第9話 卑弥呼タン、威力に驚く

「そもそも法術とは、神に授かった力なのです。誰もが使えるものではございません」


森の一角に切り株で即席の教室が作られ、モンローによる法術についての講義が始まってしまった。うーむ、あまり面倒な話だと寝ちゃいそうだな……


「現に、私やヒコマロは法術を使うことは叶いません。ですが、スサノオ様!」


ビシッ! と僕を指差しながらモンローが僕に向かって続けた。


「あなた様は、神から法術を授かりました。つまり、卑弥呼様と同じく『神に選ばれし男巫おとこみこなのです!』


ほお、巫女の男版は男巫おとこみこって言うのか、初めて知った。言葉を知ったところでどうなる? という気もするが、せっかくの機会なので聞いてみよう。


「で、その法術を使うのにはどうすれば良いんですか?」

「前にも申しましたが、そんなこと私にわかるはずはありません。具体的には卑弥呼様に直接お聞きください」


無責任な、と思ったが無理も無い。ファンタジー世界でも、魔法を使ったことがない人間がいきなり魔法を使えるようにならないだろう。法術っていうのは見聞きする限り、ファンタジー世界の魔法と大きな違いはなさそうだしね。


で、その法術を使える卑弥呼はというと。

少し離れた大木の下で、まだヒコマロに看病を受けている。だけど、まぶたのあたりがピクピクしているので、そろそろ目を覚ましそうな気もするな。


時間がもったいないので、僕は卑弥呼にずんずん近づくと、大きく息を吸って、大声で叫んでみた。


「卑弥呼ターーーン! 契りの時間ですよーーー!!」

「ひゃああああぁぁ!」


お、卑弥呼が1メートルぐらい跳ねて飛び起きたぞ。


「こんな明るい時間に契り? 嫌じゃ、暗くしてたもれー!」


どうやら、大いに寝ボケているらしい。


◇◇◇


「法術を使うにためにはな、まずは頭の中で『神との繋がり』をビビューンと行うのじゃ。で、大声で法術の名前を叫ぶのじゃ。本当は別に呼ばんでもいいのじゃが、間違えて別の法術を出すこともあるからのう」


間違えて別の法術を出すのは卑弥呼ぐらいのものだろうと思ったが、あえて口には出さずに大きく頷いておく。


「妾の場合は、4つの法術が使えるのじゃ。

ひとつ、青龍の術。青色の光を放つ、春の術じゃ。効果は『川』。川のように大量の水を放出することができるのじゃ」


ふむふむ。卑弥呼とラッキーなファーストキスをした時、卑弥呼が僕に向かって放った術だな。青龍の口から大量の水が出てきて流されたっけ。


「ふたつ、朱雀の術。朱色の光を放つ、夏の術じゃ。効果は『沼』。周辺の土を泥まみれの沼に変えることができるのじゃ」


これは、僕はまだ見たことがないな。土を沼にしたところで何ができるんだろうか。敵の足止めとか、そういうことかな?


「みっつ、白虎の術。白色の光を放つ、秋の術じゃ。効果は『道』。どこにでも道を作ることができる便利な術じゃ」


ああ、卑弥呼が誘拐されたとき、森で使った術か。森の木がバキバキと倒され、一瞬で道ができたっけ。戦いでは使えそうもないけど、今いる古代の日本では便利な術だろうな。


「よっつ、玄武の術。黒色の光を放つ、冬の術じゃ。効果は『山』。土があるところで使うと、盛り上がって山にすることができるのじゃ」


ああ、久里姫と戦った時に使った術だね。いきなり山というか丘ができて美っっくりしたっけ。


と、ここまで説明されたとこで僕はピーンときた。

これって、奈良の「キトラ古墳」に描かれている『四神』じゃん! 歴史オタクな僕にとっては常識レベルだけどね。


もしかして、卑弥呼ってキトラ古墳と何か関係あるんだろうか? あの古墳って7世紀末とか8世紀のものだって聞いてたけど、今はまだ3世紀だし……


「それでスサノオ! お主の法術はどんな術なのじゃ?」

「だから、神様には『法術を与える、気をつけて使えよ』って言われただけで、全然わかんないんですよー!」

「ふむ、そうなのか」


僕の言葉を聞いて怒るかと思った卑弥呼だが、意外にも素直に受け止めたようで、何かを考えている。しばらくフムフムと首を動かしていたが、突然「そうじゃ!」と大声を上げる。目がピカーンと光ってこっちを見ている卑弥呼、なんだか嫌な予感がするよ?


