10.好条件

 引き車に野菜を入れた木箱を積むところまで手伝うと、ヘルダが店のカウンターから小銭を出してきた。


「結構力仕事だっただろう? 私のような年寄りを手伝ってくれてありがとうね」


 クレリアは大小数枚の硬貨を受け取った。どれほどの物が買えるのかピンとこなかったが、修道院の外で初めて稼いだお金に感慨深さを覚えた。これでいよいよ俗世の人になったのだと思った。


「ありがとうございます」

「お礼はこっちがするもんだよ。変わった子だねぇ」


 ヘルダは笑った。そこへラウラが口を開いた。


「さっき母から聞いたけど、旅をしているんですって? まだ旅費には足りないでしょう」

「多分……」


 自信なく答えたのを見て、ラウラはクレリアのことをほとんど見抜いた顔つきになった。


「宿は決まってるの?」

「いいえ」

「泊まれるお友達の家とかは?」

「いいえ……」

「……どこから来たの? まあ、言いたくないなら言わなくてもいいけれど、はっきり言って、あなたは大人に見えないから」


 質問攻めにされてクレリアは少しショックだった。しかし、今まで人並みの苦労を知らずに過ごしてきたこの少女の人相に年齢不相応の幼さがまだ残っていることは、客観的に見て事実だった。

 最後の質問に答えられない理由は別にあったが、黙っていると、ラウラは想像だにしない解釈をしたらしい。


「こんなこと聞きたくないかもしれないけど、もし後悔しているなら、家に帰った方がいいわよ。女の子が行く宛もなくフラフラするなんて危険だわ」

「ラウラ、説教なんておよしよ。夢がない」

「夢より堅実さよ。お母さんを反面教師にして学んだんだから」


 説教が続く前に、クレリアは思い切って発言した。


「両親を探しているんです」

「ご両親?」


 二人は目を瞬いた。


「会ったことがないから、どこの誰なのか知りたいんです。私は赤ちゃんの時に置いていかれたから。もし置いていった人が両親じゃないなら、その人にも会ってみたいんです。それで旅をしています」


 それを聞いて、二人は一気に情け深い表情になった。


「色々と勝手なことを言ったわ。ごめんなさいね」

「私もてっきり家出かと思ってたよ。そういう事情なら、あんたにはちゃんとした働き口が必要そうだね。ラウラ、配達ついでに聞いて回ってあげなさいよ」

「そうね。じゃあクレリアだったかしら? それでいいなら、一緒に行きましょう」

「はい。よろしくお願いします」


 クレリアは荷物を持って表へ出て、ヘルダを振り返った。


「お世話になりました」

「こっちこそだよ。礼儀のいい子だねぇ」


 苦笑で見送られ、クレリアはラウラと一緒に八百屋を出た。


 市場からほど近い場所に目抜き通りがある。町全体が早起きらしく、まだ九時頃なのだが、飲食店はもうお客を入れていた。

 ラウラはまずレストランの前で引き車を停めた。クレリアは木箱を抱えるのを手伝って一緒に店へ入った。


「お待ちどおさま。野菜のお届けです」

「おぉ来た来た」


 長い帽子を被った料理人が厨房から出てきて木箱を覗き込む。


「いい蕪だね。ステーキにできそうだ」

「きっとジューシーで美味しいわね。最近、店はどう?」

「ぼちぼちさ。今日は町全体が落ち込んだ日になりそうだけど……」


 そう答えて、ちらりとクレリアへ目をやったので、ラウラは言外の質問に答えた。


「この子はクレリア。人を探して旅をしているんですって。だから旅費が必要なのよ」

「ふーん、働かせてほしいという話だね? 残念だけどうちは見習いが入ったばかりで手は足りているんだ」

「なら他を当たってみましょう。じゃあ、また明日」


 ラウラはクレリアを連れて次の配達先へ向かった。飲み屋の主人は眠たげだった。ラウラは同じことを話した。


「夜、働けるならね。だがうちは若い娘さんには向いてないよ」


 次に大きな家の裏口へ配達して、居丈高の料理長と会った。


「どこの馬の骨とも知れない娘を、ご主人様は雇わないでしょうね」


 そう言い放ち、取り次いでくれなかった。


「あの人好きじゃないわ。料理の腕前は最高らしいけど」


 ラウラは後でこっそり言った。それから尋ねる。


「ねえ、ここまでは私の都合で料理の仕事ばかり探していたけど、他にやってみたいことはある?」

「分かりません。自分に何ができるか分からないので」

「なら、今まで何をやってきて、何が好きだったかを考えてみて」


 クレリアは修道院での十三年間の暮らしを思い起こした。


「朝は夜明けに起きて、畑の様子を見て、ご飯を食べて、蝋燭を作ったり、サブレを焼いたり、掃除や洗濯もして……。一番好きだったのは、本の修繕です。ついでに色んな本が読めるから」

「……あなたにぴったりの場所が分かった気がする」


 ラウラには確信があるようだ。

 二人は配達を済ませると、その足で八百屋へ戻った。ヘルダは帳簿をつけているところだった。


「お母さん。この子、うちで住み込みのお手伝いをさせるのはどうかしら? きっと助けになると思うの」

「へぇ? そりゃどっちの仕事のことを言ってるの?」

「どっちもよ。良い野菜を見分けられる上に、本も読めるんですって。こんな賢い子はうちにぴったりじゃない?」


 クレリアはきょとんとするばかりだった。

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