【31】伏魔殿の余興。

 

 そのあとはしばらく。

 ――アベル様と別れろ、私達は両思いだから引き裂くな、の一点張り。


 話にならないなぁ。

 もう帰ろう。


 帰ろうとしたら何かしてくるだろうけど。


 正直、男性が数人いたところで、私はどうにもできないですよ、シーグリッド。

 ……っと、だからこの薬か。なるほど。


「それにしても、私をお茶に誘ってくださったのは、こんな会話をする為ですか? ……とても楽しいティータイムとは言えませんね、帰らせて貰います」


 私は立ち上がった。


「……お聞き入れくださらないなら、仕方有りませんね」


 シーグリッドの顔が、スッと真顔になった。

 ……涙なくなってる。涙どこ行った。

 それがお前の令嬢第二形態か。


 そして、彼女が手をパンパンと2回叩くと、部屋の中にゾロゾロと数人の男たちが出てきた。

 ……どいつもこいつも令息風の装いなのに、表情がゲスい。


「待ちかねました、こっちは準備万端ですよ、シーグリッド令嬢」


 そう言いながらネクタイを緩めてるのは――アベル様の兄のリドリーじゃないの。


「……あなた達、知り合いだったの?」


「それはもちろん、将来のおにいさまですもの。アベル様を取り戻したい、と相談したら喜んでご協力頂けましたのよ?」


「アプリコット姫、先程はどうも。大丈夫ですよ、醜聞が新たに加わってもオレが責任を持ちましょう? オレはまだ独身です。……なに、きっとアベルよりはずっと『イイ』ですよ」


 うわ、ゲスッ!!


 この人、本当にアベル様と半分、同じ血が流れてるの?


 アベル様なんてあんなに……あんなに優しくて素敵で清涼感があって仕事に真面目で熱心で紳士な上におまけに容姿端麗でスタイルもいいし、そこそこ背も高いし、あ、そうそう逆にあの無表情さがちょっとたまらない時があるというか………いや、こんなこと考えている場合ではなかったし、私は一体何を考えてるのよ。


 とにかく、こいつはないわ。


「お待たせいたしましたわ、リドリー。さて、アプリコット様。これが最後です」


「何が最後なのかしら」


 もう、口上聞かなくてもいいだろうか。

 どうしようかな。

 予想はしてたけど、ここまでするならコイツラもタダで済ませては、ならない。


 もうこの時点で犯罪だからな。

 

「アベル様と別れてください。さもなくば、傷物として恥をかく事になりますよ。まあ既にもう傷物ではあるんでしょうけど」


 頬に手をあててフフっと笑うシーグリッド。


「……黙ってらっしゃるのは怯えていらっしゃるのかしら? フフ、大丈夫ですよ。そこのお茶を飲めばいい気分になれますことよ? あなたの醜聞は有名ですが……今回は他家の誕生日パーティですら利用して男と遊ぶ女……そんな新しい醜聞が追加されては、アベル様と別れるしかないですよね? しかも相手の1人は……アベル様のお兄様」


「いや、運がいいね……アベルの女で遊べるとは思わなかったぜ。一緒に楽しもうぜ、アプリコット」


 呼び捨てすんな。


 なるほど、やっぱり、ティーカップの薬は、媚薬……だな。

 私をそういう気分にさせ、男どもは元姫という強い立場の私に誘われて仕方なく……というシナリオだな!


「ね、皆さん、彼女にこのお茶を飲ませてくれないかしら、先程から手を付けてらっしゃらないので……」


 男達が、私の周りに集まってきた。


「……成る程、良い気分になれるお茶ですか。良いですね……それなら」


「――あなた達が飲むといいわ」


 私は、ドレスの中に隠して連れてきていた人形の中の一つ――『トゥルちゃん』を起こした。

 

 私はトゥルちゃんを空中に放り投げた。

 トゥルちゃんは、空中でムクムクと人型を成して大きくなっていく。


 ――しかして、その完成した姿を見た者たちは


「うあああああああああああああああああ!?」

「きゃああああああああああああああああ!?」

「いあ! いああああああああああ!?」


 部屋の中の人間が私以外全て、『SAN値直葬さんちちょくそう顔』――正気を失った顔になって悲鳴を上げた。


 『見た人が怯え正気を失う』

 これはトゥルちゃんの『仕様』みたいなものなのだけれど、それにしても――


 トゥルちゃんに対して、ちょっと失礼じゃない?


 可愛いのに。

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