たんぽぽとレンゲソウ

まどろみカーニバル

月曜日を覚えている。

こうかがくすもっぐで学校は半ドンですんだ。


半ドンはお父さんの口真似でつかっている。なんか音がかっこいい。


下駄箱で外ばきに履きかえる。とんとんとつま先をうつと「いてっ」とこえがでる。足のおやゆびからふとももの裏に電気がはしった。


ぺたんとコンクリートタイルの上にあぐらをかくと、おしりがひりりと冷たくて手足にサブイボが出た。


泥だかフンだかわからない色がついま上ぐつをもたもたしながらぶんっと足から抜く。一年は履いたであろう元は白いくつしたの先にちいさく赤いしみができていた。やっぱりくつしたのあなは縫うもんじゃあないなと思うと同時にひだりの奥歯が強烈にかゆくなる。

のちにわかるがストレスを感じると奥歯の神経がひすてりーを起こしていたのだ。

いつも心はメーデーメーデーである。


そんなことを知る由もなく「つぎはもっとうまく縫わなきゃダメだね」と誰もいない下駄箱で口にだす。

青緑の影がおちる下駄箱は静かでため息の温度を感じた。


「んしょっと!」

とりわけ元気よく跳ねるように立ち上がり上ぐつを履く。5月まであと数日あるけれど今日はとりわけあつく感じた。

ランドセルの肩ベルトをギュッとにぎって歩く。あんたはそそっかしいから物を無くさないように、余計な金はないからな!ったく。とほぼ毎日いわれていたから、無くさないようにギュッと強くにぎる。


空を見上げてぽかーっとくちをあけて歩いていたら小さな虫が口に入った。怒られるけどトレーナーの袖で舌を拭く。ハンカチを忘れてしまったからしかたない。


住んでるアパートの二つ隣にでっかくて広い空き地がある。ここに入るのが毎日の楽しみだ。

黄色いたんぽぽのなかに白い綿毛の子がいる。これをみるととてもしあわせな気持ちになる。なぜかはわからないけど心がうれしいと感じるんだ。


肩ベルトから手を離すと手のひらが汗ばんでギタギタしていた。指を広げるとちょっと痛い。ランドセルはまだ2年目なのに肩ベルトのやや上の方はひび割れみたいに細かい皺がびっしりとついている。おかげでいちども無くしてないしわすれてない。ギュッと握れば無くさないね。


微かにひりつくちいさな手で綿毛のたんぽぽをひきぬ、けない。かたい。なんてかたさだ。なんか変な水が出てくるしカメムシみたいなにおいがする。ぜんぶの奥歯をひすてりっくなかゆみが溢れてくるが、ぴんと電球マークをひからせた。「そーだっ」ちいさいてのとてもちいさくてまるい爪でたんぽぽの茎をじゃじじゃじとこする。もう片方の手でたんぽぽをぐいーんとななめうえにひっぱる。


くきからへんなくさい水がいっぱいでて袖もくさくなったしもやしのおいしくないところみたいなすじがびよびよでて見た目がバッタの足みたいだ。けど収穫かんりょう。

急いで家に帰ろうとドタドタ走り出した時に「いてっ」とこえがでた。それでも泣かないで走る。


首からさげた鍵で玄関をあけようとしたらあかなかった。がちゃりと左へまわす。がちゃんと右へまわす。めがうおうさおうして頭がチカチカとビリビリであついしさむい。身体が石みたいになっていたらガチャっとドアが開いて「そんなに鍵で遊んだら壊れるだろう!はよ入れ。ったく」とぐいぐい母に家に入れてもらえた。


「帰ったら何て言うんだ?」

はっとして言う。「ただいま!」「あのね、あのね!わたげになってた!黄色い子もいるよ!でもねでもね!白い子見て!見て!」

どっどっとむねが弾む。綿毛は床にはらりと少し落ちた。

「きたねっ。うわ臭え。おい袖…ったくよぉ!あ?おいランドセルどーした?」

はじめてランドセルをわすれた。

いなずまのようにいえをとびだした。

鈍足でもはしってはしって、じぶんへのいかりなのかくやしさなのかわからない半端ないひすてりーが頭をびかびかにしながら、はしった。

ランドセルはくさはらのなかでじっとしていた。「ごめんね」

「ごめん」

「ごめんなさい」

一人でたくさんいうとベタベタの涙がとまらなかった。

たんぽぽはたくさんあってとてもきれいで。

こうかがくすもっぐがなんなのかわからないけど半ドンだったんだ。昼から少しななめになったの太陽の下でべしょべしょになりながら自分の髪をひっぱって、声をころして泣いた。



朝ごはんをたべた。たべたものは片付ける。これをやるとお母さんは楽できる。親を楽させる、それが親孝行だと大人たちは教えてくれた。


はっとした。寝る前にテレビ台に置いた白いたんぽぽがいなかった。そこだけほこりがないから夢じゃないんだと実感する。


がっこうへ行かなきゃだけどあながあいてなくて痛くないくつしたを探してたらチコクする時間になってしまった。ランドセルの肩ベルトをとてもギュッと握って少し早足で家を出る。「いってきます」をいうと「いってらっしゃい、きーつけてな」と母が見送ってくれた。うれしくてヘラヘラ笑ってご機嫌さんで玄関を出るとすぐにガチャンと音がした。この時はそのいみをかんがえたことがなかった。それでも耳はずっと今もおぼえている。

ずっと今も鮮明に覚えている。


大きな川の横のくさはらにレンゲソウがいた。はなかんむりというものを作ってみたいな。そうしたらすてきな王子さまにいっしょに暮らそう結婚しようっていわれるかもだ。お母さんとお父さんに大きな家にすんでもらえて白くておおきな犬がほしいってお母さんが言ってた。お父さんはカメラのフィルムをなにかしたいって言ってた。ドラムを叩くぼうおんしつが欲しいって言ってた。


レンゲソウのはなかんむりってどうやってつくるんだろうか。わかんないけど作ってみよう。

今日も空は青くてでっかくてずっと頭の中でおおきな隕石がたくさんたくさんふってくる妄想をしながらすり足の牛歩で学校へ向かった。


火曜日はゴミの日だ。

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