第8話 卑弥呼タン、眠り続ける

 目の前にはクナの筆頭巫女、久里姫。

 後方には前のめりになったまま地面で眠りこけている卑弥呼。その両隣に、心配そうにオロオロしているモンローとヒコマロ。

 やがて高笑いがおさまった久里姫は、現在の状況を把握したのか、じっくりと卑弥呼の姿を見て、僕に言った。


「およ? ちんちくりん阿呆女アホおんなはお休み中かえ? それは好都合じゃ。スサノオ、実は妾は聞いたのじゃ」

「何を聞いたのですか?」

「その阿呆女アホおんなが!」


 久里姫はビシッ!っと卑弥呼を指差した後、言葉を続ける。


「お主と契りを結んだ、という嘘をついているとな! どうじゃ、図星じゃろう?」


 はぁ、そんなことか。

 確かにあの時、卑弥呼は「スサノオは! わ、妾ともう契りを結んで……おるぞ」と久里姫に言った。でもよく見れば、卑弥呼の言葉はあやふやだったし、態度もおかしかったことはすぐにわかる。

 むしろ、あんな言葉で信じた久里姫が甘かったんじゃないかと思うけど、それは言わぬが花なんだろうなぁ。


「ま、そうですね。僕はまだキラキラのチェリーボーイですよ」

「ちぇりぼい……? よくわからんが、つまりお主は、妾と契りを結ぶことになんの障害も躊躇ちゅうちょも羞恥心も無いとということで良いのじゃな?」


 いや待てよ、障害は無いけど、躊躇ちゅうちょと羞恥心ぐらいはあるぞ? この前みたいにこんな大空の下で、いきなり力ずくで襲いかかって来ようもんなら、男の僕だって泣いちゃうかもよ?


 でもやっぱり、久里姫は久里姫だった。彼女はすでに青い着物をぽんぽん脱ぎはじめている。前回はいきなり脱ぎはじめた衝撃でちゃんと見ていなかったが、よく見ると均整の取れたしなやかな体つきで、胸も僕の美少女バストスカウターによるとCカップ、いやDカップと判別されている。


「さて、それでは早速、一戦交えようではないか。いざ、契りを!」


 下履きだけになった久里姫が、手をニギニギさせながら近づいてくる。前回はこのタイミングで卑弥呼が法術を放ってきたが、今の卑弥呼はまだ地面に顔を押し付けたまま昏倒している。これは僕の貞操、いよいよ絶対絶命だ。


「モンローさん! ヒコマロ! 見てないで助けてよ」


 僕と久里姫の様子を見つめていた二人は、ハッと気づいたように立ち上がると、口々に久里姫に言いはじめた。


「久里姫どの! そのスサノオは、我がヤマタイの客人にして、卑弥呼様を助け、国づくりを手伝うよう神から啓示を受けた者! どうか、力づくで契りを結ぶのは、ご容赦いただけませぬでしょうか?」


 ハッ、とまるで悪役令嬢のように顔を歪めた久里姫は、モンローに言い返した。


「神から啓示じゃと? ならば尚更、ヤマタイ如き薄汚いクニを滅ぼすためにも、スサノオと契らねばならんのう!」


 どうやらモンローの言葉は逆効果だったらしい。クッ、と一瞬モンローは顔を歪めたが、それでもなお食い下がった。


「確かに貴方様が強引にことを進めるつもりならば、卑弥呼様の意識が無い今、私らでは到底あなた様の法術に叶うべくはございませぬ」


 そうか、卑弥呼も法術を使うが、当然クナの筆頭巫女である久里姫も法術を使えるのか。どんな法術なんだろう、と少しだけ興味が湧いてくるけど、今はそれどころではない。


「ですが……ひとつ、久里姫に伺いとうございます」

「なんじゃ、妾はそなたとの会話、すでに飽きてきたぞえ?」

「失礼ながら久里姫様は『契り』の経験はございますか?」


 ピタリ、と久里姫の動きが止まった。契りの経験とは、つまりアレか。アレをしたことがあるか、と聞いているのか。ちなみに、僕はさくらんボーイなので経験はゼロだ。悪かったな、全国平均だろ、それって。


「も、もちろん『契り』の経験は、妾は豊富じゃ。2回、いや20回はしておる。毎日やりまくりじゃ!」


 あ、これって単なる耳年増っぽい。耳たぶから真っ赤になってるし、言葉もだんだんおかしくなってる。しかも言うに事欠いて「やりまくりじゃ!」はないだろ、久里姫ちゃんよ。


「なるほどなるほど〜。流石はクナの筆頭巫女たる久里姫様! 毎日やりまくりとは大変恐れ入りまする」

「じゃ、じゃろ? もうやりまくりで体がもたんわ。ホホホホ」


 モンローさんったら、これ完全に久里姫を揶揄からかっているだろ? 意地悪だなぁ。久里姫なんか動揺しすぎて笑い方も変になっているし。


「では久里姫どの。最初の『契り』はさぞかし痛かったのを覚えていらっしゃるでしょうな。私は最初の契りの際、痛すぎて失神してしまいましたが」


 またしてもピタリ、と久里姫の動きが止まった。

 あー、これ男の僕はあまり突っ込まない方がよい話題っぽいな。それにしても久里姫、いろんなこと知らなすぎだろ……


「い、痛かったっけのう? そ、そうじゃ、思い出した。うんうん、ちょっとだけ痛かったような。もうかなり前のことなんで忘れておったわい_

「ちょっと、と申しましたか?」


 ズズイッとモンローが久里姫ににじり寄った。


「あの、体が引き裂かれるような痛み、内臓が手で千切られるような痛み、内側からナタでザクザクと切り裂かれるような痛みを、ちょっと、ですと?」

「ヒッ!」


 あ、これ勝負あったね。口だけで久里姫を言い負かすモンローさん、さすが年の功と言っておこう。口に出したら次に攻撃されるのは僕なので、もちろん黙っていたが。


「あー……そうじゃ。妾、そう言えば、大事な用事があったんじゃ。そうじゃそうじゃ。やりまくりの契りはまた次の機会にやりまくればいいのじゃ。それじゃスサノオ、またのっ!」


 言うが早く、久里姫は青い着物を拾い集めてスタコラと走り去って行った。


「助かったよ、モンローさん」

「はい、久里姫がおぼこ娘なので助かりましたわ。本来『契り』は喜び溢れる素晴らしきものなのですが、これでしばらくは手を出してこないでしょう」


 喜び溢れる素晴らしきもの、なのか……いや、そのことを考えるといろんなとこが反応しちゃいそうだから、今は二次方程式の解き方でも考えておこう。


「ところで、卑弥呼タンは?」

「聖女のようなお顔で、まだぐっすりと眠っておられまする」


 慈愛溢れる聖母のような眼差しで卑弥呼を見つめながら、ヒコマロが言った。ほんとこのイケメン、卑弥呼のこと大好きだなんだな。


「さて、一難は去ったことだし、とりあえず数日、卑弥呼は目覚めないんだろ?どこかに居場所作らないとですね」

「はい。でも一度卑弥呼様を安全なところにお連れしたら、スサノオ様には行っていただきたい儀がございます」


 行っていただきたい儀って何? とモンローに聞いてみると。


「あなた様が神から授かった法術、これをすぐに使えるよう特訓していただきたいのです」


 そうなの? 特訓パートに入っちゃうの? ま、いいけど。

 そんな風に簡単に考えていた僕だったが、まさか自分の法術の威力があれほどのものとは、この時は知るはずもなかったのだ。

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