魔女のキケンなチョコレート

貴良一葉

本編

 今、私が住んでいる人間の世界には、〝バレンタインデー〟なるものが存在する。

 なんでも女子が好いている男子にチョコレートを贈り、気持ちを伝えることができる日のようで。


 そんなものなくたって、好きに思いを伝えて付き合っちゃえばいいのに。

 人間って、へーんなの。


「って。そう言う杏だって、チョコレート作ってるじゃん」

「うーるーさーい。使えるもんは何でも使うわよ」


 隣でごちゃごちゃ五月蠅い親友の乃羅のらを黙らせ、大きな釜の中で煮えたぎる茶色の液体をかき混ぜた。ま、私が作るものなんてタダモンじゃないけどね。


「じゃっじゃーん! 奮発して買ったホ・レ・ぐ・す・り。これでもう有都あると様はイチコロよ」


 ドヤ顔で小瓶を見せると、乃羅は盛大な溜め息を吐いた。


「もう好きにしな。でも有都アイツって、なんとなーく魔術師っぽくない?」

「まさか。そうなら分かるよ、だって私たち魔女じゃん」

「……あんたって本当お気楽ね。バレたらどうしよう、とか思わないの?」


 そう言いながら小瓶の中身をドボドボ入れる。

 あ、これって数滴でいいんだっけ。うん、まいっか☆


 乃羅が言うには、有都様からは魔術師特有の匂いを感じるらしい。

 私だってそれくらい分かるけど、これまで一度もそんなの感じたことないから、乃羅の気のせいだと思うけど。


 あっさり話を進めているけれど、実は私たち魔女なのです。


 魔女の世界では、齢十六になると修行のため人間の世界で生活をする決まりなのだ。勿論、人間たちにはそのことは気づかれてはいけない。

 私と乃羅は幼馴染みでずっと一緒だったから、修行も一緒に行こうと決めていた。だから通ってる高校も同じだし、何の不安もなかった。


 そうして毎日楽しく穏やかに過ごしている時、私は出会ったのです……!

 白馬に乗った王子様ってヤツに!!


 有都様は高校でも有名な秀才同級生で、色白で薄茶のサラッサラな髪が靡き、目鼻立ちも整った完璧超絶美男子パーフェクト・フルスペック・イケメンなのです。

 クラスは違うけれど、廊下ですれ違った時に私が落としたハンカチーフ(授業中眠っていても気づかれない魔法を施したブツ)を拾って下さって一言。


『落としましたよ、麗しき杏嬢』


「あぁあああ~! なんちゃって、なんちゃって、なんちゃってー!!」

「あぁ、また妄想が始まったわ」


 実際言われたのは「落としたぞ、君」らしいけど、知らないわそんなの。

 だって仕方ないじゃない。魔女の世界には魔女、つまり〝女〟しかいないんだもの。あんなキラキラ男子に出会ったら、恋に落ちない方がおかしいわっ。


「だから乃羅の方が変!」

「はいはい。私は男にゃ興味ないよ」


 乃羅は顎杖をつきながら、私が作ったトリュフを口に放り込んだ。

 魔女同士が作ったものを口にしても、相手には魔法は一切効かない。でも乃羅は口にした瞬間に、気分が悪そうにティッシュにそれを吐き出した。


「ウェ~……あんた砂糖入れすぎじゃない? 超甘いんだけど」

「しょうがないじゃん、薬入れ過ぎちゃったんだもん」


 呆れて顔を引きつらせる乃羅をさて置き、鼻歌交じりにトリュフを作り終えた。

 ささ、待っててね有都様! 私の毒……じゃなくて愛で、メロメロにしてあげるんだから!!




 バレンタイン当日。

 案の定、有都様の前にはチョコレートを渡す女子による、長蛇の列ができていた。


 目の前でこれを食べさせたい私は、有都様がお昼は屋上で必ず一人で食べていることを調査済みであり、焦ることなく午前中を終えた。


 そして運命のランチタイム。


 乃羅を見張り役で連れ出して、私は屋上の階段を駆け上がった。扉を開けると、調べどおりそこには優雅にお弁当を口にする有都様の姿。

 あぁ、何て神々しい……後光で目が眩むわ。


「あーるーとーサマっ!」

「やぁ、杏。こんなところに珍しいね」


 ほらっ、ほら! 私の名前、覚えてくださっているわ!

