第15話 幕引き

 『臆病』ともとれる怖がりから派生しているであろう、ロザリアの異性に対する異常なほどの攻撃性。

 相手はもちろんのこと、自分自身も傷つける彼女の行動にルカはなんとかしてあげたいと思いながらも、その場凌ぎの対処しかできないことを歯痒く思っていた。

 ルカが契約者としてそばにいるようになってから、以前にも増して攻撃性が高まっていることはわかっている。

 でも、対処しようにもロザリアの力が強すぎて防戦にならざるをえない。

 鬼ごっこやかくれんぼなどの子どもの遊びでルールを作れば、ある程度は行動を制限できると気付いてからは、受け流しながら付き合い方を模索している最中だった。


 子どもの遊びとはいえ、ロザリアに追いかけられて本気で勝てると思っているわけではない。

 負けることを前提に動いているルカは、今回もご褒美として要求された『荷台に載せて運んでほしい』というお願いを実行していた。


「周囲の警戒は頼みましたからね」


「任せておきなさい」


 上機嫌で胸を張るロザリアは、さっきまでの暴走が嘘のように落ち着いている。

 瞬間的に理性が塗り潰されるが、復活するまでの時間も早い。

 だからこそ、本人も振り回されているように見えて、ままならないものだと思っていた。


「そうだ……クラウスさん!そんな遠くを歩いていたら、魔物に襲われても助けられませんよ!」


 かなり後ろをとぼとぼと歩いていたクラウスに叫べば、慌てて駆け足で近くに来る。

 ロザリアが視線を向けると、びくっと体をすくませて肩を落としていた。


 どういう理由かはさっぱりだが、ロザリアは異常なくらい異性からモテる。

 求婚されることもしょっちゅうで、付き合いたいと思っている男性は隠しているだけで100人以上はいるだろう。

 主に男性冒険者が対象になるのだが、それが彼女の攻撃性に拍車をかけているのではないかとも考えていた。


 下級冒険者のルカであっても、魔法や剣などが扱えて、一般人よりも力が強い。

 中級にもなればそれはもっと顕著になり、求婚なんてしてくる男たちがなりふり構って行動するとは正直考えられない。

 そういった事情があって、ロザリアの行動は正当防衛であるというのがルカの結論だった。


(相手が冒険者ならいいけど、今回みたいのはまずいよな……)


 魔物相手に命を張って当然と思っている男性冒険者なら、多少の怪我は問題ない部類に入る。

 実際にぶん殴られて全治1年の怪我をしたやつも、2週間後には歩行訓練をし始めるくらいの規格外であった。

 しかし、クラウスのような商人や一般人はそうもいかない。

 怪我は治りが遅く、遊びのようなものでも当たり所が悪ければ致命傷になりかねない。

 もっと最悪なのは、弱さを盾にロザリアの心を傷つけようとしてくることだ。

 だから、彼女は危険だとアピールするように言い寄ってくる輩を悉く返り討ちにしてきた。


 その『威嚇』とも取れる行動の意味が、ルカがそばにいることで効果が薄れている。

 婚約者であるという噂が流れても逆効果になるくらいで、ロザリアは今も外からの悪意に晒されていた。


■■■■■


 『守る』という行為の難しさを実感しながら、ルカは帰り道を工程通りに進んだ。

 ボーンライノスの群れの様子を見るという予定もあるし、魔物の襲撃だって待ってはくれない。

 ロザリアがあまり引きずっていないように見えることだけが、唯一の救いと思えることだった。


「ここら辺でしたよね……?」


「ええ。私の結界魔法の残滓もある。間違いないわ」


 マーシュベアの縄張りであるアプラー湿原を出発して1日。

 巨大な一本角が特徴的な魔物、ボーンライノスの群れに遭遇した地点まで戻ってきた。

 しかし、そこには群れどころか、魔物がいたという痕跡すらなかった。


 荷台から飛び降りたロザリアは、周囲を警戒しながら歩き回っている。

 邪魔にならない場所へと荷車を移動させたルカも、ロザリアとは反対回りに何かを探すように歩いた。


「あっ!これって……」


「何か見つけた?」


 声を上げたルカがしゃがみ込んで、地面に埋もれるようになっていた物を拾い上げる。

 土を払えば、少し汚れた拾い物がよく見えた。

 眼前にかざせば、それが何なのかすぐにわかる。


「貴族たちの間で流行っている記念硬貨です。こんなところにあるなんて……珍しい」


 ルカたちの暮らす国で流通している通貨は、国王の顔が刻印されたものだ。

 勝手に鋳潰すことも、複製することも犯罪になる。

 そんな法律が決まっている中で、貴族たちも己の権力を知らしめたいと始まったのが記念硬貨作りだ。

 金貨と同じように物品との交換には使えないが、『これだけの金銀を保有している』とか『己の領地の技術自慢がしたい』とかで、大勢の貴族がこぞって作ったと聞いたことがあった。


