第14話 臆病なのは
些細なことがきっかけで、言い争いになったルカとクラウス。
それを力づくで止めたロザリアに、溜め込んでいた己の思いを口にしたクラウスは跪いて指輪を贈った。
プロポーズの言葉と共に。
魔物の素材を採集するという、当初の目的は達成していた。
あとは帰り道に突然変異の魔物が見つかった群れの様子を見に行くだけだったはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。
空気を読まずにプロポーズしたクラウスの腕を引いて、ルカは近くの林に入っていった。
(荷物と荷車はあとから回収だな。結界魔法は問題ないはずだし、ロザリアも壊しはしないだろう)
頭の中で考えながらひたすら前へ進んでいると、ぐいっと腕を引っ張られてよろめいた。
「何が起きたのか説明してくれ!なんで俺がロザリアに殺されるんだ!」
クラウスの声に、ルカは一瞬ぽかんとしてからすぐに自分たちを覆い隠すように結界魔法をかけた。
「そんな大声出さなくても聞こえる。今すぐ殺されたいのか?」
「だから、その理由がわからないと言っているんだ!あとで教えると言ったじゃないか!」
大袈裟な身振り手振りで言うクラウスに対して、ルカは地面に座り込んで胡座をかいていた。
頬杖をついて、じとりと彼を見上げる視線には不満しか感じられない。
「クラウスさんが、ロザリアにプロポーズなんてことをしたからですよ」
「それの何がいけない!俺は……!」
「あなたはロザリアの友人なんでしょう?あの人、結構な臆病者ですよ。知ってましたか?」
言葉尻に被せるように言ったルカに、クラウスは戸惑ったように振り上げていた腕を下ろした。
「どういうことだ。ロザリアが臆病だなんて……」
「僕だって契約してから気付いたことです。あの人は『孤高の黒薔薇姫』なんて大層な呼び名を付けられているけど、中身は普通の、女の子なんです」
普通を強調して言えば、彼は気まずそうに顔を俯かせた。
「『黒薔薇姫』って周りが勝手に付けたものでしたよね。そう呼ばれるたびに、ロザリアの顔が強張っているのを知ってましたか?たぶん、誰も知りません。でも、それを表に出さずに、そうあるようにと振る舞っている。僕にはそう見えます」
「それと、俺が殺されるというのは関係あるのか?」
「大アリです。何かを怖がっているロザリアは、言い寄ってくる異性に対してかなり攻撃的になってます。手負いの魔物くらい凶暴化してますね。そういえば、僕に婚約者になれと命令した時期からか……」
ルカが思案顔で目線を上げると、クラウスはなんとも言えない微妙な表情でこちらを見ていた。
「君……それで自覚がないとか本気なのか?」
「自覚って?」
「なんで俺が教えなければいけないんだ!それぐらい自分で気付け!」
逆に怒られて、ルカは首を傾げるばかりだった。
「えっと、続けますよ?言い寄ってくる異性限定で攻撃的になっているロザリアは、今までの噂みたいに半殺しでは止まりません。確実に、息の根を止めに来ます」
「冗談だろう……?」
「僕が実際に見た、と言ってもですか?いたんですよ、いきなりロザリアの前に出てきてプロポーズしたやつが。結果は、ぶん殴られて全身骨折。全治1年と言われてましたね」
全治1年も、その場にいたルカがすぐに治癒魔法で治した状態での話だった。
もし、治癒魔法を使っていなければ死んでいてもおかしくない怪我を負っていた。
「いいですか。もうすぐロザリアが来ます。僕ができる限り結界魔法で守るので、クラウスさんは助かるために全力で謝ってください。恥とかプライドとか捨てて、全力で!」
「な、なんで俺が謝らなければならないんだ!」
「それが一番効果があったからです。これも僕が見てきた状況から考えた対策なんですよ。頑なにプロポーズを撤回しなかったやつは、僕が止めていなければ首をはねられていても不思議じゃなかった」
ごくりと喉を鳴らしたクラウスは、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
■■■■■
どうして、ロザリアがここまで言い寄ってくる異性に対して攻撃的になるのか。
ルカの目には、周囲の存在を怖がっているように映っていた。
普段は仮面を被るようにして『孤高の黒薔薇姫』を演じているが、その仮面が通用しない場面に遭遇すると、剥き出しの心を守るために攻撃的になる。
愛の告白なんてものは、その人に向けられる言葉としてとても強い意味を持つ。
慣れていればどうということはないのかもしれないが、そうじゃない人だっているだろう。
真面目な彼女のことだから、考えすぎて理性を塗り潰してしまうほどに、自分も相手も傷つけてしまうのだ。
(なんとかしてあげたいんだけどな……)
勝手に主人のロザリアを守ると決めているルカにとってみれば、その姿は痛ましく思えた。
傷つく必要のないことで傷ついて、その原因は呼んでもいないのに勝手にやってくる。
いくら気にするなと外野が言っても、それを本人だけのせいにするのは無理があると思っていた。
我に返った時のロザリアは、見ていて痛みを感じるくらい必死に我慢するような表情をしているのだ。
相手を傷つけた罪悪感と、自分を制御できなかった不甲斐なさを嫌というほど感じてしまう。
契約魔法で繋がっているからか、ルカには他人よりもロザリアの心の機微を感じ取っていた。
少しでも傷つかないでほしいと思っていながら、ルカにできるのは相手の怪我を最小限に抑える程度だ。
(僕が強くなればいい?)