「わからないなら、使ってみようではないか。さっそく実験じゃ!」

「ええ? でもやり方がわかんないし……」

「妾について参れ!」


有無を言わさず、トコトコと歩き始める卑弥呼。僕、ついこの前まで普通の高校生男子だよ。そんな簡単に法術なんて使えるはず、ないじゃん。そんな僕の考えなどどうでも良いかのように、少し広めの草原の真ん中に立った卑弥呼は、両手を大きく天にあげた。


「スサノオ、妾の真似をせい。両の手の平を天に向けるのじゃ」

「わかった……こうか?」

「そうじゃ。で、心の中で神に祈るのじゃ。神様神様、法術使うよー、力貸してー、頼むねー。こんな感じで」


そんな軽くて神様怒らない? でも経験者が言うことだ。僕も心の中で同じように神様に呼びかけてみる。


「(神様神様、法術使うよー、力貸してー、頼むねー)」


途端。

ドクン、と自分の心臓が大きく鼓動を強めた。な、なんだこれは。


「次に、お主の大事なモノを心に思い浮かべよ」


僕の大事なモノ……なんだろう。古代日本に来てから僕が一番大事なものといえば、自分を除けば……やっぱり卑弥呼タンなのかな? ファーストキスの相手でもあるしね。


なんてことを考えた途端。

同時に体の隅々から、天に向けた両手の平に何かが移動していくような感覚が起こる。こ、これって、悟空さが使う、あの必殺技出ちゃいそうじゃない?


「ひ、卑弥呼タン。何かが出ちゃいそうなんですけど!」

「かまわぬ。思いきり、ドバッと出すがよい!」


なんだか卑猥な感じの会話に聞こえるが、わざとではない。本当に、手から何かが出てしまいそうなのだ。


「最後に、名前は分からんが『出でよ』と言うのじゃ」

「わかった。……『出でよ!』」


僕がその言葉を放った瞬間。

両手から黒い竜巻状の光が天に向かって立ち昇ったかと思うと、遥か高みの一点に消えていく。


「(あ、あれ? どっか行っちゃった)」


だが、そう思ったのは一瞬だった。黒い竜巻状の光が消えた上空の一点から、無数のが僕たちの方へ向かってくる。


「スサノオ! すぐに両手を森に向けるのじゃ! 急げっ!」


卑弥呼が絶叫する。俺はすぐに「むん!」と両手を森に向ける。

すると。


天から降り注ぐ無数のが軌道を変え、森の方向に向かったかと思うと、森全体に降り注いだ。

それは、無数の隕石だ。大きいものは数メートル、小さいのものはこぶし大。数にして、ざっと1万は下らないのではないか。


ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ……


大音声の衝突音が響き渡る。森から飛び散った枝葉が俺や卑弥呼にも襲い掛かる。卑弥呼は俺の手を握ると、全力で引っ張って全速力で森と反対側に駆け出した。


◇◇◇


「ふう、ぎりぎり助かったのう」

「卑弥呼タン、助けてくれてありがとう」


素直に感謝の意を伝える僕。あのとき卑弥呼が引っ張ってくれなかったら、飛んできた大木の下敷きになってぺしゃんこになるところだった。


「それにしてもだ。お主の法術は『使い方を誤ると日本ひのもとが滅びるやもしれん』と神がおっしゃったそうじゃな。妾の法術とはケタが違うのう」


確かに、自分でもびっくりした。いくら神から授かった力とはいえ、あの隕石が降り注いだら、それこそムラひとつぐらい簡単に全滅できそうだ。

遠くでいまだに土煙をあげている「元・森だった場所」を見ながら、僕は戦慄せずにいられなかった。


「そしてスサノオ、お主の術だが、あれはきっと『天文の術・|箒星』じゃ。我が『四神の術』の上位に位置する、法術の中でも最高位に位置するとされる術に違いない」


なんで僕が、卑弥呼の術の上位だと言う最高位の術を使えるんだ? うん、確かに術を発する前、卑弥呼のことは思い浮かべたけどさ。それって何か関係あるんだろうか?


「つまりお主は、ヤマタイに昔から伝わる『天から降る星を操る法術の使い手』ということじゃ。今すぐ、ヤマタイに妾と共に戻るのじゃ!」


あ、確かそんなこと言ってたな。『なら』の地にいるって言ってたけど、まさか僕自身のことだとは思いもしなかったよ。



でもこの時、僕は気づかなかったんだ。

僕と卑弥呼を見つめる、ギラギラした目の男がいたことを。

その男が、僕を睨みながらカタコトの日本語でこう言っていたことも。


「みつけた、凶星のオトコ。そしてヒミコ。二人をコロし、日の本を配下にする」


ついに僕は、外国と古代日本の戦いの中心に巻き込まれてしまったんだけど、本当にこの時は何も知らなかったんだ……

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