第6話
「電気復旧してるな。停電してたんだろ?」
サヨリが安堵した表情を浮かべてリビングに足を踏み入れる。鞄を置き、水色のシャツをハンガーに掛けてから、どかっとソファに腰を下ろした。スクワットをしているわたしを見つめ、首を傾げる。
「何してるんだ?」
「スクワット」
「見りゃわかる。なんでこのクソ暑い中、そんなことをしているんだって訊いてんの」
「自分磨きだよ。サヨリにもっと、わたしのことを、好きになってもらおうと、思ってね」
「お、おう……」
普段、運動をしていないから腰がきつかった。息苦しい。
五十回までカウントしたところで、ソファに腰掛ける。
わたしは汗を拭いながらサヨリに訊いた。
「どこに行ってきたの?」
「喫茶店だよ。男友達と遊んできた」
「二人で?」
「ああ。推しのアイドルが被ってるから、今度、二人でライブに行くことになった」
「ふーん……」
自分の爪を見下ろす。ネイルをしよう、と思った。
「そうだ」
サヨリが腕を組む。キッチンの方に目を向け、口を開いた。
「アイスはどうなった? 無事か?」
「死なせた」
「おう……。そうか……」
サヨリは遠い目をした。ショックを受けているのかもしれない。息苦しさを感じた。ごめんね、と謝ろうとしたところで、
「ま、しゃーない。停電だったからな。落ち込むなよ」
「うん……」
サヨリは気を取り直すようにして伸びをした。それから鞄を手元に引き寄せる。中から袋を取り出した。
「実は今日、お菓子を買ってきたんだ。一緒に食べようぜ」
笑顔で提案され、わたしは強い意志を込め、「やめておく」と告げた。
「何だって?」
「やめておく。ダイエット始めたからね」
異星人を見るような目を向けられる。顔が強張っていた。
「どうした? 熱中症のせいか? アイスのことなら気にしなくても……」
「わたしはまともだよ。頭が変になっているわけじゃない」
サヨリに指を突き付ける。
「もっと惚れさせるために頑張ることにしただけだから」
きょとんとされた。
わたしはソファから立ち上がった。頭の上に、はてなマークを浮かべている恋人を無視して、自分の部屋に引っ込んだ。ぱちん、と頬を叩く。
サヨリの興味が他の女子に移行している。今の状態で、それを止めるのは難しいだろう。だったら、もっと自分を磨けばいい。そうしたら、サヨリを引き留められる可能性が上がる。
スマホのメモを見る。これからの、やるべきことリストを作っていた。
「よーし、やるぞ」
自分に気合を入れ、ガッツポーズを取った。
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