第5.5話 女神オタク、ミクの感想

AMIちゃんは、雑誌やインスタで見ていた時から、スタイル良いな、美人だな、と思っていたけど、生で見たらもう圧倒的に顔が小さくて、対面して話すのが恥ずかしいぐらいの人だった。

一緒に仲がよかったというシンガーソングライターの苹果ちゃんも雰囲気のある美人だし、この三人がカフェで話す光景は、さぞかし華やかだっただろう。

その女子会に壁役で参加したかった。三人の恋バナ、聞きたすぎて死ぬ。


とはいえ、女神に彼氏がいたかもしれないという話は、意外にもショックが激しい。

そりゃ女神は尋常じゃなく可愛いし性格も良いから、全人類が女神に惚れると言っても過言ではないんだけど。

その全てを女神は当然跳ね除けていると思っていたのだ。

女神のことは愛してるけど、私は別に、女神に愛し合ってる男性が居たって嫉妬はしない。

女神の寵愛を受けている人類がこの世に存在するという事実は悔しいかもしれないけど、時が経てば祝福できる自信はある。

だって、ガチ恋オタクと、私の女神に対する信仰は全然別種のものだから。


単純に私がショックなのは、女神は「私たちを優先するために恋人は作らない」って、「私の恋人はファン」って公言していたのに、それが嘘だったってことかもしれない。

インタビューで「恋愛はお芝居で十分楽しませてもらっている」「アイドルでいるうちは恋愛しない、それがファンへの私なりの誠意」って言ってたけど、じゃあその「誠意」ってなんだったんだ。

もちろんそれぐらいファンサービスの一環で、アイドルなら誰しも言うことだって言われたら、それはそうなんだろうけど。

世の中、定期的にアイドルの熱愛報道がトレンドを賑わせるから、それがいつだって女神にも起こり得ることを、とっくに理解しているつもりだったんだけど。

ただ、なぜか、なぜか女神だけは特別で、別格で、恋愛とかスキャンダルとか、そういった類のものとは無縁だと心のどこかで思ってしまっていたのだ。

推していたアイドルの熱愛が発覚してCDを叩き割ったオタクのツイートが流れてきて、私はそんな狭量なオタクにはならないけどね、と鼻で笑ったかつての自分を思い出す。


今になって思う。私たちファンに全身全霊で誠実に向き合ってくれていると思っていたから、私たちファンも嘘偽りなく彼女に全てを捧げていたのに──そう思ってしまったあのファンは罪深いことなんだろうか? 悪なんだろうか?

それに私の場合に限っては、あの時のオタクとは事情も違う。

ただ女神に彼氏がいただけじゃない。

もしその彼氏のせいで彼女が死んだんだとしたら……考えただけで気分が悪くなる。彼女が死んだ要因に、知らない男の影なんて差して欲しくない。

 

彼女が私たちファンを置いて自殺したなんて、絶対に信じたくない。

だから彼女の死の真相を知るために無我夢中で動いて、気付いたら、彼女と同じ世界に、彼女と同じ事務所、同じマネージャーという形で足を踏み入れていた。

その選択に後悔はないし、未だに私は、彼女があの幸せ絶頂のツアー中に自死を選んだなんて嘘だと思ってる。


だけど、いざ他殺の可能性を提示されてしまうと、他殺もファンにとってはあまりに残酷な結末だった。

彼氏だろうが、ストーカーだろうが、他の誰かの手によって女神という何よりも尊い存在が、今後の可能性が、私たちの信仰が奪われてしまったと思うだけで、息が詰まる。

生クリームを食べ過ぎた時みたいに、胸焼けに近い何かを感じて私はトイレに駆け込んだ。

えづきはするけど、吐きはしない。

ただ、なんとなく胃液の迫り上がってくる後味の悪い感覚だけが消えない。

この後味の悪さが、何かの予兆のようで気味が悪いなと思いながら、私はメッセージを送信した。

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