人付き合いが苦手な女。図師真純のお悩み(後編)

 図師真純ずしますみは、山本康介やまもとこうすけと一夜を過ごした後、正式にお付き合いすることになった。

 週末はどちらかの自宅に泊まり、翌朝は一緒に買い物や映画館などで過ごしていた。

「ねえ。康介」

 付き合って一ヶ月経った頃、ベッドの上で、図師は聞いてみる。

「まだ、八乙女さんのことは好き?」

 図師の質問に、山本は慌てた。

「ば、馬鹿なこと言うなよ。好きじゃないよ。元々」

 彼女は嘘だと直感した。図師と付き合う流れになっていなければ、八乙女を狙っていたのは明らかだ。

「あれ、そうなの。なんだ、勘違いかぁ」

 嫉妬心をおくびにも出さない。

「変なことを聞くなよ。好きなのは真純だけだよ」

 彼は口で彼女の口を塞いだ。軽いキスではなく、舌を絡ませるキスだ。

(そうやって、他の女にも、キスで誤魔化してきたんでしょ)

 図師は内心そう思いながらも、第二ラウンドを開始した。


 *


 山本と恋人関係になって二ヶ月が経つ。仕事も恋愛も順調で、道具を貸してくれた謎の少女に図師は感謝していた。

 ある日、退勤後に「相談がある」と八乙女に声を掛けられ、二人は居酒屋に入った。

「どうしたんですか? 相談って……」

 生ビールを注文後、図師は聞いた。

「じ、実は」

 八乙女の顔は青ざめていた。メイクで誤魔化してはいるが、肌艶もよくない。

「最近、私の借りているマンションで、おかしなことがあって」

「おかしなこと?」

「ええ」

 八乙女は挙動不審に店内を見渡し、小声で言う。

「ポルターガイストが発生しているの。夜、寝ようとすると、どこかガタガタ鳴ったり、女の悲鳴のようなものが聞こえたり……」

 彼女は両腕を擦った。

 図師は目を丸くし、

「え、本当ですか? 怖い」

 と言った。

「それが原因で、夜、ほとんど眠れなくて」

 八乙女は目をこする。心身共に疲労困憊していた。

「でも、私、住職でも神父でもなんでもないから、怪奇現象に対処できませんよ」

「それはいいの。ただ、今夜、図師さんの家に泊めてくれないかしら」


「いいマンションね」

 図師の自宅玄関に入るなり、八乙女が言った。

「物が置いてなくて、殺風景な部屋ですけど。こちらどうぞ」

 図師はスリッパを渡した。

「お邪魔します」

 リビングに入り、八乙女は力なく椅子に座る。

 図師は、キッチンにある山本とお揃いのコーヒーカップを隠した。社内恋愛のため、付き合っていることを公言していない。

「何を飲みますか?」

 図師が聞くと、

「じゃあ、ビールで」

 と答えた。

 さきほどコンビニで、八乙女のお泊まりメイクセットを購入するついでに、アルコールや珍味などを買ってきたので問題ない。

「どうぞ」

 図師はグラスと共に缶ビールを八乙女に渡す。

「ありがとう」

「私は、紅茶にしますね」

 図師は対面で座った。

「あなた、変わったよね」

「そうですか?」

 図師は可愛らしく小首を傾げた。

「昔は、言っちゃ悪いけど根暗な感じだった」

 八乙女はスルメを口に入れ、咀嚼する。

「けど、今は明るくて社内の人気女子になっている」

「ありがとうございます」

「課長も部長もデレデレだしね」

「あはは」

 図師は笑った。部長のいやらしい目つきは好きではない。

「あのさ」

 八乙女がとろんとした目で言った。

「はい?」

「山本さんとは付き合っているの?」

 ストレートな質問で、図師は紅茶を噴き出しそうになる。

「え、あ、はい」

 否定するのもおかしいので、首肯した。

「そっか。私、途中まで、いい感じだったんだけどな。取られちゃったね」

 八乙女は吐露した。酔っているせいなのか。それとも、ポルターガイストで精神的に弱っているせいなのか。

「そんなことはありませんよ。まだ、八乙女さんのことが好きかもしれません」

 図師は微笑んだ。

「やめてよ。そんな慰め、いらないよ」

 八乙女はテーブルに突っ伏して、泣き始めた。図師は傍に行き、落ち着くように彼女の背中を撫でる。

「私、こう見えても頑張っているの。努力しているの。八方美人って陰で馬鹿にされることもあるけど、あいつらより努力しているわ」

「わかります」

 図師は優しく肯定した。


 *


 八乙女はそのままテーブルで寝てしまった。

「大丈夫ですか?」

 図師は軽く揺すってみるが、起きる気配はない。スース――と寝息が聞こえる。

「寝ちゃったね。子供みたい」

 図師は目を閉じたままの八乙女に語りかける。

「ポルターガイスト、大変だったよね。でも、

 ふふっと彼女は笑った。

「八乙女さんのマンションに一緒に行っているけど、あの時にあなたにバレないように設置するの、苦労した」

 ベランダの窓を開ける。気持ちのよい夜風が彼女の頬を撫でた。

「社内にも、康介の前にも、八方美人は二人もいらない」

 図師は八乙女を肩に担ぎ、ベランダへ移動する。

「さようなら」

 八乙女は落下し、肉が潰れる音がした。


 *


「うわー。女って怖いですね」

 太が言った。ディスプレイには図師と八乙女の一部始終が映っていた。

 纏は首を捻る。

「はたして、この後、うまく行くものかしら?」

「パンパンパパパパーン」

 太がやぶからぼうに擬音を連呼した。

「なによ。突然」

 纏は太のでっぷりとしたお腹を小突いた。

「パン! トースターで焼いているの、忘れてました!」

 ドタバタと部屋の奥に行く。

「ああ。タイマー長くし過ぎた! 焦げすぎぃ!」

 という声が聞こえてきた。

「はあ。ロマンスの欠片もない男ね」

 纏は嘆息した。

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