第39話 石化病

「こちらです!」


 クルトに腕を引っ張られ、応接間へと入る。ぐったりとした様子のフランクが横たわっていて、彼の手足は灰色になっていた。

 息を呑み、そっとフランクの手に触れる。硬い感触は、間違いなく石だった。


「これ……」


 もしかして、これが石化病というものだろうか。

 手足が石になり、石化部分がだんだんと広がっていく、メリナにしか治せない病。


 でも、どうして?

 石化病にかかるのは、一部の王族や上級貴族だけだったはずなのに。


「テレンス……」

「フランク様!」


 身体が重たいのか、フランクは起き上がることもできないようだ。そんなフランクを見て、クルトが泣きそうな顔をする。


「テレンスさん。もしこれが、例の石化病だとしたら……フランク様は、どうなってしまうのでしょう?」


 今まで石化病になった人たちは皆、すぐにメリナの治療を受けて回復している。そのため、石化病が悪化した場合、どうなってしまうのかは分からない。


 全身が石化してしまったら……フランク様は、どうなるの? 生きていられるの?


 最悪の事態を想像すると身体が震える。もしフランクがいなくなってしまったら、これからどうすればいいのだろう。


 バウマン家から逃げ出し、フランクに出会った。そのおかげで今、テレサは毎日楽しく過ごせている。


「……石化病を治せるのは、メリナだけ……」


 呟いた瞬間、先程のメリナの言葉を思い出した。


『お姉さまはどうせ、自分からバウマン家に戻るわ。わたくしには分かるもの』


 言われた時は、そんなわけがないと思っていた。


 もしかしてメリナは、フランク様が石化病になることを分かっていたの?

 だから、その病を治すために、私が必ずバウマン家に戻ると思っていたの?


 母親の遺体を人質に嫌がらせをしようとするような女だ。病人を人質にとって、言うことを聞かせるくらいのことは考えるだろう。


「テレンス、無理をするな」

「え?」

「俺を治すために、バウマン家へ行く必要はない。そんなことをすれば、お前がどうなるか分からないだろう」


 真っ青な顔で、辛そうに息をしながら、それでも必死にフランクが言葉を紡いでくれた。

 いつもみたいに、とにかく助けてくれ! なんて叫べばいいのに。


「……年上の男と結婚させられそうになったと、言っていただろう」

「はい。まあ、それは破断になったらしいですけど」


 秘密を打ち明けてから、フランクにはいろいろな話をした。テレサが何も言わなくても、あれこれとフランクが聞いてきたのである。


「嫌だと思ったんだ、そんなの」

「フランク様……」

「石化病が進行したって、死ぬとは限らないだろう」


 そう言うと、フランクは目を閉じてしまった。呼吸がどんどん荒くなるのに比例して、石化部分が少しずつ広がっていく。


 ただ身体が石になるだけじゃなくて、きっと、体力も奪われてしまうんだわ。


「クルトさん」

「はい!」

「馬車の手配をお願いできますか?」

「……いいんですか?」


 泣きそうな目で見つめられ、はい、とテレサは頷いた。

 元々、迷いなんてない。


 フランク様を守るって、私は決めたんだもの。


「バウマン家へ向かいます」

「テレンス!」


 慌てて叫んだフランクに近寄り、そっと抱きかかえる。石化のせいで、フランクの身体はかなり重たい。そして、どんどん重くなっていく。


 私じゃなかったら、運ぶのすら難しいはずだわ。


「クルトさん、早く」

「分かりました。すぐに馬車を呼んできます!」


 クルトがどたばたと屋敷を出ていく。テレサの腕の中で、フランクが不安そうな顔をした。


「……テレンス」

「大丈夫ですよ。絶対、治してあげます」


 と言ってはみるけど……どうするべきかしら。

 フランク様を治してほしいと頼んで、素直に直してくれるような妹じゃないのは確かだわ。


「テレンスさん、馬車の用意ができました!」

「分かりました。すぐに行きます!」


 まだ考えはまとまっていないが、ずっと迷っているわけにもいかない。フランクの石化病は、どんどん悪化しているのだから。





 バウマン家に到着する頃には、フランクの石化病はかなり進行していた。手足の半分が石になっていて、もう自分の意志で動かすことはできない。


 馬車から下り、テレサは門番の前に立った。


「開けて。メリナに用があるのよ!」


 抵抗されるものかと思っていたが、門番はあっさりと門を開けた。


「メリナお嬢様がお待ちしております、どうぞ」


 感情の込められていない平坦な声は、昔と何も変わらない。テレサへの態度については、メリナが散々言い聞かせているからだ。


 大きく息を吸い込み、バウマン家の屋敷を見つめる。

 もう二度と戻ってくることはないと思っていたこの場所に、自ら戻ってくる日がくるとは。


 メリナが言った通りになったわね。

 でも、絶対、メリナの希望通りにはさせないわ。

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