第41話 作戦開始

「いつまで黙ってるの? ずっと黙ってたって、石化病は治らないわよ。わたくしにしか治せない病だもの」

「……このまま病が進行したら、どうなるの?」


 テレサの問いに、メリナはさあ? と首を傾げてみせた。


「わたくしだって知らないわ。今まで、治さなかったことなんてないもの」


 今まで、メリナは数多くの王族や貴族の石化病を治してきた。

 彼女が治せなかった石化病はない。だから、本当に石化病が悪化すればどうなるのかが分からないのかもしれない。


「ただの石になるんじゃないの?」


 お姉さまのせいでね、と付け足してメリナは高らかに笑う。テレサが俯けば、さらに機嫌をよくしたようだった。


 このまま落ち込んでいるふりをすれば、きっと時間はどうにかなるわ。


 それにしても、なんで神様はこんな女に石化病を治す異能を与えたのかしら。

 意地の悪いメリナが聖女だなんて、信じられない。


 そもそも、石化病なんて昔はなかった。

 石化病が騒がれるようになったのは、ここ数年のことだ。


 確か初めて石化病患者が出たのは、バウマン家で開催されたメリナの誕生日パーティーよね。

 メリナに贈り物をくれた招待客の手足が急に石になって、慌てたメリナが泣きながら触ったら元に戻って……。


 当然誕生日パーティーには参加させてもらえなかったから、現場は見ていない。

 しかしその日以降、メリナが聖女と呼ばれ、ちやほやされるようになったのを覚えている。


 ふと、カーラのことを思い出した。触れるだけで異性を魅了することができる異能を持った少女だ。


 彼女のように、対象に触れたことで効果を発揮する異能を持つ者は多い。

 枯れた花を咲かせるというフランクの異能だって、対象に触れて発動するはずだ。


 メリナの異能はおそらく、石化病患者に触れることで病を治すこと、よね?


「お姉さま、黙り込んでどうしたの? まさか泣いてるの?」

「……泣いてないわ」

「それなら、さっさと契約書にサインしてくれないかしら。なんだかわたくし、疲れてきちゃったもの」


 あくびをしたメリナが椅子に座る。

 気づいたら、それなりに時間が経過していたようだ。フランクの身体はもう、半分近く石になってしまっている。


 カーラの異能は、彼女が眠ったり、意識を失うことで効果が切れるものだった。

 対象が人間である異能の効果は、基本的に長続きはしないものだ。


 けれど、メリナの異能は長く持つわよね?

 メリナが治した患者がまた石化病になった、なんて話は聞いたことがないもの。


 世間が言うように、メリナが特別な聖女だからだろうか。


「ねえ」

「なに? ようやくサインする気になった?」

「そうじゃなくて、聞きたいことがあるの」

「なによ」

「どうして、フランク様が石化病になると分かったの?」


 一瞬の沈黙の後、テレサは盛大な溜息を吐いた。


「そんなこと、お姉さまに教える義務はないわ」


 そうよね。私だって、教えてくれるとは思ってなかった。

 だけど、考えてみれば不思議なことがたくさんあるのよ。


 どうして、メリナはフランク様が石化病にかかることが分かったの?

 どうして、石化病はいつもメリナの近くで発症するの?


 これじゃあ、治しているというより、むしろ……。


 なにか大事なことに気づきそうになった時、部屋のドアノブがわずかに動いた。

 一瞬のことでメリナは気づかなかったようだ。


 クルトさん、戻ってきたのね。


「メリナ、お願いよ。フランク様を治して」

「ようやく契約書にサインする気になったのかしら?」

「……それはできない。でも、姉として頼むわ。お願い、フランク様を治して」

「姉として?」


 メリナは目を吊り上げ、驚くほど大きな声で笑った。


「何を言うのかと思ったら。貴女のことを姉だと思ったことなんて一度もないわよ。ただのおもちゃだわ」

「……メリナ」

「なのにやたらと反抗的なんだもの。どれだけ嫌がらせをしても、心は折れないんだから、面倒だったわ」


 盛大な溜息を吐いて、メリナがどんどん近づいてくる。


「母親が死ねば、さすがにおとなしくなると思ったのに。家を出て楽しく過ごしてるなんて……そんなの、絶対に認められないわ」

「なんで、そんなこと言うの?」

「決まってるじゃない。お姉さまが大嫌いだからよ。ほら、その男を助けてほしかったら、さっさとわたくしの奴隷になるサインを書くことね」


 メリナが言い放ったその瞬間、テレサは顔を上げてにっこりと笑った。

 予想外の表情に目を見開いたメリナが次の言葉を発するよりも先に、扉が派手な音を立てて開いた。


 そこに立っていたのは、黄金色の髪を持つ爽やかな青年……メリナの婚約者である、第二王子だった。

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