ロザリアに並ぶくらいの強さを手に入れれば、誰も文句は言わなくなるだろう。
堂々と隣に立つことができる。
でも、それすら結局は自分のためだ。
傷つくのを見たくないから、何も出来ない自分の罪悪感を減らしたいから。
そう思っている間は、彼女の隣に立つ資格はない。
つくづく考えてしまうが、どうして自分はこんなに弱いのだろう。
魔物に復讐すると言っておきながら、ロザリアとの暮らしが楽しいと思っている。
手放したくないと思い始めている自分がいる。
幸せなんて、受け取っちゃいけないのに。
■■■■■
パキンッと枝が折れる音がした。
普段のロザリアなら、足音一つ立てずに移動することができる。
わざと鳴らしているのか、それとも無意識か。
張り巡らせた結界魔法を維持しながら、ルカは現れた彼女と対峙していた。
「まだ合図はしていないのに。来るのが早いですよ」
「合図……でも、ちゃんと30、数えたわ」
「じゃあ、ルール通りですね。僕の負けです」
ルカがそう言うと、ロザリアは嬉しそうに笑っていた。
子どもの遊びでも、ルールで縛ればある程度は行動を制限できた。
今も、30を数えきるまでは追いかけてきていない。
こうやって小手先のことでしか対処できないのが歯痒かった。
「勝ったご褒美は何がいいですか?」
「えっとね……」
悩み始めたロザリアを見て、ルカは素早く後ろにいたクラウスに視線を送った。
謝るなら今が絶好のチャンスだと。
(商人を名乗るなら、その面の皮の厚さを今使わないでどうするんだ!!)
そんなルカの心の声が聞こえたのか、クラウスが頷いて前へ進み出た。
「すまなかった!俺が悪かった!申し訳ない!!」
土下座する勢いで言ったクラウスを見て、嬉しそうだったロザリアの表情から急激に温度が失われていく。
「悪かった……何に対して」
「それは……俺が急にプロポーズなんてしたから……」
そう言った瞬間、ガキンッ!と結界魔法がロザリアの剣を弾いた。
予備動作なしで繰り出されたレイピアの突きを、ルカの魔法はかろうじて防ぐことができた。
「お前たちは勝手ばかりだ。私の気持ちなんて何一つ考えない。そんなお前たちのことを、どうして守ってやらなければいけない?」
二撃目を放とうとしている彼女を見て、ルカは口を開いた。
「僕の声が聞こえていると思って話すぞ。僕も他人は勝手だと思う。理不尽だと思う。でも、僕たちは冒険者だ。他の人たちよりも強くて、知識もある。だから、頼りにされる。それはロザリアもわかるでしょ?」
「……だから?黙って使い潰されろと、人に笑われていろと言うの?」
「違う!笑うやつらが悪いに決まってる!でも、僕たちはちょっとだけ強いから。クラウスさんみたいな人たちに手を出したらだめなんだよ。人であるためにね」
ギリギリと嫌な音を立てて、結界魔法が二撃目の剣先を防いでいる。
少しずつヒビが入る結界を見て、ルカの頬を冷や汗が流れていった。
「じゃあ、人間じゃなくてもいい」
「いいの?そんなこと言って。僕は人のままのロザリアが好きだけど」
そう言った途端、彼女から殺気と禍々しい気配が消える。
剣を鞘に収めると、ニヤリと笑った。
「仕方ないわね。まだ、人間でいてあげる」
「そうしてくれると助かるよ」
ほっと息を吐き出して、結界魔法を解除する。
ロザリアとルカを遮るものがなくなると、駆け寄ってきた彼女がぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。
身長は同じくらいのはずだが、防具なんかを足すと彼女の方が少しだけ大きくなる。
(女の子がこんな簡単にハグして平気なのか?)
別方向の心配をしながら、ルカは背中に回した右手で落ち着かせるように背中を撫でた。
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