57.姉弟競争
姉上の突然の宣言に皆が言葉を失った。
……俺はなんとなくそんな気がしてたけどね……。
次に言葉を発したのはディーガンさんだった。
「で、では、リンシアさんはこのペグルナットで冒険者になると……?」
「ええ。そのつもりですけど、問題は無いですよね?」
「規定としては何の問題もありませんが……」
「よし!じゃあ、早速冒険者登録してもらって、私はラディーと一緒に迷宮制覇を目指しますっ!」
姉上がディーガンさんに向かって高らかに言い放った。が……。
「待ってください、姉上。俺は姉上とパーティーを組みませんよ?」
姉上が俺の方に振り返り、信じられない物を見るように大きく目を見開いた。
「なんでぇぇ~~!?なんでだよぉ〜、ラディー?」
凄い勢いで俺の肩を掴んで、激しく体を揺らす姉上。体の揺れが収まってひと呼吸おいて、俺が話し出す。
「俺は強くなる為、一人前の剣士になるために迷宮都市に来たんです。それなのに姉上とパーティーを組んでしまったら意味がありません」
「そんなぁ……。姉ちゃん……邪魔しないよ?ラディーの戦闘の邪魔とか絶対しないから!ラディーの横にいるだけでもいいんだよ?」
「だったら同じパーティーにいる意味がないんで、ヤメてください」
姉上が泣きそうな顔で俺を見る。
周りが姉上の駄々っ子ぶりに引いているのが分かった。うん、予想通り。
半泣きになっている姉上に更に、
「とにかく俺は姉上と一緒のパーティーにはならないので、メンバーは自分で探してください」
「ふへぇぇ~……」
【女傑英雄】とは思えない情けない声を出して姉上が肩を落とした。
皆がドン引きしている中、このブラコンぶりには多少耐性のあるアティアが姉上を励ます。
「リンシアちゃん。同じパーティーは無理だけど、ギルドとかでラディーと顔を合わす事とかは出来るから……ね」
「ふぅぅ~……アティアぁ……」
姉上が更に情けない声を上げる。【女傑英雄】の威厳も何も無いな……。
騎士団の小隊長に啖呵を切った同一人物だとはとても思えない。
更にウノーラさんが助け舟を出す。
「そうですよ、リンシアさん。同じパーティーは無理でも冒険者になればラディアス君にしょっちゅう会えますから」
ウノーラさんが俺に向かって片目を瞑った。
多分この人は姉上が俺に会えなくて駄々をこねてた所を何度も見ていたんだろうな。姉上の扱いに慣れてるような気がする。
口を尖らせた姉上が顔を上げた。
「…………分かった。ラディーと同じパーティーは諦める……」
姉上がなんとかその一言を絞り出した。
ホッとした表情のアティアとウノーラさんと目が合った。
……姉上が面倒かけてすいません……。
姉上がそのままディーガンさんに目を向ける。
「じゃあ、ギルド長。冒険者の登録はすぐに出来ますか?」
「え、ええ。もちろんですとも」
「よし!じゃあ、ウノーラ!すぐに登録するよ!」
「え!?あ、はい!」
姉上は勢いよく立ち上がると、ウノーラさんを引き連れて応接室を出て行った。
切り替え早っ!
嵐のような姉上が立ち去り、一瞬応接室が静かになったが……、
「だぁぁぁーー!!【女傑英雄】が迷宮探索するんかぁぁ〜!」
「ど、どうしたんですか?オルディアさん!急に?」
「どうしたもこうしたもないわっ!ラディー!お前の姉ちゃんが【女傑英雄】っていうのにも驚いたけど、冒険者になるってどないやねんっ!」
「どないやねんって言われましても……俺が決める事じゃないんで……」
「そやっ……分かってる!けどな……。早よせな迷宮制覇、追い抜かれてまう!こっちはまだパーティーメンバーもこの街に集まってないのにっ!」
「ああ……そういうことですか」
オルディアさんがキッと俺を指差す。
「ラディーもそんな悠長な事ゆってる場合ちゃうでっ!姉ちゃんに先越されてまうで」
うぐ……。確かにそれは困る……。
あの姉上ならあっという間に最下層まで行ってしまいそうだ。
ディーガンさんが笑みを浮かべて俺とオルディアさんに話し出す。
「ふふふ。いかに【女傑英雄】のリンシア殿が強くともこのペグルナット迷宮はそうそう制覇出来るものではありませんよ。数百年間、未だ最下層にたどり着いた者はいませんから」
俺とオルディアさん、アティア、パルネと目が合った。
そうだ。このペグルナット迷宮はまだ誰も制覇していない、最高難度の迷宮と言われている。
立ち上がってアティアとパルネを見る。
「アティア!パルネ!俺達も行くぞ!」
アティアとパルネを連れて応接室を後にした。
◇◇
ギルドのカウンターを見ると、姉上とウノーラさんが冒険者登録を終えたところで、ちょっとした人集りが出来ていた。
2階から下りてくる俺達に気付いた姉上が笑顔を見せる。
「ラディー!私は今から迷宮に潜るけど、ラディーも行くの?」
「もう迷宮に潜るんですか?」
「うん。体が少し鈍ってるからね。早く動かしたいんだよね」
そう言ってぐるぐると肩を回す。
いつの間にかカウンターに下りて来ていたディーガンさんが職員から姉上達の冒険者タグを受け取り、姉上に差し出した。
「おや?ではリンシアさんは今日は肩慣らしですか?」
「そうですね。ま、初日だし、迷宮がどんなものか見てきますよ」
「ほぅ。それではラディアス君の記録は越えるのは無理そうですね」
「ラディーの記録?」
姉上の動きが止まり、ディーガンさんがニヤリと笑顔を作る。
「ラディアス君が作った、登録初日の魔晶の持ち込み数の記録ですよ」
「へぇー……ちなみにラディーは初日にいくつ持って来たんですか?」
「251個ですね」
「ふぅ〜ん……なるほど……。さすがラディーだねぇ」
ニヤリと笑った姉上が俺を見る。
家に居た時に何度も見た、何かを企んでいるあの笑顔。
あの顔は完全に俺の記録を狙っているな……。
「ちなみにそれはラディー達は三人で達成したのかな?」
「いえ。この記録はアティルネアさんと二人だけですね」
「ふぅん。じゃあ私はウノーラと組むから条件は五分だね」
「そうですね」
姉上がカウンターから俺達の方に近付いて来る。
「ラディーは可愛いし、アティアも負けないくらい可愛いけど……この記録は姉ちゃんとウノーラで塗り替えてこようかな?」
「ご自由にどうぞ、姉上。俺達は15階層から下の探索に行きますので」
姉上が俺を軽く抱き締めて頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「まぁー可愛くないっ!でも可愛いいっ!ラディー!」
「…………もう行きますよ、姉上」
姉上を軽くあしらい、俺を抱きかかえている体から離した。お互いの視線が交差する。
「ここから競争だね、ラディー。姉ちゃんすぐに追い付くよ」
「追い付かせませんよ、姉上」
フッと笑った姉上が迷宮の入口へと歩き出す。そしてすれ違いざまに俺に向かって拳を突き出した。俺はその拳に無言で拳を突き合わせた。
……ここからは【女傑英雄】の姉上と競争だ。もちろん負ける気はない。
姉弟の迷宮制覇への競争が始まった。
女傑英雄の弟〜ブラコンの最強姉が英雄になってしまったので、弟の俺は姉に追い付く為に迷宮攻略目指します〜 十目イチヒサ @tome131
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