第42話 覚悟しなさい!

 第二王子は呆然とした表情でメリナを見つめている。そしてその後ろには、焦った表情のクルトがいる。

 クルトの目にはきっと、石化病が進行したフランクしか映っていないだろう。


「メリナ……?」


 第二王子の呟きに、メリナは一瞬で表情を青くした。


 この部屋の扉はそこまで厚くない。耳を澄ませば、中の会話を聞き取ることも可能だ。


 それに、私に嫌がらせをする時のメリナは声が大きいもの。


「オ、オットー様……! い、いつからそこに!?」

「……少し前からだ」


 オットーの声を聞けば、彼が部屋での会話を聞いていたことは容易に分かる。メリナは汗をだらだらと流しながら、必死に言い訳を始めた。


「こ、これは違うの、お姉さまとちょっとふざけていただけというか、その……!」

「病人がいる状況でかい?」


 オットーの質問にメリナは黙り込んでしまった。服の裾をぎゅっと握り、俯いて床を見つめている。


 こんなメリナ、初めて見たわ。


「私は、彼から君の姉を見つけたという報告を受けたんだ。君がすごく喜んでいて、サプライズのために急いできてほしいと言われた」


 暗い表情のまま、淡々とオットーが語る。メリナは頷くことすらできない。


 正直、かなりの賭けだったわ。

 第二王子をすぐに呼び出せる確信はなかったもの。だけど、彼が善人で、メリナを心底愛している可能性に賭けたの。


「君はずっと、大好きな姉を探していると言っていた。それなのに……」


 ちら、とオットーはテレサが手にしている契約書に視線を向けた。すぐにテレサは、二通の契約書を彼へ差し出す。


 契約書の内容を見て、オットーは深い溜息を吐いた。


「話したいことはたくさんある。だけどとりあえず、彼を治すべきだ。君の本性がどうであれ、君は聖女なんだから」

「……オットー様! 本当に勘違いですの、そうですわ、元々はお姉さまがわたくしを虐めていて……!」

「話を聞いていて、とてもそうは思えなかったよ」


 静かだかしっかりとしたオットーの声に、メリナが深くうなだれる。そして顔を上げたかと思うと、テレサを思いきり睨みつけてきた。


 一歩ずつ、メリナが近づいてくる。さすがに第二王子に言われて、フランクの石化病を治す気になってくれたのだろうか。


 フランク様の病は治るし、メリナの本性を婚約者に暴露することもできた。

 でも、なにか大事なことがまだあるような……。


「あ!」


 突然大声を出したテレサに、部屋の中にいた全員の視線が集中する。


「……もしかして」


 ずっと、メリナの異能は石化病を治すことだと思っていた。いや、思い込まされていた。


 だけど。


「貴女の異能は、人を石化病にすることなんじゃないの?」


 メリナがいる場でしか発症しない石化病。それを治すことができるメリナの異能。

 そのせいで、石化病が何なのかは全く分かっていない。


 全く分からない病を治すことができる異能が、突如発生するものだろうか?


「貴女は人を石化病に……身体の一部を石にすることができる。そして異能の効果を消すことで、病を治しているように見せかけてたんじゃないの?」

「何を馬鹿なこと言うのよ、気持ち悪い怪力女がわたくしに……!」


 そう叫んだ後に、メリナはオットーの存在を思い出したようだった。悔しそうな顔で唇を噛み、握った拳を震わせている。


 人に影響を与えるタイプの異能は、本人が能力を解除するか、本人の意識がなくなれば効果が消える。


 だとすれば、メリナに頼まなくたって、フランク様の病は治るはずだわ。

 そもそも石化病は、放っておけば治るものじゃないかしら。メリナが意識を保っていられる時間は限られているもの。


 とはいえ、この状態のフランクを放っておくわけにもいかない。

 テレサはフランクを近くのソファーまで運び、そっと寝かせた。


「メリナ」


 名前を呼ぶと、メリナはゆっくり顔を上げた。テレサを見つめる瞳には、怒りの炎が燃えている。


「ずっと見下してきた姉に、婚約をめちゃくちゃにされる気分はどう?」

「このっ……!」


 テレサを口汚く罵りたいのだろうが、オットーの前では躊躇われるのだろう。そんなメリナを見ているだけで、少しだけすかっとした。


「今まで散々、私のことを虐めてくれたわね」


 しかも、聖女だなんだと持ち上げられて、周りはテレサを悪く言うメリナのことを信じ続けてきた。


 どんな仕返しをしたって、メリナのことを許すことはできない。

 だが、だからといって、仕返しをしないでやれるほど優しくも温厚でもないのだ。


 ぎゅ、と拳を握る。テレサの拳を見て、メリナは顔を真っ青にした。


「ま、まさか……!」

「そのまさかよ。たっぷり殴ってあげる。もし私を石化したって、石の拳で殴られるだけよ。病の進行速度より、私の拳の方がずっと速いもの」


 にっこりと笑って、メリナに近づく。


 今までの恨みは、拳一発じゃ足りないわ。


「覚悟しなさい、メリナ!」


 そう言って、テレサはメリナに殴りかかった。

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