヒエェ、なんなんですか、あれはっ」

 首吊り女の不自然で不気味な動きと体を見て、須藤さんは怯えきったように体を縮こませ、後ずさる。

 聖はモップを両手に構えて押し返し、首吊り女から距離を置こうとしているが、それも限界のように見えた。

「須藤さん、ゆめちゃんをお願いします。包丁を貸してください」

 俺はゆめちゃんを背中から下ろすと、須藤さんの震える手から包丁を受け取り、聖の元へと駆け寄った。彼に組み付いている首吊り女の背後から近づくと、包丁を振りかぶる。

 駆け寄ったときに覚悟を決めていたものの、腕を振り下ろそうとしたとき、俺の体が生理的な拒否反応を示す。俺が包丁を突き刺そうとしているのは人間だという意識が、まだどこかにあったからだ。

 次の瞬間、首吊り女は反動をつけて長い首を振り回し、聖へ向かって伸ばした。歪んだ女の口が限界まで開かれ、彼の顔面に噛みつこうとするのが見えた。

「……っ!」

 俺は、考える間も無く腕を振り下ろす。

 包丁の切っ先は、首吊り女の首の根元へと突き刺さった。鮮血が噴き出し、人を刺した生々しい感触が俺の手に伝わってくる。

「あああっ」

 俺は無意識に出た叫び声と、衝動のままに身を任せ、包丁を引き抜いては振り下ろす。長い刃は首吊り女の肌を裂いていく。

 最後には女の長い髪を掴み、首を引きちぎった。髪から手を離せば、頭部が床に落ちた鈍い音がする。

「そこをどけ!」

 聖の声に合わせ、横へと飛び退く。聖は俺の動きと同時に、首を失った首吊り女の体を蹴り飛ばした。女の体は背後によろめき、バランスを崩して尻餅をつく。

 横に飛び退いた勢いのまま、俺もまたその場に倒れ込んだ。すぐに起き上がろうとしたが、なぜだか足に力が入らない。体を押し上げるために床に手をつくと、滑った感触が伝わってくる。

 俺は、自分の両手が血に染まっていることに気がついた。

「陸玖、さっさと行くぞ」

 聖に名前を呼ばれても、その言葉に応えることができなかった。自分の血塗れの両手から目が離せず、全身が小刻みに震えている。

 聖は、すぐ俺の異変に気がついた。俺の側へと駆け寄ってくると、力強い手に腕を掴まれる。

「しっかりしろ、陸玖。お前はあいつを傷つけたんじゃねぇ。おれのことを助けてくれたんだ。それに、あいつは奇跡の日以前の世界なら、もう死んでる存在なんだぜ。なんにも気にすんな」

 ようやく手から視線を外して聖を見ると、彼も正面から首吊り女の血を浴びていた。金髪は血に塗れ、顔や包帯にも血飛沫が飛んでいる。それでも、彼は俺の顔を覗き込むようにして、ニッと笑った。

「助けてくれて、ありがとな」

 聖の笑顔を見ると、体の震えが少しずつ治まっていく。

「さあ、立て」

「あ、ああ……」

 彼に促され、俺はついに立ち上がる。

 聖の肩越しに視線を向けると、断続的に首から血を吹き出している女もまた、尻餅をついたところから、ゆっくりと起き上がるところだった。しかし、立ち上がってもその場でうろうろとするのみで、追ってくる様子はない。首から頭部をすべて失ったために感覚を失い、俺たちのことを見失ったようだ。

 聖に手を引かれながら、外来棟に到達する。

 渡り廊下は、外来棟の一階からの吹き抜けをぐるりと囲む廊下に連結していた。ここの廊下にも何人かの克死患者の姿は見えたが、ひとまずこちらに近寄ってくる者はいない。

 俺たちのことを待っていた須藤さんが、小声ながらも慌てた様子で、こちらへ向かって手招きをする。

「ああ、よかった。お二人とも、ちょっと、こっち、こっち見てください」

 須藤さんに呼ばれ、手すりから身を乗り出すように見下ろすと、一階の様子を一望することができた。

 出入り口だった自動ドア並びにその付近のガラス張りの壁面は、A棟の出入り口と同じように外側から鉄板のようなもので塞がれている。他の場所から光が差し込んでいるので視界は確保できているが、出入り口付近一面がガラス張りのままだったときと比べて、エントランス全体が薄暗く感じる。

