女神の遺書

@nemuiyo_ove

第1話 「女神」オタク、ミク(@Miku_01_0705)の心象

女神が死んだ。

自宅のマンションで服毒自殺したそうだ。

全国ツアーの初日を、東京ドームで華々しく飾った一週間後のことだった。

スマホが震え、ポップアップ通知で飛び込んでくる文字列。

「人気アイドル 急逝 自殺か 全国ツアー最中に……」

特にコンタクトずれたわけでも、涙が滲んだわけでもないのに文字がぼやける。 徹夜明けに小難しい数列を突き付けられた時みたいに、本来理解できるはずの文章がゲシュタルト崩壊。私は、ただぼんやりと五感が塞がれたように感じて、ひたすら目眩を堪えて立ち尽くす。

暑さが悪いんだ。このうだるような暑さのせいで、どうやら頭がおかしくなってしまった。ついにおかしな幻覚まで見てしまうとは。夏は悪夢と親和性が高い。

そう思ってギュッと目を瞑って、全てを振り払うように乱暴に頭を振ると、一時的な脳貧血を起こした。妙な浮遊感と、ホワイトアウトする手前の視界には、何度か覚えがある。

お気に入りのワンピースの裾が、じりじり灼けるアスファルトによって汚れることを気にする余裕もなく、ふらふらとよろめき、ついに道路の隅でうずくまる。

こんな灼熱の最中だというのに、手足が酷く冷たい。後頭部の方にも冷えた感覚がある。それなのに泣き出す前みたいに、耳の裏と首の後ろだけがカッと熱い。

まさか、まさかね。こんなに冷たくて熱くて痛くて苦しいのが現実なわけがない。


嘘だ。だってつい一週間前、私は至近距離で彼女の弾けるような笑顔を見た。

嘘だ。彼女はステージの上で、ファンの一人一人にお礼を言いたいと深々と頭を下げていた。

嘘だ。女神が死ぬわけがない。前途洋々、順風満帆、人気絶頂のアイドルである彼女が。

嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。

脳内でさっきの速報を、丁寧に丁寧に「嘘だ」という断定の文字で塗りつぶしていく。

嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。

結局私はバイトが始まる時間になっても、そこを一歩たりとも動けなかった。

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