屋根裏の羊たち

汐なぎ(うしおなぎ)

全一話

 あれはある暑い日。放課後の教室。偶然、誰もいなかったからかもしれない。僕はりょうに想いを伝えた。初恋だった。


 涼は幼なじみで、よく一緒に遊んだ。親友だった。それが、なぜこんなふうになってしまったんだろう。


ゆうは俺の親友だよ。これからもずっと」


 僕の精一杯の告白に、涼はこう答えた。


「僕にチャンスは……」


 言いかけた時、涼が突然、肩をつかんだ。


「親友だろ? 変な冗談よせよ」


 もう、これ以上、み込まないようにと、涼が予防線をはる。


「な、悠。帰ろうぜ」



◇◆◇◆



 それから数日。


 僕は、涼は親友で幼なじみだと、自分に言い聞かせてみる。しかし、そんなことは、この六年間ずっとやって来た。こんなことで僕の気持ちが変わるわけがない。


 涼は残酷だ。


「悠どうした?」


 僕が自分の感情と闘っていると、涼が何食わぬ顔でたずねてきた。


 涼はずっと一緒にいたんだ。僕の気持ちを知った今、彼が僕の苦悩に気付かないわけがない。


 けれど、彼は涼し気な顔で言う。


「帰り、ゲーセンにでも寄ってかないか?」


 涼はいつも通りに振る舞おうとしているが、彼が僕の気持ちを避けているのが、ひしひしと伝わってくる。


 長年一緒にいたんだ。ぎこちない態度に気付かないわけがない。


「もう。今日は帰る。またな」


 僕はそう言うと、家に向かって走り出した。


 涼と僕の家は隣同士となりどうし。帰りはいつも一緒。けれど、今日は一緒にいたくなかった。



◇◆◇◆



 告白から数日経っても涼は、僕と仲のいい幼なじみであり親友という立場にいようとする。それは、涼なりの優しさなのかもしれないが、僕は心の底から苦しかった。


 そして、決定的なことが起きた。


「悠も好きな女の子が出来たら変わるって」


 ずっと悩んでる僕をはげまそうとした一言かもしれない。しかし、涼は僕にそれを言ってはいけない。絶対に言ってはいけなかった。


 僕には返す言葉が見つからない。告白してから、ずっと苦しんでいた。何度告げても誤魔化ごまかされ、はぐらかされる。


 それなら、せめて僕に言って欲しかった。


「好きじゃない」と。



◇◆◇◆



 なんでそんなことをしようと考えたのか分からない。けれど、心がもらえないなら、体だけでも僕のものにしたいと思った。


 実行しようと思ったのは、ただそれだけの気持ち。


 僕はその日のために準備をする。


 睡眠薬、手枷てかせ足枷あしかせ……。


 そう。僕は涼を監禁かんきんすることにした。


 成功するかは分からない。睡眠薬がきかないかもしれないし、ちゃんと拘束こうそくできるのかも分からない。


 けれど、失敗したならそれでいい。そうすれば、計画を中止するまでだ。



◇◆◇◆



 学校は夏休みに入った。僕は勉強を教えて欲しいと言って、涼を家に呼んだ。警戒するかもしれないと思ったけれど、すんなりとOKしてくれた。


 きっと、僕の気持ちの深さを知らないんだと思う。


「懐かしいな」


 涼が言った。


「昔よく遊んだもんな」


 僕が返す。


 ここは、屋根裏部屋。姉さんが進学で家を出るまで僕の部屋だった場所だ。中学に入るまでよく遊んだ。涼との思い出の場所。


「あの時さ……」


 涼が思い出話を始める。僕はそれにうなずきながら、彼に睡眠薬入りの飲み物を渡す。


「お、サンキュ」


 涼はコップに口をつける。僕はそれをじっと見つめる。


 しばらくすると、涼が眠いと言い出した。


「寝なよ」

「ああ、悪いな」


 涼はそう言って、ベッドに横になった。


 僕に母親はいない。父親も海外出張で、家には僕一人だけ。


 時間はまだまだ、たくさんある。



◇◆◇◆



 僕は涼の手足をベッドに縛りつける。


 そして、シャツのボタンを外していく。一個ずつ。そして、涼の素肌に口付ける。肌ににじむ汗も愛おしくて、身体中をゆっくりと舌でなめる。


 ズボンを下ろしている辺りで、涼がわずかに目を開けた。


「悠?」


 それから、手を動かそうとして、涼は拘束されていることに気付く。


「なんの冗談だ?」


