【16】 貧民街


 次の日、私は気分転換に街へ行くことにした。


 カフェで食事をった後、噴水広場のベンチに座ってボーッとする。


 まさかこの国の元・姫が、仕事がないことをごまかす前世の解雇サラリーマンのような事をしているとは誰も思うまい。


 「ん」


 伸びをしてふと噴水に目をやると、古びた人形が落ちていた。

 とても綺麗とは言えない、くすんだ色の人形。

 誰か落としたのかな。可哀想。


 私は近寄ってその人形を拾い上げた。


 目はボタン、髪はいろんな色の糸がボサボサして頭のてっぺんからでてる。

 服もあった材料だけを縫い合わせたようなチグハグなお洋服。

 でもとても大切にしてる、そんな気持ちを感じ取れる人形。


「あ、すこしほころんでる」


 私はベンチに座りなおし、携帯しているソーイングセットを使ってその子を修繕した。

 簡易的なソーイングセットは、いつも持ち歩いてるのだ。


 修繕を終えたあと、私はその子を連れて茂みに入り、魔力を込めた。

 むくり、と起き上がる迷子の人形。


「ご主人がどこにいるか、わかるかな?」


 私が問いかけると、人形はコクリ、と頷いて手でビッと方角を指さした。


「こっちね」


 私が人形を抱っこして連れて行くと……華やかさが一切ないボロ小屋が立ち並ぶ通りへ出た。


 ――たぶん、貧民街だ。


 そっか、華やかそうに見えたこの土地にもこういう所があったんだね。

 少し寂しい気持ちになった。


 成る程、どうりで人形が粗末そまつな材料なわけだ。


 人形は、パタリ、と首を垂れた。


「ん。どうした?」


「……アニー!」


 叫ぶような声が聞こえた、と思ったら薄汚れた服を着たアーモンド色の髪の少年が駆け寄ってきた。


「この人形、キミの?」

「……あんた誰だ」


 警戒の色が瞳に浮かんでる。


「ただの通りすがりだけど、この人形が落ちてたから持ち主探してたんだけど」

 

「! ど、どこで落ちてた!?」

「噴水広場だよ」


 その10歳くらいの少年は頭をくしゃくしゃ、として今度はすがるような瞳になった。


「数人の人相の悪い男たちを見なかったか? 大きな袋を抱えてたとか」

「いや、見てないけど……なに? なにかあったの?」


「その人形の持ち主が……リリィが、多分、さらわれた! 今ここら辺りに住んでる連中で必死に探してるんだ!」


「えええええ!!」



 ***



 リリィちゃんの人形が見つかったとのことで、貧民街の子どもたちがワラワラと集まってきた。


 ここの子ども達は、ほとんど捨て子で親がおらず、子供同士で身を寄せ合って暮らしているらしい。


 そんなだから……たまに人さらいが来てさらわれていく子もいれば、医者にかかれず病気で亡くなる子も珍しくなく、生き残れる子は半分以下だと子供ながらに厳しい瞳をしている先程の少年――ロニーから説明された。


 今回、さらわれたリリィは、前からよく狙われていたらしい。

 珍しい桃色の髪の容姿の良い少女らしい。――ん? 桃色の髪??


 すっごく気になる。


「私も探すの、手伝ってもいい?」

「姉さんが? 助かるけど、でも」


「サメっち」

「ぁい? いいの? 出てきちゃって」


「しょうがないの。出てきてこの人形の匂いおぼえて。で、乗れるように大きくなって」

「わかったぉ~」


 サメっちが、私の外套から飛び出ると、人を乗せられる大きさになった。


「わ! なんだ!?」


 ロニーや他の子どもたちが吃驚びっくりしてザワザワする。


「お姉さん、魔法使いなのよ」


 私は外套がいとうのフードを被って、仮面をつけた。


「魔法……なるほど。いや、でもコレさめなに……って仮面!? なんで!?」


 少年が怯えた顔をする。


「可愛いでしょう」

「可愛い……? いや、だとしても、なんで仮面を」

「大人の事情です」


「くんかくんか、匂い憶えたよ~。 この匂いを探せばいいのー」

「うん」

「いや、だからコレさめな」


「(スルー)さあ、行こうか! 悪いが定員はひとりだ! ひょいっとな」


 私はロニー少年を無理やり、ひきずるようにしてサメっちに乗せた。


「うあああ!? は、放せぇええええ!!!」


「お姉さんにしっかりつかまっててねー」


「ひとさらいいいいいいい!!」


「あいつが人さらいだあああああ!!」


「今度はロニーがさらわれたああああ!!」


 子どもたちの悲鳴が聞こえた気がしたが、気の所為せいだろう、多分そうだろう。


 ん? 人さらい? ……人さらい違うわ!! 失敬な!!


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