 この手の中にある汚れた硬貨は、銀で作られた物のようで表面がすり減っている。

 刻印された貴族の顔もわからないほどの劣化具合に、普段から持ち歩いていたものかもしれない。

 ボーンライノスの群れに関わった犯人の証拠品の可能性があった。


「どこの貴族が作ったものなの?」


「えっとですね……顔の刻印はすり減っていて判別できないけど、裏の家紋はわかりそうです。月桂樹と……これは剣かな?」


 片目を閉じて見ていたルカの手から、突然ロザリアが記念硬貨を奪っていった。


「ちょっと!なにするんですか!」


 目の前にかざして見つめる彼女の視線は真剣そのものだ。

 そして、おもむろに握りしめると腰に下げているポーチの中へ入れてしまった。


「……この硬貨は私が預かる。月桂樹と剣の家紋があったことは、誰にも言ってはいけない。わかったわね?」


「待ってください!どういうことですか!?」


 ボーンライノスの群れがいなくなったことも不可解だが、あの群れには突然変異の個体がいた。

 幼体の魔物はそれだけで守りたくなるような存在で、怪我を治したルカにとっては心配するのに十分な理由だった。


「あの子も、周りの魔物もみんないなくなってる!冒険者ならまずやらない。その硬貨って連れ去った犯人の証拠ですよね。なんで誰にも言っちゃだめなんですか!」


「声が大きい!……いい?これはとある貴族が発行したものよ。その貴族が関わっているとなると、かなり厄介な事態になっているわ」


「とある貴族って……?」


「『ヴァローネ家』。国の暗部を背負い、戦いを家紋に掲げた一族よ」


 その名はルカにも聞き覚えがあった。

 暗殺者が祖先とも、三日三晩戦い続けることができるとも言える戦闘狂いの一族。

 そんな貴族の証が、不自然に姿を消した魔物の群れがいた場所で見つかるなど誰に聞いてもおかしいと言うだろう。


「とにかく!このことは他言無用よ。クラウスにも言ってはだめ。私とルカだけの秘密にしておくこと。返事は?」


「……はい」


 俯きながらも返事をしたルカに、ロザリアは肩をぽんと叩いた。


「ボーンライノスのことはギルドに帰ってからゆっくりと調べましょう。今はクラウスを送り届けないと」


「わかってますけど……こう……!もやもやします!」


 表情を歪めるルカを見て、彼女も苦笑いを浮かべていた。


 契約している主人に秘密にしろと言われたら、そうするしかない。

 ルカは仲間を殺した魔物に復讐したいと思って生きているが、関係のない魔物にまでその気持を向けることはなかった。

 むしろ、冒険者として守るべき対象だとも思っていた。

 恩恵でもあり、脅威でもあると知っているから。

 全てを憎んで生きるにはこの世界は複雑で、広かった。


■■■■■


「やっと着いた……!ふかふかのベッドで寝たいなぁ」


 出発した時と変わらない構えを見せる城門。

 開かれた門からは、ひっきりなしに人や動物が出入りしている。

 途中、スライムの群れに遭遇したり、行きで食べた鳥型魔物の親玉に襲われたりと大変な目に遭ったが、どうにか帰って来ることができた。


「生きているっていいもんだな……」


 今回の旅の依頼主であり、道中の問題を引き起こした当事者でもあるクラウスがしみじみ言う。

 プロポーズした女性に殺されかける経験をしてなお、その人を嫌いになっていない様子は少し理解に苦しんだ。

 でも、ロザリアもクラウスもあの騒動で決着したと決めたなら、ルカに言えることは何もない。


 顔を合わせた時と同じように、クラウスとルカたちはギルドの前で向かい合っていた。

 ルカが慎重に魔法箱からマーシュベアの右手を取り出すと、クラウスはずっしりと重そうな袋を掲げた。


「今回の報酬だ。相場よりも多く入れてある。確認してくれ」


「では、こちらも。依頼の通り、マーシュベアの右手よ」


 ロザリアに促されて、金貨の詰まった袋と交換する。

 抱えていた魔物の腕が、人生で目にすることがないほどの量の金貨と入れ替わる場面に目眩がしそうだった。

 何度経験しても、金貨1枚をありがたがる身分にすれば分不相応な気がしてならない。


「確かに受け取ったぞ。そうだ、ルカ君」


 金貨の詰まった袋をロザリアに渡していたルカに、改めてクラウスは呼びかけた。


「命を助けてもらったこと、感謝する。生きていればこそのスリルだ。俺が言えたことではないが……ロザリアのことを頼む」


 そう言って頭を下げるから、ルカは慌てふためいた。


「頭を上げてください!依頼主を守るのは当然です!それに、ロザリアのことを頼むって?」


「そのままの意味だ。俺は身を引くが、商人としてこれからも付き合ってもらえたら嬉しい……どうだろうか」


 最後はロザリアを見ながら呟かれた言葉だ。

 腕を組んで何も言わずに見ていたロザリアは、顔合わせの時のようにそっぽを向いた。


「勘違いしないで。商人と繋がっていれば便利だからよ。次にプロポーズなんてしたら、その首をはねる」


「肝に銘じておく」


 頷いたクラウスは、そのまま静かに去って行った。

 魔物の素材採集の依頼から始まった今回の旅は、ロザリアの交友関係を少し変えて、魔物の騒動を残したままに幕を閉じた。

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