 自分の妄想で既に名前を呼ばれたことになっている私は、気にも留めなかった。


「ふふーん。実は有都様にトリュフを作って参りましたの。お口に合うかどうか……心配なので、ここで召し上がっていただけます?」

「へぇ、嬉しいよ。じゃあ早速いただこうかな」


 可愛らしく施したラッピングのリボンを解き、小さな箱の中に並んだ六粒のうち、一粒のトリュフを手にして彼は口に放り込んだ。

 あれだけ惚れ薬をブチ込んだのだから、一粒で十分な威力を発揮する、ハズ!


「どどど……どうですか? 何かこう、感じません?」

「うん、そうだね杏。僕は君を……」


 苦しそうな瞳で見上げてくる有都様に、胸が張り裂けそうにキュンキュンする。

 あぁっ、そんな見つめられたら私!


「規定違反で魔女のボスマジカルマザーに報告するよ」


 …………はい?


 呆然とする私の前で、有都様は手をかざしてコウモリを出現させたのだ。

 その様子を扉の隙間から見ていた乃羅が、血相を変えて走ってきた。


「やっぱり、あんた私たちを見張る監督生ね?」

「あぁ、杏と共にこの高校に通っている乃羅だね。その通り、僕も魔術師だよ。魔女が監督生だと顔が割れてるから、僕らにこの仕事が回ってくるんだ」


 え……、えぇえぇえぇえぇえーーーーー!?


「そんなぁっ。やだやだ! 嘘って言って、有都様ぁ!」

「ん~。そうしたいけど、規定違反しちゃってるからなぁ、君」


 本来この修行は、魔法を使三年間で人間社会を学び、己の経験値を上げることが目的なのだ。ところが彼の言うとおり、私は思いっきり規定違反をしていた。

 勿論知っていたけど、まさか監督生がいるなんて思わないじゃない。


「ってことは、杏のハンカチを拾った時に目をつけたわけ?」

「悪いけどそうだね。この学校では多くの魔女を見たけど、ここまで盛大に魔法を使っていたのは君が初めてだよ」


 監督生であれば誰が魔女であるのか知っているのは当然。だから私の名前を知っていたのだ。私が有都様を魔術師だと見抜けなかったのは、監督生である故に魔女に気付かれないよう匂いを消し去っていたらしい。

 それなのに気付いた乃羅の嗅覚は異常だと彼は笑いつつ、報告書を書き終えてコウモリの足に結びつけた。これが魔女界に到着すれば、私は規定違反でお咎め。修行終了即退去である。


「お、お願いします、有都様! 何でもしますから、今回だけ見逃して下さい!」


 縋り付く私に有都様が困ったように頭を掻いた時、プシュー……という音がして彼の顔をピンクの煙が纏った。それが引いた時、有都様は半笑いの状態でフラついたかと思うと、ビターンと前に倒れて伸びてしまったのだ。


「の、乃羅!?」

「ふ~。自分を信じて用意しといて良かったわ、魔術師撃退スプレー」


 そんなのあるん……!? 乃羅スゴすぎ。

 単純に私は感激してしまった。


「申し訳ないけど、目が覚めたら私たちの記憶は一切なくしてるよ」


 乃羅曰く、先ほどのスプレーには私に関する記憶は有都様から全て消えてしまうらしい。確かにそれなら私が規定違反したことは勿論、私が魔女であることすら知らないことになる。

 そっか……忘れられちゃうんだね、私。仕方ない、自分の不手際だもの。


「男に関わるとロクなことないね。ほら、行くよ杏。元気出して」

「ありがとう、乃羅。これで私」


 差し出された乃羅の手をギュッと握り、彼女を見据えた。


「堂々と有都様を惚れ薬にかけることができるのね!?」

「は……はいぃ?」


 私が魔女であると忘れたということは、私が魔法を使うとはもう思われないということ。これで規制違反を疑われることなく魔法が使えるというわけ。

 さっすが乃羅、持つべきものはできた親友ね!


「そうと決まればもう一度! モリモリのガンガンの惚れ薬入りチョコを作って、有都様に再アタックよ!」

「おーい、杏。ちょっと、聞いてる? おー……ダメだこりゃ」


 ヤル気満々の私の背中を見つめ、渋々私の後ろを歩く乃羅でありました。

 なお、この高校には有都様の他にも監督生がいて再び大ピンチが訪れるのは、また別の機会にお話するとしましょう。


 だって今日は楽しい嬉しいバレンタイン、なんですから。

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