 エントランスと受付だった一階の広々とした空間には克死患者たちが詰め込まれ、床が見えないほどにそこかしこで蠢いている。床・壁・設置してあったベンチなどの物はすべて血で染まり、体のあちこちが損壊している者がほとんどだ。動けなくなって倒れ込んでいる者も多いが、点々と立っている者の姿も見える。彼らが自由に動き回れていないのは、その足元に広がっている別の克死患者の体が邪魔になっているからだ。規模は桁違いだが、先ほどの渡り廊下で発生していた様子に近い。

 俺はその光景を目にして、『蠱毒』という言葉を思い出していた。

 蠱毒とは、小さな入れ物にさまざまな種類の大量の生き物を入れ、共食いをさせる古代の呪術だ。共食いをした結果、入れ物の中にはもっとも強い生き物が一体だけ生き残ることになるわけだ。このエントランスは、人間の蠱毒と言えるような惨状だった。

「想像はしてたが、地獄みてぇな有様だな」

 手すりに体をもたれさせながら、聖が小さく呟く。

「ああ。ただ、予想していたよりも、動ける克死患者が少ないみたいだ。これなら、立っている克死患者を避けるようにして進んでいけば、傷つかずに出入り口に到達するのも不可能じゃないかもしれない」

 俺が言葉を返したそのとき。出入り口の方から、ガコンと大きな物音がした。続いて軋むような音をたてながら、自動ドア部分を覆っていた鉄板が、両開きのドアのように外側に開いていく。

 そこから、眩い太陽の光が差し込んでくる。続いて見えたのは、閉じたままの自動ドアに外から近づいてくる人影だ。

「あ、ああっ。ほら、ほら見てください。克死患者を搬入しにきた外の人ですよ! 今泉さんの考えは、すべて正しかったんです。これで、助け出してもらえます。彼らが作業を終える前に、早く行きましょう」

 須藤さんがはしゃいだ声をあげ、駆け出す。向かう先は、ここからでも見えていた一階へ繋がる階段だ。俺も須藤さんに続こうとしたそのとき、今度は聖が声を上げる。

「おい、待て。ゆめはどこだ」

 その言葉にハッとして周囲を見渡すが、たしかにどこにもゆめちゃんの姿が見えない。

「さっき渡り廊下に戻るときに、須藤さんに任せたんだが」

「おっさんについて行ったか?」

「いや……」

 須藤さんは階段下へと姿を消す間近だが、その後ろにゆめちゃんはいない。彼の前を走っているとも考えにくかった。

「ゆめ! ゆめ! どこだ」

 慌てた様子で聖が大声で呼びかけ、周囲を見回す。どこからも返事はない。その代わりのように、吹き抜けを挟んで反対側の廊下にいた克死患者が、こちらへ顔を向ける。

「聖、ここに近づいてくる克死患者はいなかった。つまり、ゆめちゃんは誰かに連れ去られたわけではなくて、俺たちの隙をみて、自分で俺たちから離れてどこかに向かったんだ。きっと、呼びかけても無駄だ」

 宥めようと腕を掴み、小声で語りかける。だが、彼は俺の手を振り払った。

「だからって、置いてくわけにはいかねぇだろ」

 聖は言い捨てると、須藤さんが向かった階段とは真逆の方向へと走り出す。

 そのとき。

 視界の端で、俺は一階のエントランスの様子を捉える。自動ドアが彼らの手動によって開けられ、防護服姿のスタッフが入ってくるところだった。

 外と繋がった出入り口からは、新鮮な空気が吹き込んだ。

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