【30】伏魔殿で出されたお茶は薬入り。


 シーグリッド=フェイン伯爵令嬢が借りている部屋へ、私は連れて行かれた。

 なかなか良いサロンだな。


「どうぞ、お掛けになってください」

「どうも」


 侍女がティーセットと茶菓子を並べて出ていった。


 ……ガチャリ。


 なんか鍵が閉まったような音がするナー。


「リコ~、その紅茶、リコのカップだけ、匂いがおかしいから飲んじゃ駄目だよ」


 結った髪の中からサメっちの小声が聞こえた。


 おおう、サンキュー、サメっち。

 だが、まさか初対面で薬を仕込んでくるとは思わなかったぞ。


 ……やたら手回しがいい。

 さては元々私をここに連れ込むつもりで計画立ててたわね。


 あの侍女もひょっとしたら、ナポレーヌ家の侍女じゃなくてフェイン家から連れてきた侍女かもしれない。


 サメっちが続けて言った。


「あとね、部屋の中に男の人の匂いがたくさんするよー。多分数人いる」


 ――ああ。

 もう何しようとしてるのか、わかるなぁ。


 私を薬でおかしくして、卑猥ひわいうたげをさせるつもりだ。

 こんな相手の個室へのお誘いなんて、ろくなことがない。


 シーグリッドが私を真正面からジッと見る。

 別にいいけど、不躾ぶしつけだなぁ……。


「本当にお可愛らしい方……アベル様が受け入れられたのも、わかります」

 

 ……まあ、自分の容姿が良いのは否定しない。

 ヒロインとヒーローの娘だもの、私は。


 それにしても最初だけだったね。

 アベル様の事をミリウス辺境伯、とちゃんと呼んでいたのは。


 態度を見るに、ミリウス辺境伯夫人が諦めきれない、というより諦めていないのだろう。


 この人、見た目は清楚で儚げな美人だけど中身はやっぱり真っ黒だ。

 ま、貴族令嬢あるあるだ。


 そして彼女は少しシュン、とした顔をして見せてきた。


「その、私とアベル様が、婚約する予定であったことは、ご存知です……?」


「そういえば先程、そのような話題が出ましたね」


「私……アベル様をお慕いしておりました……」


 そういうと、両手で顔を隠し、しくしく泣き始めた。


「そうですか。あなたはお美しいですから……今は【別の縁談】が舞い込んでいらっしゃるのでしょうね」


 私は別の縁談、というところを強調させて頂いた。


 私とアベル様の契約は半年ほどあるわけですがから、この人もそろそろ次を探さないと行き遅れになるのでは?

 おそらく、年齢は私と同じくらいで、今が売り時であると思われる。


 私とアベル様にかかずらわっている場合ではないぞ、お嬢サン。時は有限だ。


 だいたい、この人好きくない。

 もし半年後、アベル様と別れることになっても、この人と元鞘になるアベル様は見たくないな。


 なんかもっと……アベル様をちゃんと好きで支えてくれるような癒やしになるような優しい女性が……。

 あ、なんかブーメラン刺さった気がする。ごふっ。



「……はい、それはたくさん、頂いてます。でも、アベル様が忘れられないのです……!!」


「それはおつらいですね。【新たな縁談】で、新しい恋が見つかることを祈っております」


 たくさん縁談きてるって今、自慢したよね?

 なら、選べる立場のうちに、そこから新しい人をお父上に決めてもらいなさいよ。


「え、あの、その……アベル様もきっと、私との縁談を取り戻したいはずなんです!! 彼と私は両思いで……っ!」


「……」


 アベル様と言ってることが違いますな……。


 残念だったな、シークリッド。

 お前が両思いだと思うのなら、そうなのだろう、お前の中ではな。


 旦那様が彼女に気をもたせるような事をしたのかとも一瞬思ったが、さっきのこの子と旦那様の様子を見るに違うな。

 きっと周りに両思いだと見えるように、演出してたんだろうな。この伏魔殿。


「アベル様と別れてください!!」


 アベル様と私は王命により結婚しているのに、よくそんな事言えるな。

 それに、さっきの私とアベル様のラブラブっぷり(演技)を見なかった事にしてるんですかね。


 私は、はぁ……、と小さくため息をついて言った。


「王命による結婚ですよ? 私の一存では無理です(すぱっ)。それに私と彼が別れたとしても、彼が再びあなたと婚約をするかは、わからないんじゃないですか?」


「いえ、アベル様は私を愛してくださっていました。いつも私の話を優しい瞳で見つめて微笑んでくださって……私達を引き裂くのはやめてください!」


 妄想入ってるよ!


 多分、アベル様そんなつもりないよ!

 疲れた瞳の間違いじゃないですかね!?


 

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