 そう言った涼の顔に、余裕の色はなかった。


「冗談じゃないよ。僕の気持ちを分からせてあげようと思って」

「こんなやり方おかしいだろ! 今なら大目に見るから、これ外せよ!」


 それに、僕は首を横に振る。


「もう、どうしたらいいか、分からないんだ」


 僕はそう言って、涼の股間こかんに手をのばす。


「いいじゃないか。親友だろ。僕の心をなぐさめてくれよ」


 こんなことをしても、なんのなぐさめにもならないことは、よく分かっている。それでも、止められない。


 涼を愛してる。その心が欲しかった。


 けれど、もうどうでも良くなった。



◇◆◇◆



 涼の母親から、連絡があった。僕はなに食わぬ顔で電話に出ると、涼は家に帰ると言って出ていったと告げた。


 それから、何回か連絡が来たが、僕は「知らない」と言い続けた。



◇◆◇◆


 それから、僕は毎日、涼に口付け、身体中をなめまわした。


 そして、涼が固くなれば、僕は腰を落とす。


 いつからか、涼は話さなくなった。行為こういの間中、彼はきつくまぶたとくちびるをつむり続ける。


 涼は、僕を全力で拒否しようとしている。最初から、こうしてくれれば良かったのに。


「食事だよ」


 僕は何回目かの食事を出す。けれども、涼は食べようとしない。唇を閉ざしたまま顔をそむける。


 もう、何日たったんだろうか。


 涼の顔がげっそりとせていた。



◇◆◇◆



 幕引まくひきは案外簡単だった。


 僕の家に警察が来たのだ。


 僕が涼と一緒にいた所を見られ、現行犯で逮捕された。


 警察に連れていかれる僕。拘束をとかれる涼。


 僕が部屋を出ようとする時、一瞬、涼の視線を感じて振り向いた。彼はすぐに目をそらしたが、なぜか心配しているように見えた。



◇◆◇◆



 月日が流れ、僕が釈放しゃくほうされる日が来た。


 父親は、僕が逮捕された時に一度会いに来たが、それからは全く顔を見せていない。姉さんからも、犯罪者の家族になったと言って、縁を切られた。


 それでも、まだ家にいさせてもらえるらしいので、しばらく住ませてもらうことにする。


 僕が少年院から出ると、誰かがこちらに歩いてくる。


 見間違えるはずがない。しかし、そんなはずはない。


「悠」


 彼は、僕の名を呼んでぎこちなく笑った。


「涼?」


 なぜ涼がここにいるんだろう? 告白の返事は、もう「大嫌い」に決まっているのに。


「悠。ごめん」


 涼は、なぜか僕に謝った。


「俺、悠の気持ちには応えられない。だけど、友達のままでいたかった。それが悠を苦しめていたなんて思いもしなかったんだ」


 涼は、あれから色々悩んだのだと言った。精神がズタズタになり、病院に通ったりもしたらしい。


「最初は、怖くて憎かった。だけど、それは俺だけじゃなかったから」


 なんで、僕があんな事をしたのか、彼なりに考えたそうだ。


 その結果、考えた答えがこれなのだろうか?


「涼、ごめん。酷いことしたのに、本当にごめん」


 僕はしゃがみこんで、涼の足にすがりついて泣いた。


 もう、終わったと思っていた。なのに、涼はこんな僕に頭を下げる。


「もう、会いたくないか?」


 涼がそう言った。


 違う。それは僕の言葉だ。


「無理ならいいんだ。聞いただけだから」


 そう言って、涼が僕を立ち上がらせる。


「じゃあ」


 涼が立ち去ろうとする。その背中はとても寂しそうに見えた。


「僕も! 僕もまた友達になりたい! でもこんな……」


 しかし、あまりに都合が良いセリフな気がして、しりすぼまりになる。


 けれど、涼は僕の声に振り向いて、笑った。


 涼は僕の側まで来ると手を握った。


「また、俺の親友になってくれよ」


 こんな結末が。これほど嬉しいなんて思いもしなかった。僕は涼の手をにぎり返して涙を流した。

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屋根裏の羊たち 汐なぎ(うしおなぎ) @ushionagi

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