第11.5話 「女神」オタク、ミクの限界

……やっぱり胃の中が完全に空っぽになるまで吐いておけば良かったかな。

途中から吐き気を堪えるのに必死で、ろくに相槌も打てなかった。

そんな私をよそに、プロデューサーはペラペラと大層ご満悦な様子で女神の話をしてくれた。


口から出る醜悪な言葉よりむしろ、その陶酔したようないやらしい表情が記憶に残っている。

こんなにも、かつて関係のあった女性を小馬鹿にできるのかと感心してしまうぐらい、一切の真心や誠意のない、ひたすらに傲慢な態度だった。


あまりに不快なので女神の話がひと段落したタイミングでさっさと席を離れようとしたら、理由をつけてグダグダと引き留められるし。

何がムカつくって「俺はモテるから女には飢えてないんだ」アピールばかりしてくるくせに、女に必死なところ。

私に対しても、別に俺は下心なんてありません、有望な若い子を応援したいだけだ、みたいなことを口では言うくせに、実際は下心アリアリなのが潔くないというか、はっきり言って気色悪い。

国民的女優と付き合ってるんだか、有名プロデューサーなんだか知らないが、私ら若い子からしてみれば、お前なんて単なる年の離れたキモオヤジでしかないんだけど

何が大人の余裕だ? お前のこの態度のどこに余裕があるの? ダサキモおやじじゃん、と小一時間罵倒したい。

ってか何より、自分で自分のこと「大人の余裕がある」とか言っちゃうのがキモすぎ。

おじさん、現実見なって!  

久しぶりに心底軽蔑するおじさんに出会ってしまった。

このプロデューサーに女神が「女優と別れて! じゃないと死んでやる」とか電話をかけている姿を想像したら、嫌悪に鳥肌が立った。

いやあ、流石に釣り合わないって。嘘でしょ、絶対嘘。……嘘だよね?

あんな男に靡いてガチ恋になることなんてないと、女神を信じたい。


でも、よくよく考えたら、何を根拠に私は「女神を信じる」と言っているんだろう。

私が信じている「女神」ってなんなんだろう。


私は、雑誌とか映像とかインタビューとか、彼女の一部分を切り取って、脚色・編集を加えた部分しか見ていない。この仕事を始めてから、特にそれは思う。

雑誌の片隅でポーズを取る私は、まるで私じゃないみたいだ。

それはポジティブな意味でもそうだし、ネガティブな意味でもそう。

見慣れているはずの自分の顔が、レタッチを加えられることにより、綺麗ではあるはずなんだけど、なんだか妙にのっぺりして見えて、なんだか自分のような感じがしない違和感。

あれが、単なる画像の修正だけでなく、発言やその他何もかもに入ることを考えると、そうやってできた自分が、自分自身だとは言えない気がした。

それは私によく似た、しかし私ではない別の何かだ。

それに気づいた瞬間、私は再度うっかり絶望してしまう。

女神の生身の部分を何も知らないで、それで彼女はこんなことするはずがないって……何を根拠に私はそう言いきれるの?


女神が死んでから、表面上は平静を取り繕えるようになったけど、後遺症はまだ根深い。

女神が私の食欲ごと奪い去っていったかのように、私は以前より食が細くなった。

そのせいで、立ちくらみや貧血を度々起こしてしまう。

でも、私はそんな自分の身体の変化を、あながち悪いものとは思っていない。

まるで、女神がいなくなっても普通に生命活動を行なっていくのを、心だけでなく私の体が拒否しているようで、それって本当の愛って感じがしない?

周囲の女神推しが、段々と心に整理をつけて彼女を「思い出」にしてしまう中で、私は神経から細胞から、自分の全存在でもって女神の死を拒否している。

私のことを心から心配している両親には、流石に申し訳なくてこんなこと言えないけど、それは私の確かな愛の証明な気がして誇らしかった。

ついでに言えば、女神の真相を追いかけるためとはいえ、モデル活動を始めてしまった以上、体型維持も大切なのだ。

何の苦労もせずに細身のスタイルを保てるというのは、ありがたい。


ただ、最近。

そんな風に無我夢中で真実を求めてもがく私を、ロック画面越しに女神が嘲笑っている妄想に囚われるようになった。

誰にも何も言わずに死んでしまった彼女。


彼女は本当に私が思っているような「女神」だったのだろうか?

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